第41話:煽られる戦火③

◆魔導ゴーレム転売拠点の壊滅◆

依頼主:世界封鎖機構


極秘の依頼です。


神聖防衛王国の一部が、我々に無断で魔導ゴーレムの転売を行っているという情報を掴みました。これは重大な契約違反です。


既に裏取りは済んでいます。我々の好意を無に帰す行為に情状酌量の余地はありません。


しかも神聖防衛王国は、魔導ゴーレムを転売して得た金で、安価な亜人奴隷に乗り換えようとしているようです。


恐らく、平和になったから維持コストが高い魔導ゴーレムを敬遠しての乗り換えなのでしょう。しかも当てつけのように我々以外の弱小組織から購入しているのを確認しています。


であるならば、彼らはもう不要です。あの場所は買い手が幾つも存在するので、一つ消えても問題はありません。


そろそろ収穫の頃合いだと判断しました。平和を刈り取り、新たな争いの種を蒔いてください。


 転売を行っている施設が存在する地域は、王国の支部が存在する場所であり、セクション3と呼ばれているようですので、便宜上我々もそう呼称します。


至急セクション3に向かい、当該施設と王国支部の生命反応を全て始末して下さい。危険を察知して外に逃げ出したものも例外ではありません。


今回はネフェルト少佐の支援のもと行います。一切の証拠は残りません。一欠片の躊躇や慈悲もなく、あらゆる手段を用いて我々の意志を示してください。



敵戦力:不明

成功報酬:物資15000


 ラスティはシャルトルーズに問いかける。


「神聖防衛王国……最近できた国か」

「肯定。先日の混乱以降エルフやドワーフ、獣人といった亜人種を弾圧する人類史上主義の人達が集まった国ですね。外部に敵を持ち、同じ種族ということで結束力も高い」

「魔導ゴーレムを転売とは……随分と愉快な事をしたな。それで封鎖機構の怒りを買ってしまえば破滅は目に見えているが」

「諦観。良いように使われている気がしますが、殺し合いゲームもありますし、彼らには経験値になってもらいましょう」



 平和だった日常が、突然崩れた。

 全ての住民が唐突に、そして理不尽に戦場に放り投げられた。

 突然聞こえた爆発音と地響きによって、ここが襲撃を受けたのだと気付いた住民達は混乱した。


 モンスターには侵攻されない地域だったし、神聖防衛王国の統治の上手さもあって一度も襲われた事がなかったのだ。


 争いを身近に感じさせなかったその手腕は褒められるべきなのだろうが、ここでそれが悪い方に働いた。


 もし激戦区であったり、日常的に過激な団体が襲ってくる場所であったなら、住民も自然と鍛えられて慌てずに逃げ出す事が出来たのだろうが。


「こっちだ、急げ!」


 そんな住民の中の、とある一家族もまた、慌てふためきながら逃げ出していた。


 流石に時代が時代であるから、災害時の非常用袋というものは一般に普及しているので、それを持ち出して歩道を走っていく。


「馬を使わなくてよかった……これじゃ何時になっても逃げられない」


 馬車道は上りと下りで2本ずつの合計4本あるが、その全てが場所で埋め尽くされていた。


 上りも下りも関係なく、全ての場所が同じ方向に進もうとして、つっかえている。

 鳴り響き続けるクラクションと飛び交う怒号は、この世の終わりのようであった。



「母さん……僕たち、どうなるの?」

「それは分からないけど、でも大丈夫。どこでだってやっていけるよ。私も父さんも、混乱期を生き延びたんだから」


 母親の後ろをついて行きながら、その少年は不安そうな目を母親に向けた。今まで体験した事の無い異常事態は、比較的平和な此処で育った彼の心に強い恐怖を与えていたのだ。


