第42話:ラスティとエクシアの印象

【告知:ランキングが更新されました】


 そこには殺害した生命の数が多い順に、名前が記載されていた。

 ラスティは9位だった。

 世界封鎖機構の依頼と、アーキバスの地盤固めの為に出向いていたのが、生命を奪う機会になったようだ。


【ランク9に入ったラスティ・ヴェスパーには報酬が与えられます】

①不老不死

②死者蘇生

③特殊能力

④強力な兵装

⑤デスゲームからの離脱

【選択してください】


「……③を選ぶ」

【③。特殊能力が選択されました。ラスティ・ヴェスパーに与えられる特殊能力は『闇の禁則』です。魔法が使えなくなる代わりに魔力が増えます】

「デメリットもあるのか……現実改変は使いやすくなったが、魔法は使えなくなるのか。せっかく増やした手札だったのに。残念だ」


 問答無用で押し付けてくるのは些か配慮に欠ける運営だとは思うが、ダラダラと引き伸ばす人間が多く存在した場合、困るというのはわかる話ではある。

 魔法か使えなくなる対価として得だ魔力の増加量は既存の10倍だった。

 現実改変の干渉出力も変更範囲も桁違いに上がるだろう。

 ナイフや盾を創造したり、消滅させて遊んでいると、部屋の扉がノックされる。


「お兄様、よろしいですか?」

「メーテルリンクか。構わない。どうぞ」

「失礼します」


 するりと、扉が開いてメーテルリンクが入ってくる。


「例の大混乱から数えて久しいな。気分はどうだ? 何か辛いことはないか?」

「己の力不足を痛感し、鍛錬に取り組んでいました。よろしければ模擬戦などいかがですか?」

「良いだろう。私も少し体を動かしたかったところだ」


 ラスティはメーテルリンクの誘いを快諾すると、早速、アリーナまで向かって対戦を始めた。


 ラスティの周囲に特殊系列魔法『ツインビーム』の光が瞬くように取り囲んでいく。滑るように避けた先には、狙い澄ましたようにが炎属性魔法『アーマーキャノン』が打ち込まれていた。


(なるほど……!)


 脳内で体幹負荷限界の警告が鳴り響く。爆炎で遮られた視界の向こうから、特殊系列魔法『神速』で接近したメーテルリンクが現れ、すくい上げるようにチェーンソーを叩き込んできた。


 一度目はぎりぎりで避けた。追撃が来る。とっさの判断で、側面を狙って蹴り上げた。さすがに勢いを殺しきれない。ギャリギャリと耳障りな音を立て、足首以下が使い物にならなくなった。


「チェンソーを持ってきた時はどうしたと思ったが、面白い戦法だ」

「そういうお兄様は、魔法をまだ一度も使ってませんけど」

「肉弾戦をやりたいんだ。悪いが付き合ってもらうぞ」

「切り刻んで差し上げます」


 傾いた姿勢のまま、ブレードを回転させて無理矢理に切り込んだ。メーテルリンクの左肩を削るが、自分がバランスを崩して一度、着地硬直をしてしまう。


 背後に飛んで距離を取る。追うように放たれた炎属性魔法『火炎放射』は予測通りだ。どうにか避けられた。


 片足では姿勢制御が厳しい。頭上を取るように飛び上がり、背後を狙う。


 メーテルリンクも簡単に背後を与えるわけはない。最高地点でチェーンソーが再び襲いかかってきた。空気を蹴って、落下しながらぶつかるような勢いで真下にブレードを突き出す。狙うのは、さっき損傷させた左肩だ。


 チェーンソーの刃が、既に壊れていた足を完全に切り落とす。衝撃による反動を短く宙を蹴って緩和して、なだれ込むように、左肩へ刃を突き入れようとし、透明なバリアであるプライマルアーマーに阻まれた。


