第47話:ロストフィールド②

極秘任務・未踏査地区調査

依頼主:世界封鎖機構

ロストフィールドに侵入し、迷宮都市の資料を回収してください。

成功報酬:???


 


 人類の発展の影には、必ずと言っていいほど争いが絡んでおり、特に技術面の進歩において、それは顕著に表れる。


 過去の歴史を紐解けば良く分かることだろう。

 第一次大戦、第二次大戦。


 これらの大戦の前後で人類が持つ技術は飛躍的に進歩し、それらを使って人間はあらゆるものを殺してきた。


 時には危険な猛獣を。時には貴重な動物を。時には人類種を産み育てた母なる大地と海すらも。しかもそれだけに飽き足らず、今や人類は、自らをすら己の手で絞め殺そうとしている。


 これらの凶行の裏には、科学文明の発達と共に人間に生まれた『自分たちこそが地球の支配者だ』などというような思い上がりが大いに関係しているに違いなかった。


 その勘違いが、人間の手で壊した筈の環境保全に取り組むだの、人間の手で殺した動物を保護しなければいけないだのと嘯く心根を生んでいるのだ。


 自ら数を減らしておきながら絶滅危惧種に指定する行為など、人間の身勝手なエゴがそのまま出たような行為ではないか。


 自然というものは、本来その一部分に過ぎない人間風情が手出しを出来るものではなく、またコントロールできるものでもない。


 なぜ古代の人が雨乞いを行っていたのか。それは人間に天候をコントロールする力が無かったからだ。


 人間本来の力なんてものは、大自然の中では塵にも等しい。単体で勝てる動物の方が少ない。


 ただ人間とって幸運なことに──そして地球にとっては不幸なことに、知恵という唯一にして無二の果実の存在が人間を強くした。


 アダムとイヴがどうたらこうたらという話は別枠に行ってしまうので割愛するが、それが人類を人類たらしめる要素の割合を大きく占める事に議論の余地は無いであろう。


 その果実によって齎された技術が発展した今となっては、建物の中という限定的な場所で擬似的に太陽を作ったり雨を降らせたりする事すら可能になった。

 神に等しい力を得た、と言えなくもないだろう。



 だがそれは、あくまで擬似的なものに過ぎない。確かに機械を作った事は人類の功績なのだろうが、人類種そのものは太古のまま。弱いままだ。


 なのに人類は増長している。それは人類が発展させてきた技術が他の動物より優れていると思っているからに違いない。


 有り体に言えば、人類は人類以外の全てを見下しているのだと言えた。


 小心者が強い者を背後につけて威張る、つまり虎の威を借る狐という言葉が今の人類の状態にかっちりと当てはまってしまう。


 人類全体で威張り散らしているという表現が、もしかすると一番適切なのかもしれなかった。


 長くなったし話が所々で逸れたが、つまり争いの歴史とは発展の歴史であり、人類種を含めたあらゆるものの破壊の歴史だ。

 そう言い換えることが出来るだろう。


「良い雰囲気だ」


 乾いた空気を吸い込み、そして吐き出す。生物の気配が消え去った荒野の冷たい空気は、ロストフィールドと呼ばれる地域にぴったりと当てはまっていた。


「目的はロストフィールドにある資料か……場所はロストフィールドにある迷宮都市ペイン」

「無限に続く地下迷宮からはモンスターが湧き出している話というだけど、どうなのでしょうか?」

「どう、とは?」

「資料なんて残っているのか、という話です」


 ラスティとメーテルリンクの会話にエミーリアが口を挟む。


「モンスターは生命を奪う存在。建造物の積極的な破壊をしないとはされていますが……」


 三人が求めるのは、過去に生まれ、そのまま消えていった技術だ。

 それらは技術進歩の過程で生まれたものたちであり、そして事故で失われてしまった先進技術でもある。

 それは即ち、高濃度圧縮魔力を兵器に転用する技術の事だった。


 兵器転用された高濃度圧縮魔力は、既存の兵器よりも威力が高く、そして重篤な汚染を齎す。言ってしまえばバイオテロと物理的な大規模破壊を同時に行えるような、そんな代物。


