親愛なる相棒へ

あめのちあめ

第1話

「仕方ねぇなぁ」

君のことを頭の中で再生すると、この言葉が最初に頭蓋に響く。目尻を下げて、口元は上がっている、そんな矛盾が好きでした。

頼み事をするたびに、苦手な食べ物を押し付けるたびに、大げさにため息をつきながら君は言う。


「貸し、溜まってるぞ」


些細なこと、例えば家で家事を手伝うとか、煙草を分けてあげる、私のそういう行いを一つ一つ全て丁寧に拾ってくれて、まぁこれだったら一日分の利息にはなるかな、と意地悪そうに首を傾げる素直じゃないところが好きでした。


そうそう、こんなこともありましたね。


「子どもは苦手だ、弱いから」


電車での移動中、ベビーカーから丸くて無邪気な微笑みを貰ったとき、ゆっくりと視線をそらしながら、左手の甲にある古傷にそっと右手を乗せて、幼少期から背負う痛みに一人で耐える強さが好きでした。


あと、君には可愛い癖がありましたよ。巻き煙草を作っているとき、決まって同じ歌を歌ってましたね。


「〜どこまでも〜…風に乗って〜…」

空調によってかすかに聴こえてくるそれがあまりに楽しそうで、ついつい禁煙しろなんて言えずにここまで来てしまいました。


悔いと言えば、それぐらいでしょうか。

あとは毎日精一杯仕事をやりきって、寝て、食事をして、生活の全てが君で満たされていた幸福が当たり前だと思っていた過去の自分の緩みきった頬を叩くことくらいですかね。


鯨幕で覆われた静かな部屋で、私はずっと一人で喋っていた。一番気に入っていた服で安らかに眠る君の耳元へくしゃりとして不細工な煙草を添える。初めて見様見真似で巻いた煙草はとても不格好で、これを見た君はきっとお腹を抱えて笑うだろう。それとも優しい君は、十日分くらいの利子にしてくれるだろうか。再会できたら感想を教えてよ、でもね、最後に言わせてほしい。


「私の人生は君の分まで背負うから、きっと長くなると思います、のんびり喫煙所で待っててくださいね」

出会ったあの日みたいに。

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