 まずい、と距離を取ろうとしたが、追従してきたメーテルリンクがラスティを蹴り飛ばす。


 ラスティは音速で大気を切り裂き、衝撃波でメーテルリンクを切り刻む。反動でラスティの腕も少し血が出るが、些細な問題だ。


「くくっ、楽しいな」

「私もです」


 ラスティの拳がメーテルリンクの顔面に突き刺さる。

 メーテルリンクは一瞬、意識が飛ぶ。

 興奮を隠せない声音が、その意識を引っ張り戻した。


「まだ終わりじゃないだろう? さあ、次はどうするのか見せてくれ」


 必死に目蓋を持ち上げて、メーテルリンクはラスティを見る。

 ラスティは全身から派手な血花を散らしていた。追撃を仕掛けないのは、動かない相手を仕留めても面白くないからだろう。その隙を有り難く頂き、反撃の糸口とする。


 片足と片腕。ダメージソースの大部分を封じることができたなら、メーテルリンクも痛めつけられた甲斐があるというものだ。

 痛む身体を叱咤して上体を起こす。わき上がる衝動に、笑みを浮かべた。


「……そうですね。今回こそ、覚悟して貰います」


 向こうから、声にならない高揚感が伝わってきた。自分も同じくらい、どうにかなりそうなほどに、血が沸いている。

 直立するのは難しそうだ。着地に気をつけなければ。

 飛行魔法でふわりと浮き、チェンソーを向け、改めて相対する。

 続きが始まろうとしたとき――大音量の通信がその場に割って入った。


 


《いい加減にしなさい、そこの馬鹿二人!! 模擬戦で一体どこまでやるつもりッ!!》


 音響兵器かと思うほどの音量だった。

 さっき吹っ飛ばされた影響かも知れないが、頭がぐらぐらする。おそらく意図的な設定だろう。最初から、今回はこの方法で止めるつもりでいたのだろう。


「なんだ、エクシア。これからが面白くなるところだったのに」

《そもそもシミュレーターでは嫌だと言い張るから苦渋の決断で許可したのよ! 最初に損壊状況での強制終了は通達したわ! それをこう何度も何度も……! 第一、貴方は、二日後に参加予定の作戦があるでしょう! 終わりなさい!》

「現実改変で疲労も傷も癒えるさ。続きを」

《またそうやって目先の欲求を優先して……! 最高戦力としての自覚を持てと言っているの!》


 このままだと、エクシアの血管が切れそうだ。言っていることはもっともな内容だ。すっかり水を差されてしまったことだし、メーテルリンクは大人しく引くことにした。


「謝罪します、エクシア様。現時点をもって戦闘を解除します」

「おい」

「それで良いのよ。この失敗を次に生かすように」

「了解」


 談話室で顔を合わせたラスティ、メーテルリンクは、先程のことを引き摺ることなくけろりとしていた。

 戦闘データをこちらにも見せながら、あっさりした口調で言う。


「今回も私の勝ちだ」

「……やっぱり続ければ良かったでしょうか? いいとこまでいったと思うのですが」


 どちらから言い出したのかは忘れたが、勝敗の決定評価は『治療にかかる時間』だ。

 攻撃に費やした魔力を見ながら、メーテルリンクは苦々しく呻く。


「これの大半が当たってないとは流石ですね。人外にもほどがありますよ……お兄様」

「当たっていないことはない。炎属性魔法のタイプを分けるのはなかなか悪くない、久しぶりに肝が冷えた」

「魔法を使ってない人間が言う台詞じゃありません!」

「ふふっ、メーテルリンクの負けず嫌いさは本当に良い。心地良い」


 ラスティは屈託のない笑顔で言い、軽く背中を叩く。


(お兄様と戦って実感した。自分は遠距離射撃系の魔法に頼りすぎていて、近接を前座くらいにしか考えていなかったと。当てる角度と部位、射出のタイミング、すべてがまったく相手の水準に届いていない。体の動かし方もそうだ。荒すぎる。アーキバスに身を寄せてからこちら、日々地道に基礎訓練に取り組んできたものの、満足できる日は遠そうですね)


 勝ちたい、という衝動は、ここに来て始めて生まれたものだった。

 メーテルリンクの複雑な気持ちを知ってか知らずか――いや、知ったことではないだろう。ラスティは上機嫌に続けた。


「炎属性魔法の着弾時を狙って仕掛けてきたときがあっただろう、あれだ。まともに入れば削りきられるところだった」

「あれか……次は当たらないですよね」

「覚えた」


 ラスティの強さは、その肉体制御と空間把握のセンスにある。


 いかに武器が適当であろうとも、魔力やエネルギーが死んだような性能であろうとも、状況に応じて軽やかにそれを駆使し、相手の攻撃をかわしてしまう。


 極端な実力を持っているからこそ、こんな、ふざけたリミットをかけてしまうのだ。強力な武器を持っていてはすぐに戦闘が終わってしまうからと、あえて評価の高い兵装を避ける傾向にある。現実改変を使いたがらないのもその一つだ。


 あれこれ作戦を立てて挑んではいるものの、どうにも今ひとつ及ばない。もどかしさはあるが、それでも楽しいのだから――我ながら、どうかしている、とメーテルリンクは苦笑する。