 敵国の国民だけでなく、その国の大地という食料生産において重要な要素を殺すのには、これ以上ないほど適した兵器になるのだ。


 この、最終兵器と呼ぶに相応しい悪魔の武器は、発見した国に限らず何処だって研究を盛んに行った


 幸いな事に、未だどの国も魔法以外の使い道を見つけてはいなかった。兵器転用しようにも、その挙動や成分が独特すぎて既存の認識や技術がほぼ役に立たないのだ。


 その唯一の使い道である魔法という単純な物でも凄まじい被害を与える事は可能だったが。しかしそれは、分からない物を分からないまま使っているに過ぎない。

 それを理解し、自由自在に操ること。次のステージに上がることが、各国の急務だった。

 

「大丈夫、お兄様は死なせませゆ。そう約束したじゃないですか」

「ああ、ありがとう。心強いよ」



 優しくそう言われ、更に少し震えていた手を軽く握られた。

 そうされると強ばっていた表情が微かに和らぎ、声に余裕が戻ってくる。


 未知の地域の探索というのは、どうやら本人でも自覚しないうちに相当緊張していたらしい。

 頭の中の冷静な部分でそう認識しながらラスティは言った。


「行こう。夜の闇に紛れて下水道を通れれば良いんだが」

「劣化して崩落してない事を期待しましょう」


 今向かっているロストフィールドとは、魔力によって汚染されつくした迷宮都市と、その周辺の事を指している。


 かつては一大拠点だっただけに街は大きく、それだけに被害も甚大だった。


 荒野には、その迷宮都市を守っていた軍人の成れの果てが今も彷徨っている。前方に単独で動いているモンスターゾンビもまた、その内の一体だ。


「前方にゾンビ。数は一、どうする?」

「生かしとく理由は無いな。見つかる前に先制で仕掛けて殺してから全速力で離脱する、行こうか」

「わかりました、お兄様」


 ラスティの指示にメーテルリンクは頷き、突撃した。


 一時的にしろラスティの護衛の役割を放棄するような問題行動だが、ゾンビとの戦いの余波に巻き込む危険性を考えるとこの選択がベストなのだから仕方ない。


 あっという間に小さくなった彼女の背中を見送りながら、ラスティは懐に持っているコインを取り出した。


 現実改変能力者の弱点は『意識外からの攻撃』である。

 具体的には視界外からの攻撃だ。故に、戦闘を俯瞰してみることができる場所からの援護こそが一番効率の良い運用だ。


 矢面に立つと視界が狭まり、意識外からの攻撃を受ける確率も上がる。しかし仲間を囮にしてサポートに徹することで、全体の生存率が高くなる。


 亜人やらモンスターやらが跋扈するこの世界で、普通の人間が現実改変能力しか持たないなど、自衛にしても力不足だ。しかしあらゆる存在は、配られた手札で戦うしかない。


 ラスティは走り出す。戦闘後に手早く動くために、少しでも距離を詰めておきたかった。


 ゾンビが魔法を発動する音が荒野に響き、すぐに途絶えた。モンスター退治の熟練者である彼女からすれば、一体のみのゾンビなど準備運動にもならないだろう。



 しかし、今度は今の音を聞きつけた近くのゾンビが駆けつけて来るに違いない。ゾンビは耳が良いから、周辺にゾンビが居るのなら今の魔法音で間違いなく気付かれた。


 


