21 真犯人
馬車に乗り、ディランが向かったのは、驚いたことに大学だった。
もう夜更けだ。門は閉ざされていて、大学内に残っている人もいないだろう。ディランはかまわず、門を軽々と乗り越え施錠を破壊してロレッタを中に入れてくれた。こんなところを誰かに見られたら、退学ものではある。
だが、今日のロレッタは真実を知りたいという探究心の方が勝っていた。
ディランが向かうのは、大学の先生たちの研究室がある棟だ。階段も廊下も真っ暗で、雨音しか聞こえてこない。ロレッタは振り返りながらも、ディランの後をついていく。彼が立ち止まったのは扉が開いている部屋の前だ。
「この部屋……グレネル先生の研究室?」
辺りを見回してから、ロレッタはディランについて部屋に入った。
先生の研究室には明かりが灯っていた。暖炉の上のロウソクはもうじき、燃え尽きそうになっている。
「先生、いらっしゃる……」
恐る恐る声をかけたロレッタは、机のそばに倒れているグレネル先生の姿を見つけて、「先生!」と青くなって駆け寄った。ビシャッと靴が濡れている絨毯を踏む。ギョッとして立ち止まり、恐る恐る下を見ると、先生の片腕が血だまりの中に転がっていた。上げかけた悲鳴を、両手で口を押さえて飲み込んだ。
「せ、先生……先生っ!!」
そばにしゃがんで声をかけようとしたが、ディランが肩をつかんで止める。
「死んではいないよ」
彼の声がひどく冷たく聞こえて振り返る。
「早く、病院に連れて行かなければ! どうして……こんな……っ!!」
ロレッタはディランの手を振り払い、うつ伏せになっている先生の体をあおむけにする。ドレスも手も、血で汚れてしまったがかまっている場合ではない。ディランの言う通り息があるようで、グレネル先生は痛みを堪えるように唸っていた。
溢れている血を止めなければ。ディランは手を貸してくれるつもりはないらしく、立ったたまま感情を伴わない瞳をグレネル先生に向けていた。
ロレッタはグレネル先生のタイを外すと、それで急いで引きちぎられている腕の傷口を縛る。その一瞬、手が止まったのは――その傷が、あの悪魔のものと同じだと気づいたからだ。ロレッタがラピスラズリの石を向けた瞬間、触れようとした悪魔の腕が引きちぎれた。
「ま……まさか……先生が悪魔を?」
独り言が口からこぼれる。信じられない。先生は穏やかで研究熱心で、悪魔を呼び出し、人に危害を加えることを喜々として行うような人ではない。
少なくとも、ロレッタが知るグレネル先生はそうだ。
「放っておけばいい。下級の悪魔だが呼び出して契約を行った。その腕は彼が払うべき代償だ。命を奪われなかっただけ、まだマシだと思うべきだろう」
ディランが背後から近付いてきて、ロレッタの後から暗い闇のような目で彼を見下ろす。
ああ、そうだ。この人はやはり悪魔――。
そう、改めて思いしらされる気がした。
ロレッタは立ち上がると、「医者を呼んできます」と足の向きを変えて部屋を飛び出そうとした。だが、ディランが「待ちたまえ」と腕をつかんで引き留める。
「君はあんなに酷い目にあったのに、この男やあの娘たちに慈悲をかける必要が?」
「あります! どのような者であっても、理不尽に命を奪われてもよいわけではありませんもの」
そう胸に手を当てて迷いなく答えると、ディランは一瞬言葉を詰まらせ、それからフッと笑みをもらした。
「聖人のようなことを言うんだな。君は……」
「聖人でなくても多くの人は、この場では私と同じ行動を取るはずです」
ロレッタはディランの手をはね除け、強い瞳で見返した。彼は負けたよとばかりにため息を吐いて、身をかがめる。
そして、倒れているグレネル先生の無事な腕を自分の肩に回して立ち上がった。
彼の行動に驚きながらも、ロレッタは急いで反対側の肩を支える。
「私一人でも運べるよ。君は……せっかくのドレスが汚れてしまう」
「今さら、そんなこと気にしません」
「君という人は……だが……そういう所が好ましいのかもしれないな」
彼はそう笑って言っていた。
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