第15話

 結界の整備、建物や道路の整備、そして、商人である狐介との交流によって、美波藩の環境は飛躍的に発展を遂げつつある。


 俺が代官に就任して、三ヶ月が経とうとしており、下準備の期間としては十分な時間をかけることができた。


「新之助、俺の調査はどうなっている」

「はっ!」


 俺は平八という与力を得たことで、奴を土木建設や、見回りなどに活用することで情報を集めることにした。


 また平八の子分である六郎は使える男だった。

 陽気な態度と、人懐っこい雰囲気で、大勢の仲間たちを集めてくれる。


 平八を岡っ引きとして採用して、六郎は与力頭へと昇格をさせた上で、さらに人を集めさせて、警備と情報収集の強化を行った。


 そのおかげで、妖怪たちによって襲われて傷つく人が少なくなり、街の治安も安定するようになる。


 代官に就任した当初は、荒地の崩壊寸前だった城下町が、なんとか安心して暮らせる程度には整備できただろう。


 だが、ここからは予算が必要になる。


 江戸へ続く街道の整備や、その街道に出没する妖怪の退治など、金はいくらあっても足りないぐらいだ。


 頭を悩ませる俺は癒しを求めて、蘭姫様の顔を見に行く。


 そんな俺を待っていてくれた蘭姫様にギュッと抱きつかれる。


「どうされました?」


 出会ってすぐに無言で幼女に抱きしめられるのは、嫌ではない! 嫌ではないが、心配になってしまう。


 俺が声をかけても、首を横に振るだけで答えてはくれない。

 梅婆を見るが、同じく首を横に振るだけだ。


 どうやらすでに梅婆が来た時には、このような状態だったようだ。


 子供がグズる時はどのような時だろうか? 蘭姫様は賢くて、成長も早い。


 普段は何かあれば悩みを打ち明けてくれる。


 そんな蘭姫様が、何も言わないということは……。


「蘭姫様、体調が優れないのですか?」


 顔は赤くない。

 だが、俺は額に手を当てる。

 少しだけ熱く感じる額。


 熱があるわけではないと思うが、俺が体調を問いかけてから、少し安堵したような顔を見せる。


「新之助、蘭姫様は体調が優れない。すぐに医者を呼べ」

「はっ!」

「梅婆、女中に布団の用意を命じよ」

「はい!」


 二人がすぐに動き始めて、俺は蘭姫様を抱き上げる。

 最近はお菓子や食事をしっかりと食べるようになり、元気な姿をみていたので、体調を崩しなど考えていなかった。

 

 だが、三ヶ月が経って、暖かな気候だった美波藩は海風が吹き冷たい気候が少しずつ訪れ始めている。


「申し訳ありません。蘭姫様の体調変化に気づくのが遅れ申した」

「ううん。タカはだれよりもはやかったよ」


 ご自身の体調が悪いのにもかかわらず、俺のことを心配してくれる。

 なんと心優しい方なのか。


 それに対して、俺は日々生きていくことに必死になり、忘れていたのだ。


 ここは江戸時代で、人が病に掛かれば最新機器の治療も受けられない。


 検査の方法も、しっかりとした診断もできない。


 そう、簡単に人が病で死んでしまう。


 蘭姫様は小説で成長した姿を見せておられたので、死ぬことはない。

 そう勝手に思って、病に罹らないと思い込んでいた。


「何か望まれることはありますか? 辛い時なのです。どのような願いでも叶えてみせましょう」


 もしかしたら親に会いたいと言われるかもしれない。

 その時には、早馬を飛ばして必ず連れて来よう。


 布団に寝かせて医者が来るまで話をする。


「そばに」

「えっ?」

「タカがそばにいてほしい」


 そう言って手を伸ばした蘭姫様の手を握る。


「承知仕りました。蘭姫様が次に目覚めるまで、必ずお側におります。ですから、どうぞゆっくりと休まれませ」

「うむ」


 手を握ってしばらく頭を撫でていると、蘭姫様は眠りについた。


 やってきた藩お抱えの医者によれば、風邪の一種で、夏の暑さを超えて体力が低下したことで疲れが出たのだろうという。


 夏バテの一種だとわかって、ほっと息を吐く。


 多少の喉の腫れと、倦怠感が出るが消化の良い物を食べさせて、しばらく休めば回復できるということだ。


 また、陰陽術師の蛙にも診断をしてもらう。


 この時代、占いも重要視されていたこともあるが、気の流れを見ることができる陰陽術師が見ることで死相などを見ることができる。


 最悪を想定して、気の流れを見てもらったのだ。


「ご安心ください。お医者様のいうことを信じて良いと思います。多少は気が乱れておりますが、命の灯火は失われておりません」

「そうか、よかった」

「はい。ですが、今後はお玉と共に陰陽術の一種である気の流れを学び、自己回復術を知っていただいても良いかもしれません」

「そんな術があるのか?」

「はい。己の気を操作するのは、武術だけではありません。医療術でも応用が可能なのです」


 医者と、陰陽術師の診断を終えて、蘭姫様と二人きりになる。


 小さな体で病魔と戦っておられる蘭姫様の看病をしながら、俺は推しが弱った姿を見て、心配な気持ちで胸が締め付けられる。


 不意に蘭姫様が目を覚ました。


「蘭姫様! ご無事ですか?!」

「タカ、ほんとうにいてくれた」

「はい!」

「うれしい」


 弱々しくはあるが、本当に嬉しそうに笑顔を見せてくれる蘭姫様に水を飲ませて、体を拭いて差し上げる。


「はじめて」

「えっ?」

「はじめてしんどいときにきづいてもらえたのじゃ」 

「どうして皆に辛いと言われなかったのですか?」


 俺の問いかけに困った顔をする。


「フジがいうていたの。はんしゅのむすめたるもの、たしゃによわみをみせてはいけない。だからしんどくてもなにもいわず、じっとひとりでたえていたの」


 また、藤か……。


 三ヶ月程度では足らなかったようだ。


 まだまだ蘭姫様の教育をしなければいけない。

 

 根強く残る負の遺産。

 

 それは美波藩に藤という女を残しておくことを許してはいけないと俺のここに怒りの炎をつけるに十分だった。


「じゃが、タカがはじめてきづいてくれて、そばにいてくれた。これまではしんどくてもだれもそばにいてくれなんだから」

「鷹之丞がおります。蘭姫様の代官として、お側でお守りいたします」

「うれしい」


 このような幼女をこれまで放置して、悪の道へ引き込もうとした者たちを許すわけにはいかない。


 たとえそれが悪代官と呼ばれる道であろうと、俺は未来を決めた。


 必ず、蘭姫様をこの呪縛から解き放ち、幸せにしてしてみせよう。


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