2.兎舞を楽しませたい話
社務所で妹と二人でゲームをしていた際、インターホンが鳴った為、兎舞と一緒に画面を見る希威。外に居たのは白雪。連絡なしに此処へと来るということは、妹に訪問を知られたくないのだろうか。長年、共に居る故、顔を見合わせて同じ考えだと気付いた希威は、ソファーの後ろに隠れた兎舞の背中を見送ってから玄関を開ける。
案の定、開口一番に兎舞の存在を確認してきた白雪に嘘を吐き、ソファーへと案内してから冷蔵庫にある新品のお茶を渡した。先程まで盛り上がっていた為、ゲーム機や二人分の飲み物があるが、妹は買い物に行っていると告げた故、問題ないだろう。さて、いつネタばらしをするかと、緩みそうな口元を必死に引き締める希威に、伏目がちの白雪が深刻そうな顔で口を開いた。
「なぁ、うちに面白くなる方法を教えてくれん?」
「えっ?」
「兎舞ちゃんって誰かがボケてる時、手叩いたり暴れたりして笑うやん? それがめっちゃ楽しそうやから、うちもそういうノリに慣れたいねん」
虚を突かれて目を点にする希威と目線を合わせることなく、うつむいたまま悲しげに自嘲気味に嗤った後、顔を上げる。確かに兎舞は喋ることを禁止されない限り、永遠とボケやくだらない駄洒落を投下し、周りの人達の笑いのツボを突いていた。が、苦手な相手には一切言わない。
いくら長年の親友といえど、彼が苦手だと知っていて避けている為、希威に白雪の苦手なノリなど分からない。二人のコラボ動画もあんまり見ないし、兎舞と白雪がどんな話をするのかも不明だ。が、皆で撮影している際の動画を見ている限り、妹はそれはもう容赦なく遠慮なくボケていた気がする。
「何で俺……」
「だって、希威くんが、一番、兎舞ちゃんとしょうもない話で盛り上がっとるやん。ずっと羨ましいと思っててん」
「棘がある言い方! いや、まぁ……合ってはいる、か?」
ポロッと出た疑問の回答と共に同類だと指摘を受け、腰を上げて否定するも考え直す希威。記憶を辿ると兄妹配信だと兎舞はボケしか言っていない気がする。そして、希威もそれに乗っかっているうえ、自分自身もしょっちゅう口にしていた。我ながら成人済みだと思えない。
「でも、兎舞の浅いツボを突くボケを覚えたいなら、直接聞いた方が……」
「えっ、こ、こんな恥ずかしい本音、本人を前に言えるわけないやん」
友達からのディスを受け入れたものの、兎舞と希威だとネタの類が違うだろう。ボケに分類などあるのかどうか分からないが、彼女に好かれたいなら本人に聞くのが一番だ。ズバッと本音を吐露した希威とようやく雪色の瞳をかち合わせ、白雪が途端にあわあわと慌てふためきながら頬を朱色に染める。
「知られたくないわけじゃないんだな?」
「えっ、どういう……」
「あー、実は白雪を驚かせる為に、兎舞がずっとソファーの後ろに隠れてるんだ」
相談できる精神力があれば、本人に聞いていると捉えた希威は、念の為、白雪に確認してから会わせることにした。困惑する彼に意味身長な悪戯っぽい笑みを見せ、白雪の思いがけない相談に出るタイミングを逃し、恥ずかしそうに屈んだ兎舞に桃色の目を向ける。ネタばらしをされて凍りついた友達と、耳まで真っ赤にして縮こまっている妹。希威は兎舞の頭を撫で回しながら声をかける。
「ほら、いつまで隠れてんのさ」
「だ、だって……」
「照れてないで早く出てこい」
「おわっ!? きゅ、急に腕引っ張んなです!」
体育座りをして膝に顔を埋めていた兎舞に、羞恥を宿した縋るような涙目を向けられて、ひとまず彼の腕を掴んで立ち上がらせる希威。潤んだ瞳で助けを求められると、悪態を吐きつつも手を貸してしまう辺り、自分は本当に妹に甘いと思う。
視聴者にも甘やかしていると指摘を受ける為、改めて妹に構いすぎてると自覚して苦笑すると、白雪が面映さを前面に押し出した顔で一歩退いた。相談時から頬に滲んでいた淡い薄桃色が、柘榴の果実みたいな紅味を帯びた真紅の満面に変わる。
「と、兎舞ちゃん」
「し、シロさん、ごめん。聞いちゃったです」
「〜〜ッ、お、お邪魔しました!」
