第38話:クローズプラン④

 


 アーキバスの教育の一環である強化手術を受けた者は、戦闘モードのON/OFFが自由に出来る。どんなタイミングでも、それこそ寝ている時からだって可能だ。


 そして戦闘モードに移行した人は、見た目にそぐわない身体能力を得たり、感覚器官の鋭敏化がされる。


 特に視力は、最大望遠であれば目的の施設からかなり離れた此処からでも、こちらを見ている労働者達の姿を見る事が可能だった。 


「いい日和ね」


 稼働状況などと一緒に、ついでに表示された外気温と湿度は、この土地の平均的なものであった。天候は晴れで、近日中に雨が降っていないのか地面にぬかるみも無い。


「いつもこんな風に晴れてくれればいいのに」

「最近は雨が多い。その意見には同意する」


 予めイ把握してしておいたマップによると、目的地はこの先だった。

 普段は多くの材料を積載したトラックが行き来しているらしい整備された道路は、今は何も走っていなかった。


 その先に見える大きな工場。そこが、世界封鎖機構が保有するこの地域一帯の魔導ゴーレムを製造している施設だ。


 ここは戦闘用のようなハイコストから、民生用のローコストまで幅広く製造している。それ故に、ここが機能不全に陥ると近隣地域の魔導ゴーレムが補充できなくなってしまう。


 そんな、辺鄙な所ではあるものの割りと重要な拠点である工場を制圧している労働者達が、堂々と真正面からやって来る二人を見つけるのに、それほど時間は必要なかった。


「封鎖機構が来たぞ!」

「アーキバスを雇ったか……総員、戦闘準備だ!」


 30人というと多いように聞こえるが、その力はこの世界においてはとても弱く、正攻法ではこの大きな工場を占拠するだけの力は無い。


「この大きさなのに、どうやって30人程度で制圧したのかしら。出来るとは思えないわ」


 だからエクシアのこの評価は不当でも何でもなく、この世界では極めて真っ当な評価だ。


「十中八九、何処かの誰かが背後についてるだろうな。封鎖機構やアーキバスを引きずり下ろしたい組織は大量にある。スパイが紛れ込んでると考えるのが自然だ」


 重要な拠点である工場を制圧できるだけの力も細工も、リストラされただけの人間に出来るとは思えない。セキュリティレベルも相応に高いのに、それをどうしてくぐり抜けられたのか。


「まあ、やるべき事は変わらない。私達は武装ストの鎮圧に来ただけ。その他の面倒事は依頼主の仕事だろう」


 これをただの武装ストライキというにはあまりにきな臭い。しかし、そこはラスティ達の関与しないところだ。推測の域を出ないし、詳しく知ろうという気もない。

 知りたがりの命は短いというのは、昔からずっと通用する常識だ。


「扉は……壊しちゃっても構わないわね。えいっ」


 エクシアの軽い掛け声に似合わないくらいの轟音と勢いで、正面玄関の扉が勢いよく蹴り飛ばされた。


 蹴り飛ばされた扉が壁面にめり込み、その直後に警報と無機質なアナウンスが鳴り響く。


《侵入者発見、警戒態勢に移行します》


「ふぅん、防衛システムも掌握されているか。面白い」

「記憶にある限りだと、防衛システムが掌握されてるなんて依頼主は言ってなかったわよね?」

「ああ。でも現地で問題が生じるなんて良くある話だろう?」


 そのまま廊下を突き進んでいると、鋭くなった聴覚が前方からやって来る一団の足音を聞き取った。


 人間のように多少のバラつきも無く整然とした足どりは、この施設の警備ゴーレムで間違いないだろう。


「当然だけど防衛用の自律ゴーレムも敵対してくる。私のような上位者ではないから、面倒臭いだけで済むが」

「……あれが面倒臭いだけ?」


 本来なら作業用に作られた、単純な命令しか履行できない第一世代の自律ゴーレムは、型落ち品として安く払い下げられ、こうした工場で人間の代わりに導入されている。


 まあ型落ち品とはいっても単純労働なら人間と何ら変わりない効率を出せるのだが。

 疲れを知らず、パーツが壊れても交換すればいい。しかも24時間フル稼働も可能。


 そんなスペックがあるから単純労働しか出来ない人間達が職にあぶれる原因となり、今回の火種にもなったそれが今、対戦闘用に用意されたであろう銃火器を装備して向かってきていた。

