16 招待状
アンナが届けてくれたクララからの手紙には、パーティーの招待状が入っていた。それも、エリントン家からのものではなく、ロングハート家からのものだ。クララの手紙には、『エミリーがあなたと私をパーティーに招待したいのですって。決闘を申し込まれた気分ね』と書かれていた。
談話室に戻って手紙を読んでいたロレッタは、困った顔でため息を吐く。
(エミリーが私を伯爵家のパーティーに招待したことなんて一度もないのに)
ロングハート家は名門の貴族だ。エリントン家のパーティーでも、エミリーの姿は何度も見かけた。家同士が不仲であっても、無視するわけにはいかないのが社交界だ。また、互いに豪華なパーティーを開いて、牽制し合うのも一つの習わしのようなものである。
ただ、エミリーがライバル家の令嬢であるクララを招待するのはわかるが、今まで相手もされていなかったロレッタまで一緒に招待されるとはどういうことなのだろう。
(やっぱり、ディランのこと……よね)
相手がロングハート家であれば、断ることも難しい。相応の理由が必要になるだろう。まさか、悪魔に呪われてしまったので、招待を辞退しますとは伝えられない。かといって、出かけていけば周りを巻き込んでしまう。
「困ったわ……」
呟いた時、後から手が伸びてきて招待状をスッと抜き取った。「あっ」と、ロレッタは上を見る。ソファーの後ろにいたのは、ディランだ。
「なにが困ったの? ああ、パーティーの招待状か。ロングハート家?」
「ええ……どうやってご辞退しようかと考えているんです」
「辞退しなければいいじゃないか。出たくない理由でも?」
「この呪いが解けないうちは人前に出るわけにはいかないでしょう?」
ロレッタは後を向いて答える。
「この屋敷にこもりきりというのも、窮屈だと思うけれどね」
「それは……ですが、別に退屈はしていません。このお屋敷には立派な図書室もありますし、ハーブ園だってあるのですもの。人前に出るよりは……気楽です」
「この屋敷を不気味がる人は多いけれど、気に入ってくれる人は少ないんだ。君を連れてきて、正解だったよ」
ディランはロレッタに招待状を返してニコッと微笑む。
「体調が優れないと、お返事を書こうと思います。お兄様が付き添ってくれればまだ大丈夫かもしれませんが……やはり不安ですもの」
「君、お兄さんがいたのか」
「あっ、はい……今は屋敷にはいないんです。軍人で海外に派遣されているので」
休暇が貰えるのは冬になるだろう。それまでは戻ってこないはずだ。
「それは頼りがいのあるお兄さんだ。ただ、いないのでは仕方ないな。私がつきそってもいいんだけど……」
隣に座ったディランが、チラッとこっちを見る。ロレッタは「いいえ!」と慌てて、首をプルプルと振った。
「ディランと一緒にパーティーに出席などしたら、大騒ぎになってしまいます!」
彼と一緒にパーティーに参加して注目を集めてしまうなんて、考えただけで気が遠のきそうだ。まさしく、彼の婚約者であることをおおっぴらに宣伝するようなものだろう。今は噂程度の話で収まっているが、もはや取り消せないほど事実化してしまう。ロレッタは「絶対にいけません!」と、強く断る。
「そこまで女性にエスコートを拒否されたのは生まれて初めてだよ」
ディランは腕を組みながら、いかにも傷ついたという表情でため息を吐く。
「別に嫌でお断りしているわけではありません。大騒ぎされると困るだけです……ディランは目立つのですもの」
スカートを両手で握り、目を伏せて答えた。
「そうかな? 修道士に負けないくらい慎ましく暮らしているつもりなんだが」
「見た目のことを言っているのです!」
目を開いて隣を見ると、ディランは「クククッ」と楽しそうに笑っている。
この人は自分が女の子たちからどんなふうに見えているのか、わかっていないのだろうか。それとも、わかっていてからかっているだけなのか。
「私は同行しないけれど、君は行ってくるといい。その呪いのことなら、心配することはないよ。君のお守りに、少しばかり手を加えておくから」
「私のこのネックレスに……ですか?」
ロレッタは首にかけているラピスラズリの石がついたネックレスに手をやる。
「護りの効果を強化しておくだけだよ。君に危害が及ばないようにね。それくらいは私にもできるからね」
彼は唇に指を当てて、イタズラっぽくウィンクしていた。
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