「ま、待って!」
口をパクパクしたまま声を発した白雪は、気恥ずかしそうに視線を彷徨わせる兎舞に、聞かれていたことを察した途端、逃げた。クルリと背中を向けて走り去ろうとした彼の腕を咄嗟に捕まえ、兎舞が頭から湯気を放ちそうなほど顔を沸騰させた白雪と向き直る。希威はコーヒーに口をつけながら、ソファーを挟んだ甘酸っぱいやり取りを見守った。
「は、離してや。今、顔見られたくない」
「帰っても良いから、とまの話だけ聞いてほしいです」
「話?」
うつむき加減でポツポツと照れ臭そうに主張した白雪が、赤い瞳に含羞と喜びの色を乗せた兎舞から懇願され顔を上げる。帰りそうになった白雪を阻止できて安堵した後、兎舞は腕を掴んだまま言いたいことを吐露した。
「シロさんはボケたりツッコミをするのが苦手なんでしょ? 無理してとまに合わせようとしなくていいです」
「で、でも……」
申し訳なさそうに眉尻を垂らした兎舞に同じ顔で逡巡する白雪。愛しい人を楽しませてあげられない罪悪感と悔しさに苛まれ、眉間に皺を寄せて苦虫を噛み潰したような表情で下を向いた。白雪に気遣ってもらえて嬉しいのか、はにかむように顔を綻ばせた兎舞が彼の手を掴んだ。
「とまね、シロさんと一緒だったら、ボケが言えなくても、喋れなくったって楽しいです」
「嘘や。俺の前で暴れるぐらいの大爆笑なんて、普段は全然見せてくれへんやん」
「当たり前です。兄さんは頭が永遠に中学生だから問題ないけど、シロさんの前であんなに馬鹿みたいな姿は見せたくないです」
「突然のディス」
しょんぼりしながら不貞腐れる白雪の言葉を聞き、煮詰めた黒蜜みたく甘く優しい色の瞳だった妹に、何の前触れもなく唐突に貶され会話に参戦する兄。誰の頭が永遠の中学生だと兎舞を睨め付けると、兎舞は「何が間違ってるです?」と言わんばかりに、揶揄を孕んだ双眸を悪戯っぽく眇める。
「俺は見たい! 希威くんだけずるい!」
家族故かサングラス越しでも伝わる為、視線だけで会話していた兄妹の間に割り込んだ白雪が、頰を膨らませて希威から守るみたく兎舞を腕に閉じ込めた。どちらかというと、希威が兎舞を笑わせられることよりも、以心伝心なことに対して嫉妬しているように見える。
白雪に正面から抱き締められて面食らっていた兎舞は、何度か目を瞬いてからフッと強張った身体を緩めた。心落ち着く好きな匂いだからか、白雪の体温に包まれているからか、猫みたいに目を細めてふわりと微笑んだ。しかし、そんな安心感に満たされていれたのも束の間。兎舞の両肩に手を置いて自分の方へと向かせた白雪が、「俺も見たい」と本音を鸚鵡返しする。
「…………——や、やだです。シロさんに見られるのは……は、恥ずかしいです」
大好きな相手の欲望を叶えてあげたいのか少し考えたものの、やはり恥ずかしいようで夕焼けを刷ったみたく鮮紅な顔を伏せ、兎舞は恥じらいによる涙を浮かべて蚊の鳴くような声で拒否した。きっと脳漿に白雪の前で爆笑する自分を想像し、恐怖を覚えるほど心拍数が上がっていることだろう。
暫し、どうにもならない激しい鼓動に細身を震わせていたが、いつまで経っても答えを貰えず白雪を訝しんで恐る恐る顔を見た。彼は嗜虐欲を煽ってくる潤んだ瞳の兎舞から爆弾を受け、両手で顔を隠して天を仰ぎ見ている。かと思えば、深く息を吐き出して心を落ち着かせた後、ビシッと戸惑う彼女へと人差し指を向けて宣戦布告した。
「なら、やっぱり希威くんからネタを教えてもらう! 覚悟しときや、兎舞ちゃん!」
「何でそうなるんです!」
「任せろ、とびっきりのやつを教えてやる!」
「兄さんまで乗り気になるなです!」
希威はさっきディスられた仕返しに得意気に胸を叩き、折角の機会だから兎舞の反応を確かめつつ伝授しようと、口を抑えようとしてくる妹を羽交締めにし腰を下ろす。そして、大食いなのに細い腰に腕を回して膝に乗せ、兎舞が笑い疲れるまでお笑い大会を開催した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます