半妖の討伐日記
EVI
第1話 謎の少女
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
俺は今、田んぼに襲われている。
いきなり何を言い出すんだと言われそうな言葉だが、何の比喩でもなかった。
俺は、手紙を運ぶ飛脚という仕事についている。
今日の朝も、手紙を届けて欲しいと頼まれていた。
江戸から出発して、駿河国まで来た頃、どこからか
『田を返せ~儂の田を返せ~』
としわがれた声が聞こえてきた。
かと思えば、道の端にあった田んぼが盛り上がり、気味の悪い一つの目がこちらを見ていた。
「ヒィッ‼︎」
俺は慌てて、走る速度を早めたが、この不気味な物体は距離を詰めて、追いかけてくる。
その時だった。
一つの影が見えたかと思うと、先ほどの化け物が悲鳴を上げていた。
『おぉぉぉのぉぉぉれぇぇぇぇ‼︎』
化け物はだんだんと体が乾燥していき、土になって消えてしまった。
そして、土になった化け物の前には一人の少女が立っていた。
見た目は小柄で、服装は雪のように白い服を着ていた。
そして、何より、目が特徴的だった。目の色は白い。
さらに彼女の目は渦を巻いており、その瞳で俺を見つめてくるのであった。
あまりにも人間離れした目に怯え、翔太は腰が引けてしまい、その場に腰をおろしてしまった。
そんな翔太の姿を見たその少女は、翔太に向かって笑いかけてきた。
「これで大丈夫だよ。あれは泥田坊。
私はある人からの依頼で泥田坊を討伐するために、この場所に来たんだ。
泥田坊は妖気に敏感でね。
全然姿表してくれなかったんだけど、君のおかげで誘い出し、討伐することができたよ。ありがとう」
なぜかいま、感謝されている。
いろいろなことがいっぺんにありすぎて、頭の回転が追いつかなくなってきた。
「えっと…君は一体何者なんだい?」
俺は彼女と会ってから一番気になっていたことを聞いてみた。
彼女は一体何なのか。そして、泥田坊とは何なのか。
「あぁ、まだ名乗ってなかったわね。
私は
あなたは?」
自分の名前を聞かれ、反射的に答えてしまった。
「お、俺は
さっき言ってた泥田坊のことを、もののけということはわかったがまだ疑問は残る。
泥田坊という名前を持っているのなら、なぜもののけという別の呼び方を作る必要があったのか。
「もののけ? そんなのも知らないの?
もののけっていうのは、妖怪や霊のことよ。
人間の生活に害をなす者のこと。例えば河童。
河童は沼に人間や牛を引き摺り込んで殺してしまう。
そんな危険な妖怪を退治しているのが、妖怪退治屋。
私は陰陽術も使えるから、悪霊とかの対処もするの。
範囲が広いっていう意味で、もののけ屋って名乗ってるの。
ちなみに陰陽師とはちょっと違うから勘違いしないでね」
正直何を言っているのかわからなかったが、泥田坊の他にも、いろいろな種類の『妖怪』と呼ばれるものがいることだけはわかった。
そして、同時に
「俺以外にも襲われそうになっている人はいるよな…
俺もなんかその人たちにできることってあるのかな」
とも考えてしまった。
「君って、案外お人好しなんだね」
自分の頭で考えていたことが、つい口に出てしまっていたらしい。
俺は恥ずかしくなって、顔を逸らした。
「お人好しなんて言われたのは初めてだ。
いつもなら、おせっかいだとか、すぐに首をつっこむ阿呆だとか言われてるのに……」
移動をしているときに、困っている人がいると、手を差し伸べずにはいられない翔太は、よく「いつまでに届けてください。」というメッセージを残していく客の要望を、ギリギリで何とか届けるということを繰り返していた。
それでも母数の少ない飛脚という職業のおかげで仕事の数は減らなかった。
「なぁ、俺もその、もののけ屋ってとこで雇ってくれよ。
俺は場所には詳しいんだ。きっと役に立つぜ」
気がつくと、無意識に口が動いていた。
「別に困ってるわけじゃないんだけど、私って、すっごく方向音痴なの…
一緒にいてくれると…助かるかな……」
早苗は、先ほどまでの仕草とは打って変わって、恥ずかしそうに顔を赤らめながら、ポツリと呟いていた。
「じゃ、じゃあ、私の家に、ついて来てくれる? 京の都にあるんだけど……」
気まずそうに口を動かす彼女に対し、翔太は頼ってもらえることに対して、嬉しさを感じていた。
「ちょうど俺も京都へと向かっていたところだ。
それが終わったらそっちにお邪魔させてもらうよ。
ちょっと遅くなっちゃうけど、付き合ってくれる?」
共に行動をすることで、早苗と名乗る少女の素性を知っておきたかったのと、より詳しく、『もののけ』と言われる存在について、知っておきたかったのだ。
「そういえば、飛脚なのに走っていかなくていいの?
手紙を届けなきゃなんでしょ?
いつも退治をするために移動していると、飛脚を見かけたりするけど、その人たちはみんな、忙しそうに走っていたよ」
早苗が翔太に会話を振ってきたのは、泥田坊がいた場所から、移動した数時間後であった。
「大丈夫さ。
この手紙はいつまでに渡さなきゃいけないっていう期限みたいなものは、言われてないから」
今回の手紙は、急ぎではない。
そのことが翔太を安心させ、のんびりと歩くことにつながっていた。
「飛脚らしくないってか。だったら走ってやるよ。
その代わり、しっかりついてこいよ」
ぶっきらぼうに言い放つと、歩いていた足を走る足に切り替えた。
だんだんと速度が上がっていく感覚に、体を預けながら、ふと後ろを見ると、早苗はのろのろとこちらに向かってきていた。
「お~い、どうした~。そんなんじゃ追いつけないぞ~」
わざと大きな声を出して言ってみる。
すると彼女は、手印を結び何かぶつぶつと呟くと、それまでの足の速さはどこへやら。風のようにこちらへ近づいてくるではないか。
しかも、髪の色が、白から緑に変わっている。
「やっべ、追いつかれる」
即座にそう判断した翔太は全速力で走り出した。
翔太の努力も虚しく、あっという間に翔太を追い越した少女は、後ろを振り向いた。
「飛脚って足が速い人ばかりだと思っていたけれど、そこまでなんだね」
これでも、飛脚の中では、足が早い方だと確信している。
なのにも関わらず、彼女はそれを上回る速度で走り抜けてみせた。
「ちょっと待ってくれよ~」
俺は追いつけなくなった少女に向かって、叫びをあげた。
少女はその声に気づいたようで、立ち止まって、待つ仕草を見せた。
待たせているのに歩くのは申し訳なく、俺は急いで少女のところへと走った。
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