「ラスティお兄様!」

「分かっているとも。向こうの山に身を隠すぞ!」


 それらに捕捉され、多数対一になるのは望むところではない。目的はあくまでも資料の回収であり、ゾンビの討伐ではないのだから。


 三人は、そのまま全速力で少し遠くに見える緑の山へと向かっていく。

 ゾンビが何処に居るかは知らないが、山の方には居ないでくれと祈りながらの逃走だった。


「追手は?」

「無いな」

「はい、気配はありません」


 迅速な行動が功を奏したようで見つかることもなく木々が生い茂る山の中に飛び込めた。


 このロストフィールドは、迷宮都市ペインの前までは荒野を真ん中に置き、その左右を緑いっぱいの山で挟んだ地形をしている。


 なので左右の山からは真ん中の荒野の様子が良く見え、逆に荒野から山の中は見辛い。隠密行動をするのには最適な場所と言えた。


「でも、中々危ないところでした……もう四、五体くらいのゾンビが集まってます」

「エミーリアさんなら倒せませんか?」

「倒せるけど、お兄様に害が及ぶ可能性がありますから。ゾンビも目だって悪くないんだし、ミディアム級以上のが見つかっちゃったらと考えると……ね?」


 嫌な未来を想像してしまったのか、ぶるりと震えながら彼女は話を打ち切った。


「ああ嫌だ嫌だ。とにかく、アレはスルー出来たんだから当面は気にする必要はありません。警戒は怠りませんけど」

「先を急ごう、何かの拍子にこっちに来ないとも限らない」


 信じられない話だが、技術が進歩した今になって再現できない過去の技術という物も存在する。


 ロストテクノロジーと呼ばれるそれらの技術は、世界の各地に点在する"遺跡"と呼ばれる場所に多数が遺されていた。


 この遺跡という存在は、かつて地球上に、今の人類より優れた技術を持つ知能体が生息していた事を証明している。


 また、遺跡にはその知能体の遺体という凄まじい価値を持つ物が大した損傷も無く保存されていた。


 各国が現在血眼になって研究している高濃度圧縮魔力も、この遺跡から発見されたものだ。


「世の中は随分と高濃度圧縮魔力に夢中みたいだ。新しい玩具を貰った子供か」

「仕方ないんじゃないでしょうか? 世界封鎖機構が封印していた遺跡の技術は、今の技術力では到底辿り着けないようなものばっかりって話ですし。それらを解析して少しでも優位に立ちたいのでしょう」


 だからこそ、こうしてロストフィールドに派遣されているのだ。調査隊を結成するほどに、世界はロストフィールドに──正確に言えばロストフィールドに遺された高濃度圧縮魔力に──注目している。


「もし上手く解析できて技術が発展すれば、もしかすると遺跡に眠ってる他の兵器も解析できるかもしれない。まあ、現状から見るに望みは薄いかもしれませんが」

「遺跡の中には、まだまだ沢山の超兵器が眠ってるんだったか。遺跡の中で野放しになってる大昔の超兵器か。ロマンはあるが、恐ろしいな」


 これは噂の域を出ないが、世界封鎖機構は遺跡の中から持ち帰れるだけの超兵器を持ち帰り、今も研究を行っているらしい。


 出来の悪い映画のように、何かの拍子にそれらが一斉に起動して人類に牙を向けるかもしれないのに、どうして触れられるのかが分からなかった。


「分からないなら触れるべきではないのではないと思います」


 そんなエミーリアの言葉に、メーテルリンクは鼻を鳴らし、返した。



「今更でしょう。そもそも高濃度圧縮魔力だって大昔の遺物ですよ」

「そうなんですけどね。でもその高濃度圧縮魔力の所為で世界が破滅に向かっている最中じゃないですか。まだ早かったんじゃないかと思います」

「文句なら人類に分かるように警告文を残しておかなかった昔の知能体に言うべきですね。尤も、仮にあったとしても、その警告文は無視されてだろうけども」


 これは単なる推測だが、きっとそうなっていただろう。世界中に高濃度圧縮魔力が散らばり世界が深刻な汚染に晒される原因となったモンスター事変も、地元の学生が興味本位で遺跡に侵入したからだとされているのだから。


