第45話:防衛戦


 ラスティが目覚めて起きて見た窓の外は、雨。暗くて煩い雑音が聞こえる。

 それは、水が地面に叩きつけられている音だった。

 小指だ。何か―――引っかかる、感触がある。外でうるさくしている雨を眺めながら、しばし考える。


 そしてばっと顔を上げた。

 その直後に、警告を報せる報が、けたたましい音と共に拠点内に鳴り響いた。 


 赤いランプが点滅し、けたたましい警報が鳴った。そしてコードは991――――魔導師勢力の襲来を示すものだった。しかしラスティも、そして基地の人員で驚いている者は皆無だった。


 つい先日のこと、実験施設を接収した際に『神聖防衛王国が、アーキバスに対して攻撃予定がある』という情報を入手していた。規模は定かではないが、少なくない神聖防衛帝国が攻撃準備にあるということ。それを、基地の人間は前もって聞かされていた。そして、攻撃準備に入る敵が一体何処に向かうというのか。

 軍事部門に関わる人間で、その答えが分からない者はいなかった。 


 そしてラスティが率いる『色彩:紫』の中隊は、海岸部より少し後方で待機していた。

 必然的に、戦闘が始まるということ。


 ラスティ達の部隊は接敵していないが、前方で戦闘音が響きはじめた。それを聞いた後ろの者達も攻撃開始距離を通り過ぎた神聖防衛帝国の兵力を砲火の花束で迎え撃つ。

 有人魔導ゴーレム部隊のはしゃぎようが分かった


 魔力突撃砲の音は、嵐の中でも聞こえうる。ラスティとエミーリアはその音から状況を分析していた。 


「かなり、良くない」

「はい、撃ち過ぎです。不安に思うのは分かりますが………上手くないですよ、これは」


 敵勢力の要である『神聖防衛隊製の亜人兵器』は先陣であるミドル級とスモール級、そのどちらも大きな意味での対処方法は同じだ。


 それは急所への攻撃である。しかし聞こえる音からは、その戦術が上手く使われている様子は伺えなかった。暗雲と暴風、視界不良と雑音が混じる中、かすかにだが見える魔法光と魔法発動の音。それは断続的ではなく、いくらか冗長さを感じさせる具合だった。

 

(………防衛戦の初戦、そして悪環境での戦闘。魔力の消費速度が格段に高くなるということは、司令部も把握しているはず)


 気が高まるから、攻撃が軽くなる。そして風に流されて命中率が悪くなるから、発動時間は長くなる。それは必然というもの。そして事前にそれが把握できないほど、アーキバスの指揮官は馬鹿ではないだろうことはラスティにも分かっていた。

 

戦況は最悪に近い。外は大型台風の猛威のせいで風は高く、空中艦隊の援護射撃はほとんどと言っていいぐらいに期待できない。そんな中での、後背すぐに市街地を背負っての迎撃戦だ。市民のほぼ全ての避難が完了しているとはいえ、軍人にかかる重圧は今までの散発的な襲撃戦闘の比ではないだろう。


『HQよりヴェスパー中隊へ。5分後に前線の有人魔導ゴーレム部隊が魔力補給に後退する、そのフォローに入ってください』


 了解の声と共にラスティは大きく背伸びした。通信から聞こえる声は、補給用のコンテナのことを言っていた。基地周辺に保管されていたものが、市街地よりやや離れた所で展開されているようだ。先に戦っている中の、いくらかの部隊が弾薬を補充するために戻るのだろう。

 戻るのは新人を抱える練度の低い部隊。逆に戦場に残るのは練度が高い部隊。遊撃的な役割である自分たちとも、即興の連携が期待できる軍人達だ。一方で練度が低い新人を後方に下がらせ、気を落ち着かせるのだろう。


「作戦は有効に作用しているみたいですね」

「ああ、そのようだ」


 アーキバスの軍事部門に提案したのはエミーリアとネフェルト少佐。編成は、ベテランが数人いる部隊に新人を入れる。


 それをまず最前線に、それも出来るだけ早くに。新人たちを、敵勢力の密度がまだ薄い内に戦火の最中へと叩き込むのだ。


 同隊にいるベテランか、あるいは別の隊からのフォローを優先する。前方で接敵するからして、無理せずに後退しながら戦闘を。そして6分が経過した後、しばらくして新人がいる部隊を後方に退避させ、補給中に同じ隊のベテランに声をかけさせる。