 その数は15体。その全てが構えた銃口がこちらへ向く。



「しょせん数だけだ。エクシア、隙は作るから魔法を撃ち込んでほしい。属性は無属性だ」

「ええ」


 迷うことなくラスティが窓ガラスをぶち破って外に飛び出し、エクシアが近くの物陰に飛び込むと同時に、さっきまで二人がいた空間を大量の魔力弾が通り過ぎた。


「さて、と」


 身体強化魔法で更に強化された身体能力で陽の光が当たる敷地内を土埃と共に駆ける。窓側に近い自律ゴーレム達はラスティに攻撃するが、一発たりとも服にかすりすらしなかった。


「……能力は安い。あくまで業務用の強さか」


 複数の魔力ナイフを生成して、投擲する。

 放たれたナイフは、ラスティを狙う自律ゴーレム達の間を通り抜け、エクシアを狙っていたゴーレムの頭を撃ち抜く。


「さあ、こっちだ」


 コスト削減のために電脳も低脳かつ共通のものを使われた単純な自律ゴーレム達は、隠れたまま一撃も撃ち返してこないエクシアよりもゴーレムを二体破壊したラスティの方が脅威度が上だと判断した。


「エクシア。正確に、しかし迅速に破壊してほしい」


 先程よりは狙うようになってきた攻撃をステップを踏むように左右に回避しながら、ラスティは通信でエクシアに合図を出した。

 次の瞬間、壁から上半身を出したエクシアが炸裂魔法を射出して、また引っ込む。


 ラスティに気を取られていたゴーレム達は、その炸裂魔法の範囲内から逃げる事が出来ないでモロにダメージを受けたのだった。


「良い援護だ」

「貴方のお陰よ」


 通路に戻ってきたラスティと先に進みながら、エクシアは会話する。


「索敵魔法で敵の捜索を……」

「もうやったわ。主犯格かまでは分からないけど、人間がこの先に密集してる」


 指さした先には十字路がある。このまま先に進んだところにコントロールセンターがあるが、どうやらそこの辺りに人間が密集しているらしい。となると、そこに主犯格が居る可能性は大いにある。


 


「まずは主犯格からだ」

「ええ、頭を潰せるのなら潰すのは戦いの常識だもの。頭さえ潰せれば、あとはどうとでも出来るし」

「当然ね。でもその前に」


 ラスティは施設の床を抉り取るくらい踏み込んで加速し、十字路の真ん中に躍り出た。

 その十字路の左右には男達が待ち伏せのために身を屈めて息を潜めていたのだが、ラスティの聴覚を誤魔化すことは出来なかった。


「まずは二人」


 ラスティの両手から放たれた二つの魔力弾が、十字路の右と左に待ち伏せしていた男達の頭を撃ち抜く。呆然としたまま倒れた男達の手にはナイフが握られていた。


「ナイフか、原始的だが、効果的だ」

「前方にバリケード確認。突破は面倒ね」


 即席で作り上げられたバリケードから、何人もの男達が攻撃魔法を向けてきている。エクシアの索敵魔法に引っ掛かった数は20人ほどだった。


「敵が来たぞ! 攻撃開始!!」


 ラスティは防御魔法で攻撃魔法を防ぎながら、エクシアに問いかける。


「どうする?」

「そこにちょうどいい鍵があるわ。それで開けるわよ……吹っ飛べ!」


 ただ撃っているだけという感じな攻撃魔法の雨の中を、速度を緩める事なくエクシアはコンテナまで走り、思いっきり足を上げて蹴っ飛ばす。


 サッカーボールのように勢い良く蹴っ飛ばされたコンテナはバリケードに直撃し、それを勢い良く崩して隠れていた男達を撲殺しながら壊れていった。



「よしっ、開いたわ、行くわ」

「こじ開けたの間違いだな、これは」



 エクシアは雷撃魔法を射出しながら混乱した敵陣に切り込んで行く。

 その背中をカバーするようにラスティもバリケードの内側に乗り込むと、男達はたちまち総崩れになった。


「むっ無理だ!こんな化け物、どうやって相手にすればいい!?」

「くそっ、俺は逃げるぜ!無駄死には御免だ!」


 中には武器を捨てて逃げ出す者もいた。重たい鉄製のコンテナを軽々と蹴り飛ばしてくる二人を見て戦意を喪失したのだ。


 


「逃がす?」

「残念だが、全員だ」

「了解」


 しかし、もちろん逃げられる筈もない。一度でも武器を向けてしまった以上、彼らに残されているのは死のみ。


「死ねぇぇぇ!」

「あなたがね」


 エクシアも負けてはいない。ナイフを構えて破れかぶれの特攻をしてきた男の頭を、ゴーレムギアの近距離用魔力ブレードで切断し、魔力弾に無駄が出ないように的確に狙って撃って着実に屍を積み上げていった。