 そんな少年の恐怖を和らげるように、そして内心の恐怖を悟られないようにしながら母親は強気に笑った。 


「…………ダメだ。こっちは詰まってて出られそうにない」


 この街から出るための大きな道は三つある。一つは北に、一つは南東に、そして最後は西に。それぞれ伸びていた。


 今いるのは北側だが、前には大勢の人が詰まっているので、どうやらこっちは使えそうにない。どうするか……と考えたのも一瞬、引き返す事を決断した。



「よし、引き返そう」


「このままじゃ、何時まで経っても出られそうにないものね……」



 馬車と馬車の間を縫うように進んで抜け駆けしようとした男が、後ろから来た馬に轢かれて運転手共々見えなくなった。


 そんな光景に背を向けて、来た道を引き返すように西の出口を目指して進もうとした時に、それは届いた。


 運の悪い事に、北側の出口近くには、世界封鎖機構が転売施設と認定している商業施設があったのだ。


 夜の闇を切り裂いて放たれた炎属性魔法の『炎の渦』が着弾し、そして爆ぜた。


 耳をつんざく轟音の直後に、母親に抱きしめられたと感じたところで、少年の意識は途切れた。



 さて、前回の戦いで盗賊から奪った正規軍のオメガウェポンを持って街の外れにやって来た彼はシャルトルーズとラスティは、路地裏に入ると勢いよく跳び上がった。


 単純な脚力だけで商業施設の壁を蹴って、更に上へと上がり、足蹴にした商業施設に隣接する4階建ての商業施設の屋上に着地。


 そのまま屋上を跳び移りながら、ほぼ間違いなくもぬけの殻になっているであろう転売屋の本部目掛けて進んでいく。



「この混乱は美味しくないな」

「当然の帰結。いきなりテロられたらこうなります」


 下を見れば、至る所で混乱が生じているのが見て取れた。何が起こったのか分からず右往左往している市民たちの表情は、皆一様に怯えに満ちていた。


「本部へは堂々と正面から入ろう。罠があっても、罠ごと噛み砕くまでだ」

「剛毅。蛮勇とも言えますが」


 やがて見えた転売組織の本部は、やはり人の気配が殆ど見られなかった。一階部分から本部内に侵入し、生き残りが居ないかを探す。


「いないか」

「判断。早いですね」 


 どんな些細な物音を聞き逃さないと喧伝されている魔道具の三倍以上の性能を誇るシャルトルーズの聴力を持ってしても呼吸音や心臓の鼓動が探知できないという事は、此処には居ない。


 念のために一階から最上階である四階までの各部屋を素早く通り過ぎながら確かめてみたが、何も見つからない。


 しかし床に散らばった真新しい何かの書類や、横向きに倒れたダンボールから中からアイテムがポロポロこぼれ出ているのを見ると、どうやら生き残りが出ていってから時間は経過していないようだ。


「生き残りは集まって逃げ出したか」

「追撃。後を追いましょう」

「こういう施設は裏口に非常用口が用意されてる。そっちから逃げた可能性が高い。裏口から出るとしよう」


 しかし襲撃された側の施設の一つしかない扉には、大抵の場合、爆弾や魔法罠が仕掛けてあるものだ。なので、壁を切り開いて出ていくことにした。


 適当な場所をブレードで四角く切り取り、それを蹴り飛ばして道路の向こう側へと吹き飛ばしながら、扉とは全く違う出口を作って出る。


「オメガウェポン便利だね」

「驚愕。いや待ってください。さらっとやってるけど、それブレードでやる事じゃないです。オメガウェポンのことをなんだと思っているんですか?」

「万能包丁」

「武器ですらないのね」


 シェルターすら一本で解体出来る代物である。これ一つあればマスターキーショットガンの代わりになるし、大きな肉の塊を切り分ける時にも凄く便利だ。マグロの解体だって出来る。


