第60話
俺は皆が寝静まった屋敷に戻り、中庭に向かって声をかける。
「風車弥一よ。いるのだろ? それにお庭番集に勤めている者よ」
中庭に向かって問いかけたのは、賭けだ。
きっと、徳田殿も、御老公も俺を監視している。
接触して、事件の解決に向けて俺がどの様な働きをしているのか見ていると判断した。
俺が呼びかけても忍びたちは姿を見せない。
「貴殿らがいることを承知で頼む。二人に繋ぎをとってほしい。これは江戸の街だけじゃない。全国を、この日の本の国を守りたい一人の男の願いだ」
俺は夜の静けさが漂う中で深々と忍びに向けて頭を下げた。
すると、見慣れた風車弥一の顔が浮かび上がり、その後ろから、首根っこを掴まれたお庭番の女性も姿を見せる。
久しぶりに会う風車弥一は、以前のような優しい顔ではなく。
こちらを警戒するような強い眼差しをしている。
だが、それでも俺の前に立ってくれた。
くノ一も、弥一の腕を払って立ち上がり、二人が厳しい眼差しで俺を見ていた。
弥一の雰囲気から、緊張が高まる。
「お庭番殿のくノ一殿だな。それに風車弥一殿、久しぶりだな」
俺が声をかけても二人は無言であった。
「今回は、徳田殿、御老公のお二人にどうしてもお話ししたいことがあります。密談の機会をお願いしたい」
二人は互いに目を合わせ、静かに問いかけてきた。
「いつから気づいておられた?」
「最初からだ。忍びとして優秀な者たちが主からその身を離すということは、相手を見極めているだろうと」
「その推察を信じたいと思います」
くノ一はそれだけを言うと闇に消えていった。
残る風車弥一も同じ問いかけをしたいようだ。
「最初から、美波藩に潜入してきた時から貴殿のことは知っていた」
「ならば、なぜ放置なされた? いや、むしろ手元に置かれた」
「貴殿を、尊敬し、憧れていたからだ」
「尊敬と憧れ?」
「ああ、俺はかつて、ここではない世界の記憶がある」
「!!!」
「そこでは貴殿は英雄だったのだ」
「私が英雄?!」
信じられないかもしれない。
だが、この異常事態に対する手札はこれしか、俺は持ち合わせていない。
「協力して欲しい」
「……拙者は、これっきりになるでしょう。一度だけですぞ」
「ああ、すまない」
「御免」
弥一が消えて次の日、俺は御老公の屋敷内に茶室に呼び出された。
刀を預け、茶室に入ると上座に徳田殿が座り、御老公が茶を注いでいた。
「桜木殿、よく来たな。まずは茶をどうだ?」
「徳田様、水戸様、此度は我が願いを聞き入れていただきありがとうございます」
「どうやら、忍びたちの言葉も嘘ではないようだな」
場の雰囲気は重苦しく、その主導権を握っているのは徳田様だ。
「はっ! まずは、私の素性について話させていただきたい」
「素性? 貴殿は、美波藩で生まれ、父親が代官として働いていたのを引き継いだのではないのか?」
すでにこの世界での素性は明らかになっている。
「はい。私は桜木鷹之丞として、この江戸に生きてきましたが、実は私は別の世界から来た者としての知識を持ち合わせています」
「なんだと?!」
「!!」
俺の言葉に、徳田様だけでなく、水戸様も驚くように息を呑まれた。
「この世界は、俺がかつて読んでいた小説の世界であり、徳田様は将軍様、水戸様が副将軍様であると認識しております。また、水戸様は後五年ほどでその責務を終えて、水戸の地に帰り、全国漫遊の旅を計画されていることと思います」
さらに、俺の言葉に二人は息を呑んで黙って聞いていた。
「此度の一件は、その小説に出てくる話に類似しており、九鬼影衛門とぬらりひょんの連携を私は予測できるかもしれぬのです」
お庭番と風車弥一もどこかで聞いているかもしれない。
だが、二人に信用してもらうためには、俺の知り得る情報を話さなければならない。
