第8話 逃亡と遺跡



「このままだと、ここも嗅ぎつけられるから、今のうちに地下道を掘って逃げないか」


 俺は2人に小声で提案した。


「賛成です。どうやら結界の外に残る『におい』で、ここまで追って来られたようです。だから、今のうちに地下へ逃げる事をおすすめします」


「分かったわ。完璧だと思っていた私の結界の魔道具に欠点があるとは思わなかった。だから、アル君の言う通りにしようと思う」


「シルキラ、結界の魔道具に欠点があるというより、弱点が見つかったって事だよ。道具には何でも弱点があるから、それを理解できただけでもいいんじゃないのか。今回は相手が悪かったと思うよ。気にしないで行こうぜ」


 2人から了解を得たので、できるだけ見つからないように、結界の魔道具はそのままにして、結界の中から地下へと慎重に穴を掘り始めた。土は、ブレスに収納しながら進む。掘る方向は遺跡を目指した。


 シルキラにレーダーで確認してもらいながら、遺跡の方へ掘り進む。予想通り、結界の魔道具から離れても、赤い点は結界の魔道具の辺りに集まっている。やつらはずっと、結界の魔道具のあたりにいる。という事は俺たちが移動したことに気付いていないのだ。


 俺は、掘る速度を上げて、遺跡へ近づいた。もう少しで遺跡という所で、トパズに番人の事を聞いてみた。


「トパズ。緑のカギの番人がトパズの知り合いならいいんだけれど、どうなんだ?」


「同じカギの番人ですから、話は通じると思います。ですが、会ったことはありませんから、協力的かどうかはわからないです」


 おいおい、そんな事を言うなよと思いながら、緑のカギの番人がいいやつである事を祈った。


「シルキラ、俺は地下から壁を破壊して、中に突っ込もうと思うけれどどうだい?」


「仕方ないと思う。アル君に任せるわ。というか、ほかに方法がなさそうよね。下手に地上に現れたら、そこで終わりになる気もするから」


「じゃあ決まったな」


 おれは、そう言って、一気に穴を掘る魔力を上げた。

 遺跡の壁に穴をあけるのは、予想通りとても苦労した。岩に見えるけれど銀色の硬い金属でできている。最大の魔力を込めて穴を掘ろうとしたが、なかなか掘れない。


「シルキラ、おれの魔力の外側を、ドリルのように回転させる魔力でフォローしてくれないか」


「わかった。黄色のカギの時と同じイメージで行くわね」


 俺たちは、協力して、銀色の硬い金属を削るように掘った。すると、小さな穴ならば何とか開いたので、穴の数を増やす事にした。時間をかけてようやく銀色の壁に、たくさんの穴が開いた。


「トパズ、黒ちゃんで、この壁を思い切り殴ってくれ」


「了解です。アルルス様」


 黒ちゃんが大きく振りかぶった拳を壁に打ち付けると、ドガーンという大きな音と共に、壁に穴が開いて、俺たちはようやく中に入る事ができた。

 穴の内部は真っ暗だった。


 ようやく中に入れたので、警戒態勢を維持して少し休憩をすることにした。黒ちゃんに明かりをつけてもらって、少し食事をした。


 10分ほど経った頃、俺たちのいる場所が突然明るくなった。壁全体が光っている。そして、通路の先からコツコツと杖をついて歩いてくるような音がした。


「休憩は終わりましたかな?」


 そんな優しい声を掛けられた。

 歩いてやって来たのは、緑の髪と長い髭を伸ばして、杖をついたおじいさんだった。にこやかな笑みをたたえている姿から、好戦的ではなさそうな様子にほっとする。


「こんにちは。突然穴をあけて飛び込んでしまいすみません。アルルスといいます」


「私はシルキラです。アルルスと仲間で、カギを探しています」


「〈緑のカギの番人〉とお見受けします。私は〈黄色のカギの番人〉トパズです」


「なるほど、事態は想像できますし〈黄色のカギの番人〉がいっしょなら信用できます。話を聞くのは後にして、先に仕事を済ませましょう。こちらに来てください」


 俺は、老人があせっている事に不安を感じながら、とにかく後をついて行った。


 何か違和感を感じたのでそれを確かめながら進んだ。そして、違和感の正体が老人の姿だという事に気付いた。じいさんが、トパズやコハクと同じ自動人形なら、年はとらず、ずっと同じ姿のはずだ。なぜ老人の姿なんだろう。それにわざわざ杖をついて歩いているのもおかしな気がする。そんな事を考えていると目的地に到着した。


「着きました」


 通されたのは、緑の魔法陣が書かれている一室だった。

 前と同じだなと思いながら、転移を待った。


「それでは移動します『転移』」


 じいさんがそう言うと、やっぱり浮遊感がって少し気持ちが悪くなり、その一瞬後には、新しい部屋にいた。


 目の前の台座は緑色で、その上に緑色の球体が浮かんでて、台座の前には、緑色の剣が置いてある。黄色のカギの場所と同じだ。


「それでは、『新世界』の崩壊を止めるため、アルルス様、緑の球に『アレリウスの緑剣』を差してください」


「わかった。シルキラ、前回と同じように一緒にやろう」


「分かったわアル君。一気にやりましょう」

 