 大きいから専用のハンガーが無いと持ち運びが少し不便なのと、切れ味が良すぎて事故った時は大惨事になる点を除けば便利なアイテムである。


「さて、どうだ?」

「検出」


 きょろきょろと周囲を見渡す彼女のセンサーに反応したのは一人のみ。その一人はバレていないとでも思っているのか、ゆっくりと彼女の頭に狙いを定めている。


「足止めか。よし、始末する」


 視線が向けられた事で、ようやく気付かれていた事に気づいたらしい。慌てたようにデバイスを起動させ、そこから魔法が放たれた。

 だが、遅い。


「氷属性魔法の冷凍ビームだ」


 特徴的な発射音と共にラスティの右目から冷凍ビームが発射され、放たれた魔法を凍らせながら、足止めの一人を氷漬けにする。


 そのままジャンプで窓枠に足を乗せ、するりと室内に入り込むと、そこには半身が砕かれた男が倒れていた。


 その目は絶望ではなく強い怒りの光を湛えている。



「お前か……! この街を、みんなを滅茶苦茶にしたのは……!」


 遠くに見える炎上した街を見て、男の目には更に憎しみが篭る。しかし、並の人間なら怯みそうなその目線を受け止めても、ラスティは微笑みを変えなかった。


「みんな、ただ平穏に暮らしたいだけなのに。なのに、どうしてこんな事をしたの!私達は何もしてないのに……」

「嘲笑。何もしていない訳がありません」

「シャルトルーズ。死に向かう者を悪く言うのはおすすめできない」


 シャルトルーズは言葉を飲み込む。この平穏が、どれほどの犠牲の上で成り立っていたと思っているのか。

 ラスティは無属性特殊系列魔法の『あくび』を使用して、男を安らかに眠らせた。


「囮にしても純真過ぎるな……何も知らず、か」


 一体だけ取り残されていた理由を考えてみると、数秒と掛からずに考えが浮かび上がった。


 遠くから車のクラクションの大合唱が聞こえてくる。唐突に戦場になったこの街から、我先にと逃げ出そうとしているのだ。


 それを聞いていると、シャルトルーズは不意に思いついたという感じで、ラスティに話しかけた。


「質問。逃げる一般市民の中に紛れてるとかってありますか?」

「無くはないだろうな。やるか?」

「推奨。念には念を入れるべきです」

「炎属性魔法『マグマストーム』、発動」


 ラスティが指を鳴らすと、巨大な炎の竜巻が周囲に火炎玉を撒き散らしながら街を焼き尽くしていく。



「本部と人は焼いた。次は実際に行われた転売施設だ」

「質問。やる事は同じですよね」

「ああ。皆殺しだ」


 先のマグマストームによって施設は倒壊していた。転売所と思われる施設の前には十字の交差点があったものの、今となっては見る影もない。


 二人はそんな交差点に向かう。攻撃の余波で吹き飛ばされたらしく横転していたり、上下がひっくり返っていたりする馬車が点在する大通りを進んでいた。


 まっすぐと、逃げも隠れもしない堂々たる行軍は、当然のように敵の遠距離攻撃魔導師の目にも入っている。


「やばっ……!?」


 しかしそのは、まっすぐ進む彼女と目が合ったと思った瞬間に、そこから逃げ出した。


 三人が離脱した直後に、ラスティから放たれた岩属性魔法の『メテオビーム』がそこを正確に撃ち抜く。


「ごめん、失敗した」

「いえ、敵の認識範囲をリサーチできたと思えば上出来ですわよ」


 彼女が進めていた足を止める。すると、彼女の行く先を塞ぐようにして魔導師達が次々と現れた。


「デスゲームでボーナスがある、現実改変持ちのラスティか」

「どうでもいいわ。どの道、殺す事に変わりはないんだもの」


 


 左右にそれぞれ6人。

 正面から来る人形の数は合計で23体。


 普通であれば数の暴力で打ちのめされてしまう圧倒的な差だが、その程度の数では二人は止められない。


 

「質問。どこから切り崩しますか?」

「正直どこでも構わないが、こういう時は数を減らすのがセオリーだ」


 つまりは、一番弱い奴から。基本的に魔力は生命の強さである。魔力は鍛える年齢を重ねれば重ねるほど強く、若く、そして強靭になっていく。肉体も同様だ。 


「提案。仲間を売るのなら、見逃しましょう」

「総員、攻撃開始」


 ラスティとシャルトルーズという点ではなく、その周辺にもばら撒く面を狙った魔力弾の射撃は、例え何処に動こうとそれなりの手傷を負わせられる筈の攻撃だった。しかしそのそれらは、一撃すら掠りもしない。


