18 長い一日の始まり。

 ワルツを踊る人たちを眺めながら、ロレッタは大広間の隅に立っていた。賑やかな声と音楽が聞こえてくる。クララは男性に誘われて、ホールで楽しそうに踊っていた。彼女はどこにいても目立っていて、華がある。


 今日の青色のシンプルなドレスもよく似合っていた。ロレッタは「やっぱり……ドレス、一着くらい新調してもらおうかな」と、自分の野暮ったいドレスを見て呟く。

 さすがに、お古のドレスを使い回しているも恥ずかしく思えてきた。ただ、男爵家はそれほど裕福ではないため、ドレスを買ってもらうのは難しいかもしれない。


 母にきいてみてれば、あまり着ていない若い頃のドレスをまだ持っているかもしれない。それを手直ししてみようか。そんなことを考えていると、音楽が途切れて、踊っていた人たちが中央のホールから移動する。

 クララも「ロレッタ」と、手を振りながら戻ってきた。微笑んで一歩踏み出そうとした時、首にかけていたラピスラズリのネックレスの紐が不意に切れる。

 ロレッタは驚いて、咄嗟にラピスラズリの石をつかんだ。けれど、紐に留めていたパールが足もとにバラバラと落ちる。

 クララが悲鳴を上げ、名前を呼ぶのがひどくゆっくりと聞こえてきた。

 ハッとして顔を上げると、頭上のシャンデリアの一つの留め具が外れて、落下してくる。咄嗟に後ろにさがったロレッタは、大きな音が響くと同時に床に投げ出されるように尻餅をついていた。

 大広間が静まり返り、次に大騒ぎになる。


 シャンデリアで怪我をした夫人や男性もいた。ガラスの破片が床一面に散らばっていて、屋敷の使用人たちが青ざめた様子で駆け寄ってくる。

「ロレッタ! 大丈夫!?」

 駆け寄ってきたクララに肩を揺すられて、ロレッタは震えながら頷いた。

 声が出なかった。あと少し前に出ていたら、シャンデリアの下敷きになっていただろう。

(このネックレスが切れなかったら……)

 ロレッタはラピスラズリの石を握り締める。


「とにかく、ここを離れましょう。怪我をしていないか確かめなければ……」

 クララに腕を引っ張られて、ふらつくように立ち上がった。

「ク、クララ……あなたは怪我は?」

 クララも落ちたシャンデリアの近くにいた。

「私は平気よ。ほら」

 そう言って、クララは腕を見せてくる。よかったと、ロレッタは胸をなで下ろした。男性が血の溢れる額を押さえていた。飛んできた破片で切ったのだろう。


 使用人がすぐに駆け寄っていた。床に散乱する血を見て、気が遠くなったらしいご婦人がバタンと倒れる。怒号と悲鳴が飛び交う中、エミリーの父であるロングハート伯爵が客人たちをすぐに広間から避難させるように指示を出していた。


(目眩が……する……)

 目の前が歪んで、石をしっかりと握っていないと倒れてしまいそうだ。

 とにかく、ここを離れたい。心臓が息をするのもままならいほどバクバクしていた。きっと、血の気が引いているだろう。

 ロレッタはすぐにクララと一緒に廊下に出る。

「驚いたわね。一番大きなシャンデリアが落ちたのではなくて、幸いだったわ……」 

 クララが歩きながら言う。彼女の声も少し震えているように聞こえた。ロレッタは気分の悪さを我慢しながら、「ええ」と頷く。

 大広間には、中央の大きなシャンデリアと、四隅に小さめなシャンデリアが飾られていた。落ちたのは、小さめなシャンデリアの一つだ。中央のシャンデリアが落ちていたら、もっと多くの人が怪我をしていただろう。そう思うとゾッとした。

(やっぱりこれも私の……せい?)


 助かったのは、このラピスラズリの石の効果だろうか。けれど、この石にそれほどの効果があるとも思えない。やっぱり来るのではなかった。

「クララ、私……すぐに帰ろうと思うの……」

「それは、ええ……そうでしょうね。あんなに怖い思いをしたのですもの。でも、あなた、今にも倒れそうな顔よ。馬車を呼んでもらうから、少し応接室で休ませてもらうほうがいいわ」

 その言葉に、ロレッタは頷く。クララは走り回っている使用人の一人を呼び止め、応接室を使わせてもらえるように頼んでいた。


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