第75話
正月の賑わいが過ぎ、美波藩にも静かな日々が戻ってきたかに見えた。
しかし、冬が過ぎ、春の兆しが見え始める頃から、次第に奇妙な出来事が起こり始めた。
年越しの夜には、藩士たちと共に盛大に酒を酌み交わし、新年の誓いを立てた。
その夜のことがまるで遠い昔のように感じられる。
藩内は正月の行事に忙殺され、誰もが浮き足立っていたが、それも束の間のことだった。
正月が明けてしばらくした頃から、何かが変わり始めた。
最初に気づいたのは、狸忍びたちの異変だった。
彼らは普段、藩内外で密かに情報を集め、要所要所で重要な任務をこなしていた。
俺も彼らの活躍には常々感謝していたが、その彼らが姿を消し始めたのだ。
ゲンタからの報告で、わかったことだが、帰ってこない狸忍び達。
契約を結んでいるので、彼らが逃げ出すことはない。
だが、足取りが掴めない。
「妙だな…」
心の中でそう呟きつつも、最初は大したことではないと思っていた。
狸忍びたちが個々に任務に出ていることも多く、彼らの動きは常に把握できるわけではない。だが、次第にその数が増え、ついににその数が半分を超えた。
狸達の間で不安が広がり始めていた。
それぞれの役割を果たそうと必死だったが、それは狸だけでなく、不可解な事件は人々の間でも次々と起こるようになった。
村人が突如行方不明になったり、家畜が謎の死を遂げたりする事件が立て続けに発生し、藩全体がざわめき始めた。
「何が起きているのだ…?」
俺は心の中で焦燥感を募らせながら、次第に不穏な空気を感じるようになった。
このような不可解な事件は、美波藩でこれまでに起こったことがなかった。何かが蠢いている。そんな予感が俺の胸を締めつけた。
それでも俺は冷静さを保とうと努め、日々の業務に取り組んでいた。
藩士たちにも心配をかけまいと努めていたが、内心では次第に不安が膨らんでいくのを感じていた。
そんなある夜のことだった。
疲れ切って布団に入った俺は、深い眠りに落ちていた。
日々の緊張が続き、体も心も限界に近づいていたのだろう。夢うつつの中で、何かが異変を告げる感覚に襲われた。
ふと目を覚ますと、室内の暗闇に浮かぶ一つの影が見えた。
「誰だ…?」
寝ぼけながらも、俺は瞬時に反応した。
だが、体は動かない。まるで体全体が縛られたかのように、重く、鉛のようだった。視界にぼんやりと浮かぶその影は、ゆっくりと俺の枕元に近づいてくる。
「お前か…」
俺はその影を見た瞬間、息を呑んだ。
そこに立っていたのは、ぬらりひょんだった。
長い白髪がかすかな月明かりに照らされ、彼の冷たい目が俺をじっと見つめている。その姿は、まさにこの世のものとは思えないほどの威圧感を放っていた。
「久しぶりだな、桜木鷹之丞」
ぬらりひょんの声が耳元で囁くように響いた。
その声は冷たく、底知れぬ闇を感じさせるものだった。俺は何とか言葉を返そうとしたが、声が出ない。
「お前を…殺す。その前に恐れろ」
ぬらりひょんの言葉は、まるで刃のように鋭く胸に突き刺さった。全身に冷たい汗が流れ、心臓が激しく鼓動するのを感じた。
「お前の仲間達が傷つく姿を見ているだけだ」
金縛りを受けている体に、陰陽術である霊力を張り巡らせて、強制的に体を動かすために力を注ぐ。
「ああああああああ!!!」
ビッショリと汗をかいて、金縛りから解放されて、ぬらりひょんを見ると、ふっと姿を消した。
まるで幻だったかのように、闇の中に溶け込んでいったのだ。俺はその場でしばらく動けず、ただ呆然と天井を見上げていた。
「ぬらりひょん…奴が…今回の黒幕?」
俺は呼吸を整え、何とか体を動かすと、周囲を見回した。しかし、彼の姿はどこにもなかった。まるで、先ほどの出来事が夢だったかのように。
だが、夢ではない。ぬらりひょんは確かにここにいた。そして、俺に宣告を残していった。
「奴が…再び動き出したのか…」
俺は強く拳を握りしめた。
怖くはある。
だが、犯人がわかったことは、気持ちを軽るくしてくれる。
これから待ち受ける闘いに備えなければならない。
ぬらりひょんが俺を殺すと言ったことが、ただの脅しではないことを理解していたからだ。
「何があろうと、俺はこの美波藩を守り抜く…」
その夜、俺は再び眠ることなく、夜明けまでじっと考えを巡らせた。
ぬらりひょんとの対決が、避けられないものとなったことを覚悟しながら眠ることが許されなかった。
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