 たん、と軽く跳んだだけで、さも当然のように扇形に広げた攻撃範囲から抜け出され、正面から魔導師の一人が粉砕される。


「なんてこと……!?」


 魔導師に支給されるデバイスの未来予測は的確で、それが外れる事は滅多にない。機械なのだから演算に間違いがほぼ起こらないのは当然だが、だからこそ、予想外に対する対処は遅くなる。演算外の何かが起こると少しも疑わないのだ。



「なっ!? あれ本当に人間なのか?!」


 ワンアクションだけで攻撃を避けられたという予想もしなかった事実が、脳に僅かなエラーを生じさせる。そのエラーに惑わされ、デバイスを向け直すのが一瞬遅れた。


 


「攻撃が来る……! 避けて!!」


 ラスティの指先に魔力が集まったのを見た魔導師が叫び、その発射を一秒でも遅らせようと魔力弾を放つ。だが、それが届く前に魔法は発動された。


「特殊系列魔法『百鬼夜行』」


 妖怪を模した怪物を召喚する『百鬼夜行』は、空中を泳いで魔力弾をかき消し、魔導師達を喰らい尽くした。


「召喚魔法……!? そんなの人間には不可能でしょう!?」

「それだけではありませんわ。召喚魔法はそもそも契約する生物がいて成り立つもの。さして使えない理由の一つに大量の魔力消費する欠点があります」

「現実改変者にとっては物理法則は破るもの。とは言うけれど……少なくとも、まともな相手ではなさそうね」


 しかも、それを乱射してくる。見たところ外付けの魔力供給装置を付けていないようなので、どうやらラスティは自身の肉体からエネルギーを供給して、召喚魔法を使用している。


「私たちの攻撃も消されて通らない……!」

「このままじゃジリ貧ね。まあリーダーを逃がすのが私たちの主目的だから、それで良いと言えば良いけど……」


 目を伏せて、苦しそうな表情で「……頼む」と言い残したリーダーの姿が蘇る。

 敬愛するリーダーを逃がすためにも、ここで何としても時間を稼がなければならない。


「コレも囮か」


 その会話は、『百鬼夜行』を乱射しているラスティの耳に届いていた。その可能性はあると予想していたが、やはりそうだったらしい。


「隙を見て突撃。近接ブレードの射程距離に入れば、後は流れ作業だ」

「簡単。に言いますね」

「出来るだろう、シャルトルーズ。君なら」


 その瞬間。今まで棒読み、かつ無表情だった彼女の顔に普段の笑みが戻った。


「当然。私を誰だと思っているんですか」


 ぐっと前へ跳び出すために膝を曲げて力を溜めるという、露骨すぎる予備動作を見た一人が警告する。

 

「何かしてくるわ、気を抜かないで!」

「無駄」


 気をつけていようがいまいが、どうせ目で追う事は出来ないのだから。

 溜めた力を解き放ち、前方に二歩。

 ただそれだけなのに、正面に展開していた魔導師の首が飛んだ。


「いち」


 猛禽のような鋭い光を湛えた目に睨まれた二人目の魔導師は、見られた恐怖に駆られるまま引き金を引こうとした。しかし、その引き金が引かれる事は無かった。

 引き金を引くより前に袈裟斬りで斬られた。


 稼働限界を超えたダメージを一撃で与えられたボディが機能を停止し、更に逆手持ちで切り返した近接ブレードがもう一体斬る。


 そしてトドメとばかりに四人目の顔に突きつけられた手のひらから、魔力エネルギーがそのまま発射されて破壊された。


「速すぎる……!」


 一瞬で仲間が完全破壊された事実もそうだが、手のひらを突きつけられるまでの動きが全く見えなかったのだ。


「これで合計5人」


 たった10秒程度で前衛が壊滅したという事実に薄ら寒いものを感じながら、後衛の魔導師は、目の前の人間の外見をした化け物に恐れていた。



「……見えた?」

「……いいえ。何も」


 


