第69話

《side 桜木鷹之丞》


 江戸の街での日々も、ついに残りわずかとなった。


 美波藩主としての任命を受け、蘭姫様との結婚が間近に迫っている。そんな中、遠山銀次殿の飲みへと誘われた。


「鷹之丞、せっかくの機会だ。お前が江戸を去る前に、一度酒を飲もう」

「ええ、もちろんです」


 銀次殿には江戸の街で色々と世話になった。


 誘いを受けて、俺たちは一軒、二軒と銀次さん行きつけの店を回って、最後に辿り着いたのは、吉原の賑やかな街に足を運んだ。


 華やかな遊郭の中で、酒を酌み交わし、銀次殿と共にひとときを過ごす。だが、その席で銀次殿が意味ありげに俺を見つめ、静かに言葉を続けた。


「実はな、鷹之丞。お前に会わせたい人がいるんだ」

「会わせたい人?」


 銀次殿がそう言って呼び出したのは、アゲハだった。


 彼女は優美な身のこなしで、俺たちの前に現れた。


 その姿には、吉原の華やかさと儚さが同居していた。アゲハが銀次殿に軽く礼をし、静かに俺の方を向いた。


「鷹之丞様、おいでやす」

「アゲハ? どうして?」


 アゲハは微笑みを浮かべ、その笑顔に一抹の寂しさが滲んでいた。


 銀次殿は、アゲハのサプライズに気分をよくしたのか立ち上がって先に帰ると言う。あとは二人で話をしろと言われてしまった。


「はい。わっちはずっと鷹之丞様をお慕いしておりました」


 アゲハとは、幼少の頃からの知り合いだった。彼女は俺と同じ美波に住んでいたが、俺は彼女の事情を知り手助けをしてきた。


 まさか、蘭姫様と同じように慕ってくれているとは思いもしなかった。

 

 むしろ、都合よく使っていた俺を嫌っていてもおかしくない。


「アゲハ、それは…」


 だが、俺の心には蘭姫様がいる。


 アゲハの気持ちを受け止めることはできない。


「鷹之丞、わかっております。わっちは最後の別れのために銀次様にお願いしたんどす」


 アゲハは少しうつむき、そして深呼吸をしてから俺に向き直った。


「鷹之丞様、私は…子供の頃から、ずっとあなたに憧れておりました。いつかあなたの隣に立ちたいと思いながら過ごしてきました。ですが、今の鷹之丞様が夢を叶えて、美波藩主になり、蘭姫様と結婚されることを聞きました。それを心から祝福したいと思っております」


 アゲハの目には涙が浮かんでいたが、彼女は微笑みながらその言葉を続けた。


「鷹之丞様の幸せを願っています。それが私の唯一の望みです」


 その言葉には、純粋な思いが込められていた。アゲハがずっと俺を思い続けていたこと、そしてその思いを胸に秘めて、俺の幸せを願ってくれていることを知った。


 俺は何を言えばいいのか分からず、ただ黙ってアゲハを見つめた。


「アゲハ…お前がそんな気持ちを抱いていたなんて、俺は知らなかった。申し訳ない」

「鷹之丞様、どうか謝らないでください。わっちは、ただ鷹之丞様が幸せであることを願っているだけどす。それが私にとっての幸せやから。その気持ちに嘘はあらへん」


 アゲハの言葉には、どこか達観した悲しみが滲んでいた。彼女の目には涙が浮かんでいるが、その笑顔は変わらなかった。


「ありがとう、アゲハ。お前の気持ち、決して忘れない。何よりもアゲハほどの美しい女に好かれたこと。この鷹之丞、生涯の誇りに思おう」


 俺はアゲハの手を取り、静かに言葉をかけた。彼女の手は冷たく、その冷たさが彼女の心の内を物語っているようだった。


「どうか、鷹之丞様、蘭姫様と共に幸せな未来を築いてください。それが私の望みです」


 アゲハはそう言い残し、そっと俺の手を離した。


「ありがとう。この時間を俺に与えてくれて」


 俺はアゲハに感謝の意を伝え、静かに共に最後の酒を飲み交わした。


 本来のアゲハは、美波藩で花魁にまで上り詰める。


 だが、それは桜木鷹之丞によって作られた存在であり、また桜木鷹之丞の全てをバラす存在として登場する。


 さらに、悪であろうと荊の道から救い出してくれた鷹之丞を愛していたアゲハは、桜木鷹之丞の刃によってその命を散らしてしまう。


 このような形で告白を受け、さらに俺から離れることを決意したアゲハは、すでに作品から離脱して一人の人間としての道を歩み始めている。


 それは俺にとって嬉しいことであり、応援すべきことだ。


 吉原で生き、好きな男と添い遂げる。


 そんな最後を迎えてほしいと心から思いながら、俺はアゲハの杯を受け取った。


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あとがき


どうも作者のイコです。


出世編は以上になります! 江戸のパラレルワールドを楽しんでもらえたでしょうか? ここからはまた美波藩に戻って色々な事件と遭遇する話になります。


次の話で最終章にしようと思うので、どうぞ最後までお付き合いいただけれ幸いです。

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