 薄くなった防衛線は、後方に待機させていた遊撃部隊を移動させることで補填。やがては落ち着いた新人部隊と合流して、防衛線を確保する。

 戦場でもっとも死にやすく、集中力が切れる死の八分を目の当たりにした人が考えた方法。

 新人の無残な死を回避する方法を考えた結果、生まれた戦術だった。


 そもそも、最初の敵との戦闘。その出会い頭に死なない戦力ならば、そこそこに長い間戦える。なのに8分で死ぬ軍人が多いのは、ひとえに集中力の途絶によるものだ。


 経験した者であれば分かるが、戦争との戦闘においては特に初陣の初接敵時に脳内に発生する混乱が大きい。


 それでも頑張って、気張って、踏ん張って―――プツンとくるのが大体7、8分前後である。死の八分という言葉が出来てからは、それを越えた途端に油断する者も少なくなかった。だからこその、接敵して間もなくの小休憩である。


 深呼吸をさせる時間を取る。生きていることを実感させた上で自分たちは戦えるんだと実感させるのだ。これだけで新人の損耗率は3割減少した。ベテランの負担も大きいため、そう何度も使えるものでもないが、有効な策である。



 ここでのヴェスパー中隊の役割は、遊撃。他にもいくらかの部隊は待機しているが、彼らも同じ目的でここに留まっているのだろう。やがて5分が経過し、レーダーに映る。前方のいくつかの部隊が後退しはじめた。


 青の光点の総数は、戦闘開始前より明らかに減っていたが、それでも整然と移動できている。

 ラスティの目から見ても大幅に乱れた動きをする部隊はなかった。


『出番だ、行こうか。諸君』


 隊長であるラスティの号令に、了解の返事が飛んだ。そしてそれぞれが魔装ゴーレムギアが飛翔する。後背部にあるユニットに魔力が入り、肉体が馬車には出せないだろう速度で空を駆けた。


 ラスティは何も装備せず、現実改変で空を飛ぶ。

 敵方からは魔力レーザーが放たれる。ラスティは自らが飛び上がり、障壁を展開する。視界にある神聖防衛王国の飛行戦艦をグシャグシャに丸めて、敵の最前線拠点へ放り投げる。

 ラスティによって圧縮された飛行戦艦と、最前線拠点にある貯蔵魔力が誘爆して、巨大な炎が上がる。


 戦闘が開始されてまだ数分、神聖防衛帝国兵の総数は当然に多くない。魔力レーザーを扱える魔導師の数は更に少ないだろう。

 それでも、一体いるだけで空中での危険度は桁違いに跳ね上がるのだ。その脅威の程度が確認できない内から、高度を上げるのは自殺行為に等しい。本来ならば、特別に注意する必要もない、軍人としては基本中の基本だ。自殺志願者でもいなければ、そんな事をする者はいない。


「いつも通りにはいかないか」


 遠く、やや前方で魔力レーザーの光が煌めき、直後に爆音が聞こえた。急ぎすぎた遊撃部隊の一部が、撃墜されたのだ。



「ラスティ・ヴェスパーより各機へ、魔力レーザーの脅威は知ってのとおりだ。飛行時の味方距離と間合いのマージンはいつもの2倍は取ることをお勧めする」


 光ったのは一度きり。他の部隊も慌てて高度を下げているようだが、追撃はない。となれば、魔力レーザーを使う魔導師の数は多くない。それでも、高く飛ぶことはできない。そして高度ごとに異なる風のきつさと、体のコントロールのブレがいかほどであるか。