 これは戦ってはいけないレベルの危険物だ。どちらも言葉にしないが、そんな事を感じていた。


 どれほど時間を稼げるかと二体は考えていたが、シャルトルーズとしてはさっさと逃げ出したリーダーとやらを追撃したい。


 時間稼ぎが目的の部隊を、まともに相手をする気も無い。


「宇宙・膨張・京野菜・魔法発動:流星群」

「完全詠唱……!?」

「どういう──っ!! 空から何か降ってくるわ!」


 目の良さで、何処かから飛来する何かを確認したが叫び、それを聞いた二体は咄嗟に陰に隠れる。

 巨大な流星群が大地を襲う。炎が撒き散らされて、周辺を粉砕していく。

 ラスティとシャルトルーズは、非起動時のゴーレムギアに搭載されている透明なバリア、プライマルアーマーによって無傷だ。


「建物の中に一体だけ、動く奴がいる。生き残りはそれだけだ」


 中の鉄筋などが剥き出しになった建物の二階に跳び入った。


「…………ここまでね。いつか……こうなるとは分かっていたけど……」


 怒りでもなく、悲しみでもなく、来るべき時が来た、という感じの諦めだった。


「リーダー…………どうか……」


 そこに落ちていたからという理由で拾った小石をそのまま眉間に撃ち込んだ。

 その人間だった残骸を放置して進み、建物が倒壊し面影しか残らない交差点へと辿り着いたシャルトルーズは、目線を施設へと向ける。



「疑問。戦力とか、ここにいた人間とか、残ってると思いますか?」

「残っていないだろうな。私だったら戦力をかき集めて、すぐに逃げ出す。一応、念のために探してみるが……」


 あまり悠長にはしていられないからパッと見る程度だが、一応確認するために、世界封鎖機構が転売施設と認定していた建物の跡地に足を踏み入れる。


「酷いな」


 まるで布団のように、くの字に折れ曲がって瓦礫に引っ掛かる人間がいた。白い制服を己の血で紅く染め上げた女性がいた。

 老若男女を問わない生命が、此処で消えていた。


「不満。分かってはいた事ですが、人間って度し難いわね。利益のためなら何人死のうがお構い無しですが」


 注射器らしき物を踏んづけ、ラスティはそこに立つ。燃料として燃えている数多の紙には、一枚一枚個別の名前や症状が記録されていた。


 名も知らぬ誰かの手が伸びている。助けを求めるように天に向けられた手は、誰にも掴まれる事はなかった。


 拾った紙を見て、ラスティは笑みを浮かべる。


「神聖防衛王国による、亜人の家畜化計画。通称ゴットオディールか。奴隷の亜人を交配させて品種改良させようとする計画の名前に神への試練をつけるとは。愉快なことを考える……本命が警戒網に掛かったな。南東から離脱しようとしてる」


 ここには、もう用はない。

 そうして移動している最中、シャルトルーズは聞いた。


「疑問、無差別破壊は嫌い?」

「特に何も。平和も好きだし、争いも好きだよ私は。戦争だとしても笑うのが私のスタイルだ」

「気分上々。分かってるようで何よりです。これは戦争です。規模が小さいだけで、やってる事は何も変わりません。負ければ何もかも失うの。あの人達も、私達も」


 だから殺す。勝者であり続けるために。そして、負けて全てを奪われないように。


 魔導ゴーレム転売相手の社長は、この支部のリーダーへ話しかけた。


「…………大丈夫なのか?」


 街の出口の路地裏に隠れている馬車の中で、リーダーはそう呟いた。

 まるで道を塞ぐようにして現れたラスティとシャルトルーズに対して、生き残った魔導師達が応戦している最中である。


 矢面に立つ事も考えたが、それは魔導師に止められた。むざむざ死にに来ることは無いと。


「我々を追っているのなら、あの大通りを通る可能性が一番高いです。それに、彼女達はリーダーが信頼する精鋭部隊じゃないですか。リーダーが信じなきゃ、誰も信じられませんよ」