「メーテルリンクは変態的だ」

「なんですかそれ!?」

「褒めてる。練習に励むのはいいが、小さくまとまってくれるな」


 上からの物言いだが、実際に上なのだと納得させられているからたちが悪い。


 勝ち目がないとは思わない。だが、勝てるという手応えを、今のところ、戦闘の中で得られてはいない。


 これまでの敵対者と何が違ったというのだろう。釈然としない気分で見つめてみたが、ラスティは何だと言わんばかりに首を傾げるだけだった。


「安心しろ、やるたびにどんどん面白さが増している。メーテルリンク、君は伸びる。私の目に狂いはなかったさ」


 頭半分ほど上にあるラスティの顔を眺め、なんだか感慨深い気分になった。


「そろそろ行くか。強化改造手術のカンファレンスがあるんだろう?」

「はい。少し緊張します」


 突き出された拳に拳を合わせ、そのまま練兵場で別れて研究区画に向かった。

 メーテルリンクを迎え入れてくれた強化手術研究チームは誰もが丁寧な扱いで、こんなところにもラスティの影響を実感する。


 彼自身は実際に手術を受けておらず、これまでの関係性の薄い部署ですらこの有様だ。相当だろう。


 自分の身体の状態を検査することから始まり、可能な手術を検討していく。


 強化人間の施術内容については、ラスティの一声で最先端の資料を提供してくれていた。持つべきものは権力者の後ろ盾である。

 生真面目そうな研究員が、汗を拭きながら説明を続けた。


「つまり脊髄と脳の神経補修のほか、全身の神経の損傷においては、人工神経を用いるか、機械化手術を行うか、被施術者の細胞から培養した神経を使うかのいずれとなります。現在、費用的な側面から、主流となっているのは一つ目です。……貴方の場合、治療の際に上半身の人工神経接続が施されていますが、内容については、どの程度ご理解を?」

「無理矢理くっつけたことはわかっていますが、申し訳ありません、内容はあまりしりません」

「いえ、お気になさらず。要するに、現在施されているのは、脳からの磁気刺激を経由せずに神経に命令を伝達する手法です。同時に、死滅した運動神経の人工神経への置き換えも行われているようですね。ただ、この状態は、魔力で肉体を動かすには不足がありませんが、デフォルトでの人体の歩行能力の回復には不十分です」

「……それを回復できる手段と内容を、すべて教えてもらえますか?」



 研究員は目を瞬き、まじまじとこちらを見た。

 聞いても完全に理解できるとは思えないが、聞かずに決めるのはあまりに危うい。目で促せば、研究員が咳払いをして続けた。


「はい。幸いなことに、いくつか方法があります。まず一つは、サイバネクスと呼ばれるものになります。機械部品を埋め込むことによって人体を脳神経経由で動かすための技術です。これはもっとも所要時間が短い。強化手術とも伝達系に重複するところがあるため、機械を埋め込むとは言え、最小限の手術ですみます。

 二つ目は、逆に脳や主要な臓器をすべて取り出し、特定の生体機械に移植する方法です。かなり大がかりな手術になりますが、ちまたの噂とは違い、意識や記憶の持続性は保証されています。ただ、強化手術以上に精神面の不安定さが強く、あまりお勧めはできません。術後のメンテナンスも必要頻度が高く、頻繁な戦闘を重ねるには負担になると思われます。

 最後に三つ目は、とても特殊なケースで、高額な費用を払うことができる場合のみに適用されるものです。被施術者の線維芽細胞から三次元神経導管を培養し、移植する――元来の人間としての機能を、極力保持することを目的としたものです。……おそらく、貴方がお望みのものは、こちらになるでしょう」


 説明に不自然さはない。移り変わるスライドに目を落としながら、念のため訊ねた。


「実現可能性の低いものも含め、他に方法はありますか?」

「アーキバスの医療技術では、これらがすべてとなります」

「……わかりました。では、三次元神経導管の施術を」

「承知しました。すぐに培養の準備に入ります。強化手術の相性が良いのは第8世代ですが、それ以降であれば適応は可能です。どうなさいますか?」

「相性がいいなら第8世代で。その辺りの資料は概ね確認しています」

「それは何よりです。では、さっそく皮膚細胞の提供から……ああ、お任せください。最大戦力たっての強いご希望です。決して“不利益”のないよう留意いたしますので、ご心配なく」



 ――そうではなかった場合、一体どうなっていたのだろう。

 その場では聞かずにおいた中身を知ったのは、食堂で会ったエクシアからだった。


「アーキバスの高度な人体改造手術は、度重なる人体実験のたまものですからね。なにしろエミーリア主導よ。、後遺症の残らない組み合わせはある程度把握できていると思うわ」


