第一章 幼年期

01 転生&状況確認

「オンギャア! オンギャア!」


 転生は終わったのか?

 おぉ! 身体の感覚があるぞ! はぁ、やっぱり自分の手足があるっていうのはいいなぁ。

 ん? なんか声が聞こえる。


「奥様、おめでとうございます! 元気な男の子ですよ!」


「はぁはぁ。あぁ、なんて可愛らしい」


 なるほど、この人が俺の新しい母親…………めっちゃくちゃ美人だ。月みたいに白い髪、吸い込まれそうなほどに綺麗な紫色の瞳。そして、人外ということを確定させる黒い角。

 隣の人は…………召使いっぽい? 


「すぐに旦那様を呼んできます。奥様は、ゆっくりとお休みください」


 そう言い残すと、召使いであろう女の人は、部屋から出ていった。


「それにしても、ずいぶんとおとなしい子ですね。泣いたのは、産まれたときぐらいで」


 え、ど、どうしたらいいんだ? 赤子の演技なんか出来ないぞ。

 適当になんか話してみる? いや、急に何か話す方が不自然だ。今は、沈黙を貫こう。

 そういえば、この部屋鏡はあるか? 新しい見た目が気になる。


 俺は、まだすわっていない首を動かし、辺りを見回す。

 

「う、あ〜」


「どうしたのですか?」


 あ、ずっと喋らないつもりだったのに、つい声が……。


「あ、もしかしてお乳ですか? ちょっと待ってくださいね、今準備します」


 そう言いながら、母さんは片袖かたはだを脱ぎだした。 

 

 ち、違う! 脱ぐな脱ぐな!


「あ〜! あ〜!」


「はいはい、もう少しですからね〜」


 だから違うって!

 あぁ、普通に喋れないってこんなにも不便なのか……。


「ふぅ、はいどうぞ。これが飲みたかったんでしょう? ゆっくり飲んでくださいねぇ」


 うっ! や、やめてくれ……!


 なんとか拒否しようとするが、まだ赤子であるため抵抗する力などなく、なかば無理やり授乳された。 


「奥様、旦那様をお連れしました。入ってもよろしいでしょうか?」


「今授乳中なので、少し待って下さい」


「そうでしたか、では襖の前で待機してますので終わったらお声をお掛けください」


「分かりました。さぁ、いっぱいお乳を飲んでくださいね〜」


 正直、羞恥心でどうにかなってしまうかと思った。

 だが、最後にはどうせ生きるためには必要だと割り切り、普通に授乳されていた。


「んくっ、んくっ、ぷはっ」


 可愛らしい音をたてながら、授乳を終えた。


「お腹いっぱいになりましたか? さぁ次はゲッってしてくださいね〜」


 母さんは、俺の背中を軽く叩く。

 

「げふっ」


「よくできましたね〜いい子いい子〜」


 はぁ、もうどうでもいい。どうせ抵抗なんか出来やしないんだから。

 あぁ〜、早く大きくなりたい。       


 母ちゃんに、頭を撫でられながら、俺はそんなことを思う。

  

「奥様、授乳は終わりましたか?」


 召使いが、襖越しに訪ねた。


「えぇ、終わりました。入ってどうぞ」


「失礼いたします、旦那様どうぞ」


「あぁ。入るぞ知華ちか


 母さんは、知華ちかっていうのか。綺麗な名前だ。


「紫苑様、どうです? とても可愛らしいですよ」


 おぉ、俺の父さんか。

 それに加えて、髪色と瞳の色は黒で、頭にはいかにもな赤い角、The・鬼って感じだな!