「この小説の中で、本来の桜木鷹之丞は美波藩で悪代官として、藩を荒らしておりました。さらに、ぬらりひょんと手を組んで江戸全土を乗っ取る計画を立てるのです」
「つまりは、貴殿が計画を練っていた?」
「いえ、本来それが起きるのは五年後の、水戸様が全国漫遊を始め、美波藩にいらした際に起きるのです。そして、悪代官、桜木鷹之丞を成敗して、解決します」
ぬらりひょんは、どこかに逃げていなくなると言う展開だった。
「しかし、今はその役割を九鬼影衛門が代わりに果たしているのです」
「なるほど。それで、桜木はどうやって九鬼影衛門を出し抜こうと考えているのですか?」
水戸様の言葉に俺は自分の考えが正しかった場合の最悪を伝えた。
「悪代官として桜木鷹之丞が考えた計画通りに、九鬼が動くならば、この先を知っています。彼らの動きを先回りし、罠を仕掛けることができる。しかし、これにはお二人の協力が必要なのです」
二人が少し考え込んだ後、ゆっくりと口を開いた。
「桜木殿の言葉に信憑性を感じるな。しかし、我々に何を求めている? 人員か?」
「もちろんお庭番や風車弥一殿などの情報力と機動力は当たり前ですが、江戸全土ならびに全国で妖怪が出没して大混乱がおきます。これは百鬼夜行、江戸の町だけでなく、日の本の国転覆を狙っています」
「なっ!」
「なんじゃと!?」
大それたことを言っているのはわかっている。
だが、俺の行動理念は常に揺るぐことはない。
美波藩にいる蘭姫様を救うため、将軍であっても動かして見せる。
「九鬼の動きを封じるための作戦を立てたいのです。彼らの動きを見極め、妖怪たちの出現地点に罠を仕掛ける。そして、九鬼を一網打尽にするのです」
「なるほど。しかし、これは危険な賭けだぞ。もしも、そちの考えが正しくない場合、我々は恐怖を煽っただけに過ぎぬ」
水戸様の言葉に、俺は力強く頷いた。
「そうです。しかし、これは日の本を守るために必要な賭けです。私はそのために全てを賭ける覚悟です」
二人はしばらく沈黙した。
水戸様の目が鋭く俺を見据える。隣には徳田様が控えている。
俺は深く息を吸い込み、心を落ち着けてから口を開いた。
「こちらをご覧ください」
俺は懐から古びた巻物を取り出し、広げて見せた。
そこには九鬼影衛門の策謀が詳細に記されていた。
「これは…」
「これは九鬼の計画の一部です。彼の動きを予測し、対策を立てるための情報です。私が持っているこの情報を活用すれば、彼を追い詰めることができるでしょう」
二人は巻物に目を通し、しばらくの沈黙が続いた。やがて、水戸様が重々しく頷いた。
「桜木、その情報が本物ならば、確かに我々の助けになる。しかし、もしもその情報が誤っているならば…」
「水戸様、私は命を懸けてこの情報が正しいことを証明します。どうか、信じていただきたい」
徳田様、水戸様の瞳をじっと見つめて、俺は自分の全てを賭けることを宣言した。
「よかろう。桜木殿、貴殿の言葉を信じよう。その代わり、我々も全力で協力する」
「ありがとうございます、徳田様、水戸様。お二人の協力があれば、必ず九鬼影衛門を追い詰めることができる」
俺は深く頭を下げ、感謝の意を示した。
「桜木殿、良いですか? 正義とは、ただ闇を排除することではありません。闇の中に光を見出し、それを導くことこそが真の正義です。我々が今行うべきは、ただの闇討ちではなく、江戸を守るための未来への一歩なのです」
この場で一番の年長者であり、またこの小説の主人公である水戸様の言葉に、徳田様も深く頷き、再び協力の意を示してくれた。
「では、作戦を開始します!」
俺たちはその場で具体的な行動計画を立て、江戸を守るための準備を進めていった。
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