 助手席に座る技術者の一人はそう言った。社長が不安そうにしながらも頷くと、コンコンと装甲車の扉が控えめにノックされ、顔を覗かせる。


「リーダー」

「問題が発生したか?」

「いえ、そうではないんですが……敵が撤退しはじめましたから、どうしようかと」

「撤退だと?」


 聞けば、こちらと少し戦闘をした後に撤退していったという。

 明らかに何か意図を持った行動だろうが、それが分からない。


「どうしますか?」

「…………警戒しながら前進しよう。まだ追手が来ないとも限らない」



 だが此処で止まるという手は取れなかった。残してきた部下達が仕損じているとは思いたくないが、万一が無いとは言えない。


 そうして警戒しながら進んでいると、バックミラーに何かが写った。


「後ろから!? わざわざ回り込んで!?」


 運転手が、ぐっとアクセルを踏んで加速する。しかし、その頃には既に追いつかれていた。


 ガァン!と鈍い音がしたかと思うと、前方に勢い良くつんのめる形で馬車がひっくり返った。


「くっ……」


 幸い社長に大きな怪我は無かった。逆さまになった馬車から這い出てきたリーダーが見たのは、一体の男だった。

 顔は知らないが一つだけ確信している事がある。


「貴様達は世界封鎖機構の連中だな」

「…………」

「ふん、なるほど。我々が世界封鎖機構の支配から抜け出そうとしたから、始末しに来たという訳か」

「…………」


 ラスティは何も答えない。しかし、その沈黙こそが答え。


「そんなに平和が嫌いか……! 貴様達は!」


 それは、紛れもない悲哀の言葉だった。魂から絞り出すような声だった。


「俺は貴様達を許しはしない。勝手な都合で殺された市民のためにも、お前の首を取って必ず生き延びる!」



 もしこれが勧善懲悪ものの物語であったなら、ここで彼女は覚醒したリーダー達の魔導師部隊によって打ち倒されるのだろう。


 しかし、ここは現実だ。ここに生きる者達にとって、目の前に広がる光景は紛れもない真実。


 だからこそ分かっていた。想いの力など、この場では何の役にも立たない。単純な数字の大きさが勝負を決めるのだと。


 だが、許す事はできない。掴み取った束の間の平和を壊した侵略者達は、絶対に。



「一つ質問に答えてほしい。なぜ魔導ゴーレムを転売した? それがなければ今回の件は起きなかっただろうに」

「言うものか、戦争屋め」

「取引だ。質問に答えてくれたら貴方は逃がそう」

「平和になって、魔導ゴーレムより安価な戦力が必要になったからだ。世界封鎖機構の魔導ゴーレムは強いが、整備や維持費などでコストがかかる。なら安く変えて、それをライフラインに回した方が効率的だからだ」

「そうか、ありがとう。報告書にはそう記載しておく」

 


 ラスティは特殊系列魔法の『サイコカッター』でリーダーと魔導師部隊の首を跳ねて、戦いを終わらせた。


「感傷。虚しいものですね。力無き者の、夢の跡なんて」


 全てが終わった後、シャルトルーズは物憂げに言った。言っていた事は気に入らなくても、儚く散っていく様を見るとセンチメンタルな気持ちを抱くらしい。


◆新着メールが届いています◆


FROM:世界封鎖機構

TITLE:お疲れ様でした


 実働部隊のお仕事、お疲れ様でした。今回も鮮やかな御手並みですね。


 この騒動のお陰か、世界封鎖機構製の魔導ゴーレムの注文数は僅かながら上昇しました。そのお礼という訳ではないですが、我が組織の新作商品を提供させて頂きます。


 今回の商品は、近日中に世界封鎖機構から発表される新兵器、妖精です。


 こちらの新兵器は優秀な戦績を修める皆さんに優先して供給する事になっておりますが、あなたには極秘に開発された試作妖精を秘密裏にお渡しします。


 開発コードはVvc-700LD。最初期に作られた人型の妖精を搭載していないタイプです。


 他の妖精とは異なり人の言葉を話せないのでコミュニケーションは難しいですが、戦闘能力に重きを置いているので、使いこなせれば心強い味方になってくれるでしょう。


 これからも世界封鎖機構をよろしくお願いします

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