「あー! あー!」


「ふふっ、この子も興味津々みたいですよ。触ってあげて下さい」


「お、おぉ、でも大丈夫か?」


「大丈夫ですから、ほら!」


 父さんは、母さんに腕を引っ張られ俺のほっぺたに触れる。


「や、柔らかいな。それに、とても暖かい」


「えぇ、すごく可愛らしいです」


 母さんは、俺に慈愛に満ちた眼差しを向ける。


 あぁ、この雰囲気小さい頃を思い出す。もう二度と感じる事はできないと思っていた親からの愛情みたいなものを感じる。

  

「旦那様、このあとはどうします? この子を皆さんに公表しますか?」


「そうだな、この子の誕生を皆に知らせる宴でも開こう」


「ならば、さっそく宴の準備をしなければなりませんね」


「あぁ。知華は、しばらく休んでおいてくれ」


「分かりました」

 

 母さんがそう答えると、父さんと召使いは部屋の外に出ていった。 





 数時間後……父ちゃんが部屋を出てから、俺はその間を寝て過ごした。


「知華入るぞ、一応各所への招待は完了した。だが、皆が揃うまで数日ほど掛かりそうだ。それまでは、ゆっくりしておけ」


「分かりました。ところで紫苑様、そろそろこの子の名前を決めませんか?」


「そうだな、色々やっていて後回しになったから、こうやって時間のあるうちに決めておこう。この子は将来、桜木家の当主となり、さらには、妖王様の百鬼夜行の一人となって、数多の活躍を残すだろう。良い名をつけないと」 


「えぇ、そうですね。ですが、私は自由に生きてほしいとも思います。自分の意思に従い動き、そしてこれから生きていく中で良き縁とたくさん巡り会ってほしいです。そこで提案なのですが、紫苑様と私の意見を合わせ、千弦などいかがでしょうか?」


「ふむ…………良き名だ。よし、この子の名前は今日から千弦だ。桜木 千弦……名前に込められた意味に恥じぬよう、元気に自由に育つのだぞ」


 俺の名前が決まった。偶然なのか、それとも神からの采配なのか、前世と同じ名前に決まり、俺は、これから新しい桜木千弦となる。父さんにも言われた通り、これからの人生、名前に恥じぬよう生きよう。


 俺は、今生での生き方を心に刻み込んだ。


 俺の名前が決まってから、数十分が経過した。

 母さんと父さんは、俺の名付けを終えると俺の将来について話だした。


「この子は、きっと強くなるぞ! それこそ十二妖将の一人になるほどな!」


「えぇ、そうですね。この子は将来、たくさんの人と巡り会い、慕われ、尊敬されていることでしょう」


 こんなふうに、似たような話をずっと話している。

 飽きないの? まぁ、親ってこんな感じか。人によるだろうから、決めつける事は出来ないけど。 


「お、もうこんな時間か。少し長話しすぎたな、そろそろ夕食の時間だ」


「紫苑様、私は千弦に授乳をして、寝かしつけてから行きます」


「そうか、それなら先に行ってるぞ」


 そう言って、父さんは部屋をあとにした。


「さぁ、お乳の時間ですよ。た〜んと、飲みましょうねぇ」


「んくっ、んくっ」


 授乳にも慣れたもんだ。

 喋ることも出来なければ、身体を動かす事も出来ない、残った出来る事と言えば、今のうちに少しでも周りの状況と自分の状況を整理することだけだ。

 よし、これからの計画を建てよう。まず、身体がある程度成長したら、前世と同じくらいまで身体を鍛える。

 あ、あと、今はもう人間じゃないから、妖怪特有の何かがあってもおかしくはない、そこも頭に入れながらやらないと。


「んくっ、んくっ、ぷはっ」


「お腹いっぱいになりましたか? 次は、ゲッってしましょうね」


「げふっ」


「は〜い、いい子ですねぇ。お腹いっぱいになった次は、おねんねしましょう」 


 母さんは、俺を布団に寝かすと、お腹を優しく叩いた。

 

 普通なら、こんなもので眠くならないはずだが、なんだか、異様に眠い…………。

 駄目だ、眠気に……勝て……な……い…。


「すー、すー」


 俺は、眠気に負け一瞬で眠ってしまった。

 

「ふふっ、かわいい寝顔。それにすごく素直な子、こんなに早く寝てしまうなんて。さてと、私も晩御飯を食べに行くとしましょう。ちゃんと寝ていて下さいね」

 

 母さんは、そう言い残すと、部屋をあとにした。

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