 さっきまでの匍匐飛行と現在形で行なっている短距離跳躍からその感触をつかみ、全機へ通達する。


「まだ地上の方が風は弱い。ただ、間合いによっては魔法も流される強さ。外れても冷静に対処してほしい」


 ラスティは起こるであろう問題の解決に奔った。やや薄くなった防衛線の中、近場で入り乱れるレーダーの動きと入り乱れる通信を把握しながら、進路を誘導する。


 到着した先には、多くの改造亜人のスモール級が。向うには、さらなる大群が見えた。


 足元に感じる小刻みに、大地に伝う震動。

 敵の軍靴がアーキバスの大地を揺らしているのだ。

 それを噛み締めながら、ラスティは深呼吸をした。


「目標を確認。排除を開始する」


 自分に、誰かに、あるいはどちらにも向けて。出来る限りの大声で戦意を絞り出し、迅速に。

 体はするりと障害物を抜けていった。そして戦闘域に入ってラスティ達が最初に見たものは、大量のスモール級と、相対する有人魔導ゴーレムだった。


 恐らくはまだ後退できていない新人だろう、その機体は狂ったように魔力突撃砲を撃ち続けていた。


『死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、化物どもっ!!!』


 新人らしき少女が、パニックに陥っているようだ。ベテランが制止しているようだが、聞き入れられる状態ではない。後催眠の悪影響か、それともまた別の理由か。ラスティはその先に起きることを予測していた。よくある光景だったからだ。

 まずは魔力が切れて。


『っ?!』


 混乱の内に魔力を補給しようとするが、パニックになっているから遅くて。


『ヒイッ!?』


 スモール級に取りつかれる―――――所に、ラスティは割り込んだ。


「大丈夫さ、この程度。恐れるな」


 そして光の槍を有人魔導ゴーレムの足元にいるスモール級の絨毯に斉射しながら突進、しかる後に小太刀を出現させ、有人魔導ゴーレムに飛びつこうとまだ宙空に在ったスモール級を、体当たりと刃で弾き飛ばした。


 光の槍が、改造亜人達を貫いていく。あとはいつも通りの掃討だ。取り敢えずは近くにいたスモール級と、後に続くミドル級のいくらかを撃退しながらラスティは不敵に笑った。


『一端下がった方が良い。ここは大丈夫だから、任せて』


 出せる限りの大声での、命令口調。新人はそれを聞いて、やや正気を取り戻したかのようだった。ベテランの指示に従い、辿々しい動きで後方へと避難していく。


 


 そしてラスティはまた、レーダーを見ながら別の地点へと移動し、下がり切れない新人達をフォローする。


 


「流石………なんというか、慣れていますね」

「この戦術における唯一の問題点だ。解決策も考えた」



 この戦術の一番の問題点は、新人たちと遊撃部隊とのスイッチの時に発生する。恐慌状態に陥るか、はたまた機を読み違って潰されるか。シミュレーションで動く機械ならばうまく前衛と後衛が入れ替わることも可能だろうが、実際の戦場ではそうもいかない。


 練度が低ければ余計にだ。その齟齬を修正するのも、やはり人間なのだが。更に、別の要因もある。


「本来ならば、機甲師団か、空中艦隊からの砲撃を挟むべきだが」

「はい。この視界と荒風では」


 空中艦隊は風波に足を取られているからだろう。艦砲射撃は一向に行われなかった。一方の、機甲師団からの砲撃も同様だった。豪雨、暴風、荒波の悪影響がこれでもかというほどに出てしまっている。


 かといって、無いものをいつまでも待っていることはできない。ラスティ達は防衛線の一番薄いポイントに移動し、遊撃ではなくそこを基点として神聖防衛帝国を迎撃しはじめた。


 ラスティは射程距離ぎりぎりの所に魔導師を発見するなり、脊椎反射の如き反応速度で死の引き金を引いた。

 ラスティの視界に収められた魔導師は、問答無用で異空間に引きずり込まれて消滅する。

 敵が侵攻して数分だろう、間もなく敵は土になっていく。


『うわ………』

『恐ろしい』

『最高』


 ヴェスパー中隊に配属された者達は思わず呟いていた。視界に収める。その程度で敵が異空間へ引きず込まれて、爆散していく。


『みんな、集中!』

『り、了解!』


 エミーリアの叱咤の声にはっとなった。そこには、想定以上に距離をつめてきた要撃級の姿が。風花はとっさに魔力弾を発射する―――が、放たれた砲弾は、ミドル級の硬い前腕部を掠めただけ。


 その程度では、ミドル級は止まらない。隊員達は焦り、高速魔力弾で迎撃しようとするが、焦りに加えられた別の要因が影響して、弾道が著しく乱れた。


 弾が当たってはいるのだが、致命傷には程遠い場所にしか当たってくれない。そしていよいよもって不味い距離に近づかれて―――だが次の瞬間、その特徴的な頭部は横殴りから飛んできた光の槍で四散した。