 つまりこの影には、死亡症例や後遺障害症例が山ほど積み上げられていると言うことだ。


「それよりも、目先の話よ。神経培養には時間がかかるわよね。非侵襲型のサイバニクスユニットの方が、今使っている原始的な歩行用装具より使いやすいはずよ。神経が死んでも生体信号は生きているから、それを拾って動くタイプのこちらであれば、ずっと快適に歩けると思うわ」



 つらつらと話しながら、エクシアは次々とファイルを提示していく。


 ひとつずつ目を通していったが、すべて読み終わる頃には判断材料は揃っていた。


「ありがとうございます。連絡を取ってみます」

「ラスティの妹だもの」


 爽やかな笑顔での断言に、一瞬、何か聞き間違えたかと思ってしまった。

 まじまじとその笑顔を眺めたが、本人には失言のつもりもないらしい。


「……それ、当事者に言っちゃ意味がないのではありませんか?」

「そう? 優遇される理由が分かっている方が、明快でやりやすいと思うわ。まかり間違って個人的な理由で貴方に接触していると思われても迷惑だし」


 わあ、としか言いようがなかった。反応に困る。

 ラスティも大概社会に適合できていないきらいがあったが、このエルフの少女はそれ以上だ。迷惑をかけてはいけない、ではなく、迷惑をかけられてはたまらない、などと、当事者に笑顔で言い放つ社会人がどこにいるというのか。いや、ここにいた。


 いったん飲み込んでしまった言葉をどう続けるべきか、と悩んでいたタイミングで、食堂に入ってきたネフェルト少佐と目が合った。


「話がずいぶんと盛り上がってるみたいだけど」

「いえ、こちらの伝達は終わっているわ。お気になさらず。それでは、失礼」


 終始にこやかさを崩すことなく、エクシアは席を後にした。


 なんとなく、その後ろ姿を見送ってしまう。こちらのプレートは、まだ半分ほど中身が残っていたが、すっかり食欲がどこかに行ってしまった。


 ネフェルト少佐が肩を竦め、前の席に腰を下ろす。


「タイミングが悪かったかしら?」

「……いえ。ありがとうございます、ちょっとどう受け取ったら良いのか困ってたところで」


 ユニットの資料を片付けながら、少し悩んで訊ねた。


「ええと、エクシア様は、変わっているのですよね?」


「まぎれもなく変人の類い。あれがアーキバスの普通じゃないかという心配なら、残念ながらその通りね。アーキバスのメンバーは変人奇人ばかりよ」


 きっぱりとした断言だった。


「たぶんアーキバスの人間は他人への共感能力が低いのよね。発言に対して相手が不愉快になるかどうかを推測しない。相手は選ぶけど」

「なるほど」

「過去の経験がそうさせているのでしょうね。元々そういうタイプだは無かったみたいだし。能力はあるし、強さもある。組織を運営する能力はずば抜けて高い。ただ、壊滅的に人間関係が下手。まあ、ある意味潔いって言うのかもしれないわ」


 それはなんとも、難儀な性格をしているものだ。

 オブラートに包む気がまったくないだけで、発言通りの意図しかないのだろう。そう考えると、アーキバスの暗部を声を潜めるでもなく暴露したことも、単に知っていることを話しただけなのかもしれない。


「ところで、ここでの仕事にはもう慣れたかしら?」

「……どうかしら。まだおつかい程度の依頼しかしてないし」

「もっと大事な仕事をしてる。ラスティのメンテナンス」


 


 声に笑みを含めて指さしてくるので、思わず笑い返した。表情を作ることも、大分慣れてきたようで、我ながらちゃんと笑えていたと思う。


 メーテルリンクも気付いたようで、優しげに目を細めた。


「実際、冗談抜きで助かっているわ。何か思いついたらその辺の依頼を適当に捕まえて、スクラップ寸前にまでするような人でね」

「お兄様!? 通り魔か何かですか!?」

「似たようなもの。やっぱり揉め事が減ってるわ。貴方がかなり頻繁に戦いに付き合ってくれてるおかげだと思うわね」

「なるほど。実はスケープゴートってこと」

「そうね。だから他で困っていることがあったら、いつでも言って。手を貸すわ」


 冗談めかした気遣いに、メーテルリンクは少し考えて尋ねた。


「おすすめの甘いものは?」

「……ないね……残念ながら……歯が溶けそうなヌガーくらい……?」

「なんとかしてエクシア様の弱みを握って食堂に導入を……」

「弱みを握るくだり、いるかしら?」

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