 この事件そのものが、好奇心だの探求欲だのいうものが高まりすぎると、禁忌にすら手を出してしまうのが人間なのだという事を証明している。


 それか、自分達は大丈夫という根拠の無い自信によるものなのかもしれない。



「まあ、深い事は考えなくていいんてす。今を生きる、それだけを考えましょう」

「そうですね。私達が何を言っても、どうしようもありませんから」


 世界は今、どうしようもなく歪みきっている。生命の数が減り、その活動領域を大きく縮小させながらも、まだ争いを止められない。


 歪みは正されなければならないはずだ。なのに世界はその歪みを肯定し、矛盾を孕んだまま再び膨張しようとしている。


 その流れの中に居ることを自覚しながらも、しかしその時生きる者達に出来る事は、その流れに飲み込まれて溺れないようにすることだけだった。


「あれは」

「どうしました?」


 特に争いらしい争いが起こることも無く森の中を進むこと半日。太陽が沈み、そろそろ目的地が見えてくるかという頃合になって、ラスティの目と耳が何かを捉えた。


 


「何か、前で争っているが」

「争い……? 冗談キツいですよ、ここは誰も近寄れない筈です。外側は世界封鎖機構が管理してるし、何よりゾンビだらけなんですから」


 ゾンビという存在が弱いのならば、ここがロストフィールドなどと呼ばれはしない。世界封鎖機構が手を焼くほどの存在であるゾンビが沢山集まっているから、ここの調査はマトモに進んでいないのだ。

 並の戦力なら争いにすらならない。一方的な攻撃で終わってしまうだろう。

 無論、攻めるのはゾンビの方である。



「ゾンビ同士の潰し合いとかなら大歓迎だが」

「だったら楽ですが、そんな訳ないでしょうね」



 見つからないように慎重に偵察すると、どうやら都市の入口付近に目眩を起こしそうなくらい大量に集まったゾンビと、これまた大量の魔導ゴーレム達が戦っているらしかった。


 数の優位を取っているとはいえ、ゾンビと戦える程の改造を施した魔導ゴーレムの存在には驚いたが、何より気になったのは、その多くが武器腕であるということ。

 武器腕を見て、真っ先に思い浮かぶ勢力といえば──


「あれは武器腕……ってことは!」

「世界封鎖機構……!?」


 予想外の勢力の登場に顔を見合わせる。依頼をしてきた勢力が、わざわざここに何の用なのか。まさか自分達のように高濃度圧縮魔力技術を求めてやって来たというのか?

 アーキバスに依頼しているにも関わらず?


 そんな疑問が頭の中をぐるぐる回る。しかし、魔導ゴーレムが爆発した音で思考の渦から抜け出したラスティは、今は思考するよりやらなければならない事があると思い直した。


「……何だか良く分からないが、これは好機だ。奴らが引き付けている間に、私達も内部に潜入しよう」

「はい。何が目的かは気になるけど、ここで話してても仕方ないし……どうせ首を突っ込んでもロクな事になりません」

「この時点で見えてる数も多いですが、都市内部にも相当数が入り込んでいるでしょう……どのみち私達でどうにか出来る問題じゃない」


 不干渉という方針を固め、騒がしい戦場を横目に闇に紛れて進んだ。

 見つからないよう、遠回りするようにして街へと向かっていく。

 懸念要素であった都市への侵入はビックリするほどアッサリと終わったが、エミーリアの胸中は穏やかではなかった。


(偶然迷い込む訳がない。ここは外周部を世界封鎖機構の連中が囲んでるから、それを突破しないと侵入する事は不可能です)


 だが、警備が突破されたという連絡は来ていない。幾らなんでも流石にそれくらいは連絡を寄越すだろう。

 未回収の技術を回収するために呼ばれたのだから、生存率を上げるためにも最低限の情報は渡してくる筈だ。


 そして、世界封鎖機構の通信をジャミング出来るほどの強力な設備なんてアーキバスや世界封鎖機構以外に用意できないだろうから、例の武器腕魔導ゴーレムは世界封鎖機構と交戦せずにロストフィールドに侵入してきた可能性が高い。

 だが、そんな事が可能なのか?


「きな臭いが……愉快だ」


 この先に何が待っているのだろう。そして、恐らく此処を訪れている武器腕勢力の目的とは何なのか。

 元からハードだった資料の回収任務が、ここに来て更にハードになった事を感じたのだった。

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