「焦らなくて良い。魔力はいつもの倍は使って構わない。地道に、距離を確保することを優先してほしい」

『だって………当たるはずなんですよ! なのに………残弾も、こんなに使ってちゃ』

「その時は私達がフォローする。それに魔力ならば私がいつでも補充できる」


 いつもならば当たる距離、当たるタイミングなのに、と泣きそうになる。しかし、現実は当たらないのだ。本人自身も、何度も繰り返してきたシチュエーションである、なのにいつもとは違っている。機体か弾道か、あるいは悪視界のせいだろうか、魔法は発動者の思っていた通りの場所に飛んでくれない。


『風と雨がこんなに厄介なものだとは』 


 エミーリアは、台風の想定以上の悪影響を痛感していた。敵の耐久力が倍程度に跳ね上がっているのではないかと、錯覚していた。


 命中率も悪く、当たっても大した痛手を与えられず。そのまま、魔力の消費は激しくなっていった。


 エミーリアが各機のフォローに入っているので、致命的な事態には陥っていないが、それでもシミュレーションとは感触が違いすぎる。減っていくのは弾薬だけで、敵の総数が減った様子はない。倒せてはいるが、それと同じぐらいに次々に敵がやってくるのだ。


 それは、途方も無い徒労を感じる作業に似ていた。その慣れていない新人は、このままいけば戦況はどうなってしまうのかと、考えた後、背中に冷や汗が流れていくのを感じた。


 事実、アーキバス側の損害の報が飛び交うことは、少なくなかった。主に魔導ゴーレム機甲師団の損耗だが、戦闘開始より被害を受ける速度は徐々に上がっているようだった。誰もがジリ貧を感じはじめた―――その時に、HQより通信が入った。


 それは、後方の機甲師団からの援護射撃が入るという報である。沿岸部に張っていた魔導ゴーレムを後方に退かせた後、砲撃部隊による大口径の砲弾による集中的な攻撃を行おうというのだ。



 そして、効果はあった。沿岸部は今や敷き詰められていると表現できるほどに赤い光点がある。

 細部の調整は不可能だろうが、撃てば当たるというもの。

 当たる角度によってはミドル級の前面装甲をも破る砲弾は、確実に敵の総数を減らしていった。しかし、砲撃の間を抜けてきた敵もいる。

 そうなれば、一端は退いていた有人魔導ゴーレム部隊の出番だった。


 


 数ヶ月前までは畑だった広地に展開し、十分に機体のスペースを確保しながら抜けてきたミドル級や、スモール級を確実に仕留めていった。そのまま、沿岸部周辺は機甲師団の砲撃が続き、漏れでた改造亜人は戦いやすい場所で迎撃が続けられた。


 魔導ゴーレム機甲師団も弾薬の消耗が激しく、その補給のタイミングを見誤った部隊が損害を受けていくが、その総数は多くない。苦戦はしているが、十二分に防衛線は確保できていた。

 やがて、砲撃部隊からの砲撃が止み。それを訝しんだアーキバス達の間に、通信が飛んだ。



『沿岸部の総数が激減した。観光者さん達は尽きたようだ』


侵攻してくる敵勢力の、その勢いが減った。それはすなわち―――


『各機に告げる。慎重に確実に、だが全力で“残敵の掃討に当たれ”!』


 それは、勝利を告げる報。通信の中に、喜色が満面に詰まった了解の返事が飛び交う。そうして、戦闘が終わったのは一時間後だった。味方部隊から、そしてHQから聞こえる通信には隠し切れないはしゃぎっぷりが感じ取れる。


◆新着メールが届いています◆

FROM:アーキバス

TITLE:お疲れ様です。

 防衛戦は無事に終了しました。神聖防衛王国の改造亜人による物量作戦はこちらの想定上でしたが、貴方のフォローのおかげで、最小限の被害に抑えられたと思います。

 軍事部門の新人には良い経験になったでしょう。


 今後はこういった全面対決は避ける方針で、我々は組織を運営していきます。つきましては、敵勢力を削ぎ落とす破壊工作のような作戦を積極的に依頼しますので、どうか受諾して頂ければ幸いです。


 

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