第7話

「……ね、ミシュリー嬢。これから一人で生きていくために働き口を探そうと思っているのなら、うちの屋敷で働いてみるかい?」

「……え……っ?エ、エリストン辺境伯様のお屋敷で、ですか……?」


 突然の提案に驚き、頭が真っ白になる。この私が……、辺境伯様のお屋敷でお仕事を……?


 ベッドの上で固まる私に、フロイド様は微笑んだ。


「そんなに身構えなくても大丈夫だよ。領地は広くて別邸もいくつかあるし、父は年中王宮やそれらの別邸を行ったり来たりで本邸の屋敷にはほぼ滞在していない。私には姉が二人いるがもう嫁いでいっているし、屋敷の中は閑散としたものさ。閑散としすぎていてあまりにも殺風景だから、もしよかったら、君が手をかけてくれるとありがたい。必要ないからと侍女や使用人たちの人数も最低限しか雇っていないんだ。給金は弾むよ」


 最後にそう言い足して、フロイド様はいたずらっぽく笑った。そんな表情さえ様になっている。

 

 辺境伯邸ともなれば、手が足りていないはずがない。きっと私の境遇を聞いて情けをかけてくださっているのだろう。

 それに気付いて束の間逡巡したけれど、結局私はそのご提案をありがたくお受けすることにした。どうせこのままじゃいずれお金も尽きてしまう。この雪の街で何も仕事にありつけなかったら、凍死するしかないのだもの。


 それならば、フロイド様のご厚意を受け取り、精一杯働かせていただこう。


「……ありがとうございます、フロイド様。よろしくお願いいたします」


 ドキドキしながらそう答えると、フロイド様は本当に嬉しそうに破顔した。その笑顔のあまりの神々しさに、思わず息が止まった。


「よかった。運命的な縁だね。これからよろしく頼むよ、ミシュリー嬢」




  ◇ ◇ ◇




 倒れてしまった宿屋で一晩ゆっくり休ませてもらってから、私は翌日、早速エリストン辺境伯邸に案内された。


(す、すごい……!なんて大きなお屋敷かしら……!)


 私の生家であるハミル侯爵家も、嫁ぎ先のフィールデン公爵家のお屋敷もそりゃ大きかったけれど、エリストン辺境伯邸は桁違いだった。


 想像した通り、お屋敷の使用人たちはそんなに人手が足りないというほどの少なさではなかった。やっぱりフロイド様は私を気遣って、お屋敷に住まわせてくださるためにあえてあんなことを仰ったんだわ。

 しかもフロイド様は、家令に私のことを「屋敷のことも手伝ってくれると言っているが、当面はあくまで客人だと思って手厚くもてなしてほしい」なんて紹介していた。話が違う。君が倒れたばかりでまだ本調子じゃなさそうだからだよ、なんて仰っていたけど……。


(……ううん。せっかくこうして助けていただいたんだから、私も精一杯お役に立たなくちゃ!)


 できることは何でもしようと思った。お屋敷のお手入れやお掃除、洗濯、買い出しなども手伝ったけれど、これは人手が足りているからさほど忙しくない。私はフロイド様が領主の息子として領内を視察で回る時には、その使用人として同行させてもらった。領民の方々とフロイド様との会話をひそかに聞いては困りごとなどを確認し、時にはそれらを解決するアイデアを出したりした。


「ミシュリー嬢のおかげで前よりも皆の暮らしがよくなった気がするよ。いつもありがとう」


 フロイド様からそんな風に声をかけられれば、嬉しさで頬がじんわりと熱くなるのだった。




 やがてこの北の地にも、ゆっくりと変化が表れはじめた。


「毎年この時期になると何度かの大寒波が領地を襲うんだ。普段からそれに備えて、皆食料や生活必需品の備蓄はしているのだが、やはり外出はしづらくなるし、年老いた者たちには特に堪えて体調を崩しがちになる。……だが今年は、一度もあの強烈な吹雪が続く日がやって来なかった。もしかしてこれも、君と指輪のおかげなんだろうか」


 ある夜、居間の暖炉の前でそう言いながら、フロイド様が優しく私を見つめた。


「ありがとう、ミシュリー嬢。君はこの地を守ってくれる女神だな」


 そう言われると嬉しくて、私はますます仕事に励み、そしてこのエリストン辺境伯領の繁栄を願った。


 北方の海にはここでしか獲れない美味しい魚が豊富に揚がり、領土の北側を囲む鉱山では新種の美しい虹色の鉱物が発見された。それらの原石はアクセサリーや置物などに加工され、このエリストン辺境伯領の新たな特産品となり、また、荒れ狂う猛吹雪の日がなくなり過ごしやすくなったこの辺りには、国中から多くの観光客が訪れるようになってきた。

 私もアイデアを出して、雪国ならではの娯楽スポットを作ってみてはどうかと提案した。雪像や氷像を展示したり、子どもたちが楽しめるようなそり遊びの場所や、雪の大きな滑り台がある公園を作ったり、その近くの大通りでは特産品を扱うお土産物の店を並べたりした。大人も子どもも、貴族から平民たちまで楽しめる場所ができ、街は大いに賑わった。

 収益は上がり、歴代の領主様たちが培ってきたノウハウで元々潤っていたこのエリストン辺境伯領は、ますます栄え、活気溢れる地となっていった。




「ミシュリー、本当にありがとう」


 フロイド様は私の頬をそっと撫で、噛みしめるようにそう言った。


「君を得られたことは、私の人生最大の幸福だよ」

「……私の方こそです。あの日、あなた様に出会えて本当によかった。……私を助けてくださって、ありがとうございます」


 頬に当てられたその手を自分の手のひらでそっと覆い、私は彼を見上げてそう答えた。


 いつしか私とフロイド様は心を通わせ合うようになり、そして自然と恋人同士になっていた。




  ◇ ◇ ◇




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