「これで21人……あと8人がコントロールセンターに居るといいけど」

「居ないなら探すだけだ。そして1人残らず消す」

「そうね……更に後ろから増援、魔導ゴーレムっぽいわ」

「無視だ。このままコントロールセンターに突っ込む」


 長い廊下の先から走ってくる魔導ゴーレム達の足音が聞こえる。


 それを聞いたエクシアは隅で丸くなってガタガタ震えている男に魔力弾丸を浴びせ、両手を上げて降伏している男の首根っこを掴んで走り出した。


「貴方にもついてきてもらうわ」

「ひっ、ひいいいい!」



 男が文字通りボロ雑巾のように引きずられている。なんとか逃げ出そうと身をよじって抵抗しているが、エクシアはガッチリ掴んでいるらしく逃げられない。


 そんな、もう色々と垂れ流してしまっている男と、それを引きずるエクシアからラスティは僅かに距離を置いた。



 どうやらさっきのバリケードを用意するので手一杯だったようで、特に妨害らしい妨害もされなかった。



「その男はどうする?」

「こうするわ」



 エクシアは男を扉にぶん投げる。

 人の中でも上位に類する者の腕力で投げられた男は扉の蝶番を壊す勢いで叩きつけられ、ぐちゃっという潰れる音と一緒に中身が飛び出した。



「見ての通り、扉に仕掛けてあるかもしれない爆弾の処理よ」

「なるほど」


 爆発しなかったところを見るに、どうやら何も仕掛けていなかったらしい。二体はブレードと魔力弾を空中に生成して、扉が壊れたコントロールセンターへと乗り込んだ。



「歓迎ありがとう。さようなら」



 中には8人の男達がいた。その誰もが魔法を向けてきているが、怯えが隠しきれていない。ぶるぶると手が震えてしまっている。



「抵抗して構わない。死ぬのは怖いものだ」


 二人が一歩踏み出す。踏み出した場所にあった男だったものから飛び出した目玉が踏み潰された。


 


「くっ、くるなぁ!」

「うおおおおお!!」

「貴様らのようなモノが存在するから、俺達は仕事を奪われたんだ!!」


 魔法で相手を殺したい時にやるべき事は単純だ。殺したい相手に手を向けて、魔力を込める。それだけ。



「ふふ、良い気分よ。忌み子として嫌われた私が、奪う側に回れるなんて」


 アクション数はたった2つだけなのにも関わらず、半数の男はそのアクションを行えなかった。理由は単純で、それより早く撃ち抜かれたからだ。

 残りの半数が撃った魔力弾に当たらないように気をつけながら、反撃で響かせた銃声は僅か4回。1人につき一発のみで、男達は永遠に沈黙させられたのだった。


「こんなもんかしら。終わってみたら呆気なかったわね」

「防衛システムを強制的に停止させる。事前に封鎖機構からコードは貰ってるから、それを読み込ませれば」



 流石に研究者のようにシステムを弄る事は不可能だが、コードを打ち込んだりするくらいなら誰でも出来る。


 防衛システムの停止と共に背後から迫る足音も止まり静寂が訪れた施設では、それなりに小さい声でもよく響いた。



「賠償、いくらになると思う?」 

「この程度の損害なら想定の範囲内よ。製造設備には何もしてないんだし、文句言われる筋合いはないわ」


 連絡は入れてあるから、もう間もなく追い出されていた職員達が戻ってくるだろう。


 出迎えてやるべきか。と思ったエクシアは、コントロールセンターの座り心地のいい椅子から立ち上がった。


 




新着メールが届いています。



FROM:世界封鎖機構


TITLE:感謝します



施設の件では御世話になりました。


彼らを切り捨てる事は我々としても不本意だったのですが、魔導ゴーレム・及びそのダミーの需要は増加の一途を辿っています。そのため、施設の効率を更に上げなければ魔導ゴーレムの供給が間に合わない状態なのです。


戦いの手段である魔導ゴーレムの数が不足すればどんな不利益が生じるかは、一つの国の主である貴方ならば当然理解しているでしょう。


彼らの勝手な言い分によって本来行き届く筈の魔導ゴーレムが届かない事で、一体どれほどの犠牲者が出るのか……まったく想像もつきません。


今回の騒動ですが、労働者達を焚きつけたのは競合国家の仕業だと突き止めました。近日中に仕事をまたお願いするかもしれません。その時はよろしくお願いします。


今後も我々は、世界の人々を守るために魔導ゴーレムの生産を続けていきます。もちろん人々の安全を前線で守っているアーキバスにも協力を惜しみません。


今後とも我々の関係が良いもので有り続けられる事を期待しています。

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