 俺は、剣を逆手に持って、シルキラと剣の握りを2人でつかんだ。そして、真上から球体に突っ込んだ。

 球体は、硬いゼリーのようだった。だが、シルキラと2人だからどんどんドリルのような魔力のおかげで刺さっていく。


 刺し終わると、緑色の魔力の奔流が、土台と球体を通って俺たち2人を包んだ。身体の中に入って来る魔力が暖かくて気持ちがいい。

 しばらくすると魔力の奔流が止まったので、剣から手を離した。


「お2人は、黄色のカギで慣れているようにお見受けします。次は、こちらへどうぞ」


 案内された部屋には、身体を横たえられる椅子があった。ここで、魔法を使う訓練を受けるのだと分かったので、すぐに、その椅子に身体を横たえた。予想通り足と手と心臓を器具で固定された。頭にヘルメットをかぶり目にゴーグルをかけた。


「さっそく、お2人に緑系統の魔法を伝えます。実は魔獣のため危機が迫っていまして、時間がありません。短時間で習得して頂きますので了解してください」


 じいさんから説明があって、魔法の習得が始まった。


 頭から魔法のイメージが、早送りされるようにどんどん流れ出てくる。前回と違う展開に驚いたけれど、不思議にこれでもなんとかなるだろうという思いがする。酔ったように気持ちが悪くなるわけでもなく、どんどん流れ込んでくるイメージを頭が吸い取るように取り込んでいる。


 新しく学んだ魔法は、生命系の魔法と植物系の魔法だった。生命系の魔法で、傷の治療や疲労回復、肉体の強化ができるようになった。植物系の魔法で、植物を操る事ができるようになり、成長促進や変異種を作る事も出来るようになった。


 強化されたのは風魔法だった。飛行魔法と風のバリアを学んだ。飛行するには風のバリアが必要なのだそうだ。ただし、訓練時間が無くて、短時間なら空を飛べるというレベルで終わってしまった。飛行魔法は、とても繊細な魔力操作がいる魔法なので、訓練が不可欠なのだそうだ。


 俺たちは、食事だけはとって、一日中魔法の習得に当てた。


「アル君。飛行魔法すごいね」


「ああすごいな。でも、繊細な魔法操作が必要だから、俺には1日では覚えられないと思う」


「私は、イメージの中でそれなりに飛べたよ。だから実際に空を飛べる気がする」


「おお! それはすごいね。さすがシルキラだよ」


 おれは、シルキラが空を飛べるようになった事を、自分の事のように嬉しく思った。

 同じ魔法を覚えても、個人によって個性が出る。これまでを考えれば当たり前だが、当たり前の事に今更ながら気付かされた。ファイアボールは俺の方が強力だからそう言う事もあるのだろうと思った。


 一日の訓練が終わった後、ようやく俺たちは、緑のじいさんと話し合う事になった。


「詳しい事情とこれまでの経緯は後日にします。とにかく、外にいる白オオカミの大型魔獣をなんとか倒して欲しいのです。あの白オオカミと手下が住み着いた事によって、この遺跡はかなり痛みました。この森もひどい有様です。このままだと、この遺跡が破壊されるのも遠くないです。そうなると、カギの力も失われ、世界が破滅に近づきます」


 そういう話だった。


「植物魔法を駆使すれば、やつらをたおせると思うのですね?」


 と、俺が聞いた。


「……残念ながら私には倒せる力がありません。倒せるとすれば、2つのカギの力を持つ、あなた方しかいないと考えたのです。私も緑のカギの番人として、強力な魔法を授けました。森の助けを借りれば、なんとか互角に持ち込めると思うのです。お願いします」


 そう言って、じいさんに頭を下げられた。


「アル君。やるしかないわ。カギの遺跡が壊される事はなんとしても避けたいから」


 シルキラがとても積極的だ。それはいいけれど、また倒れられるのは困ると思った。


「シルキラの気持ちは分かる……。でもどうやって倒そうか少しずつ試そうそうよ。とにかく、もう無茶はしないでくれよ、シルキラ」


「分かったわ……。無茶はしないと約束する」


「じゃあ、状況分析をしよう。まず俺たちが優位なのは、守りに回ったことだ。攻めるより守りの方が楽だからだ。待ち伏せもできるようになった。それで、遺跡の前に落とし穴を作って雑魚の方を倒そう。大きいやつは後回しだ。それから遺跡の周りを土壁で覆って大きい奴からの攻撃を防いで遺跡を守ろう。最後は植物魔法だけれど、これは未知数だからやってみないと分からない。こんな感じかな。そうだ、時間があったら、飛行魔法を試してくれよシルキラ」


「アル君それでいいわ。チャンスがあったら飛行魔法を試してみる。無理はしないよ」


「アルルス様、トパズはどうしましょう」


「トパズはとにかく守りを頼む。黒ちゃんと遺跡を守ってくれ。とくに緑のおじいさんを殺されないように頼む。まだまだ生きてもらわないと困るからな。おれも、壁を作って大型のホワイトウルフから遺跡を守るのと、中型のホワイトウルフを倒すという両方は無理だからな」


「アルルス様、了解です」


「私も了解よ」

 

「じゃあ、様子を見ながら少しずつ行くぞ。無理はしないってことで。さあ行こう!」


 地下から転移して、入り口に向かう通路を進む。


 入り口の扉がドガドガ、ガリガリと音を立てている。


「アル君。外にホワイトウルフがいるわ。中型が10体、大型が1体ね」


 シルキラが、レーダーを見ながら教えてくれた。

 

 こうして俺たちとホワイトウルフ達との戦いが始まった。

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