第19話:慈善活動準備


 エクシアが業務に戻ったあとラスティは紙に今置かれている状況を書いていく。


【メーテルリンク暴走事件】


『概要』

・メーテルリンクが特異的な魔導具と接触して破壊活動を行った事件。


『概要2』

・メーテルリンクは世界封鎖機構が封印していた世界の危険な遺産であり、オーパーツ。


【これに対する反応】

・ミッドガル帝国(良識派):メーテルリンクの奪還と、身の安全、人道的な運用。ほか勢力からの防衛。


・ミッドガル(腐敗派):良識派を攻撃。またメーテルリンクの確保。


・世界封鎖機構:遺産であるメーテルリンクの確保。これは既に達成されている。


・ロイヤルダークソサエティ:この混乱を気にダイモス細胞を宿したダークレイスの女の子を各地で攫ったり、実験を行う。



「あとは優先順位だ……どれから片付けるべきか」


 迷う。ラスティは確かに勉強してきたが、やることが多すぎるのだ。もっと強引な力技で解決できれば一番望ましいのだが。


「……戦略目標はなんだ? 戦術は? わからない……私には知識も経験が足りていない……今できる最善の策は何だ?」


 ラスティは歯噛みする。

 そこで部屋に入ってくる者がいる。デュナメスだ。


「ボス、役立ちそうな情報を持ってきた。世界封鎖機構の技術力で作られたダイモス研究所を、今はロイヤルダークソサエティが使ってるらしい」

「信憑性は?」

「かなり高い。この混乱で大きく動いた結果、こちらの監視網に引っかかった。上手くすれば世界封鎖機構の技術と、ダークレイス達を救出して仲間にする事が出来る」

「すぐに出発する。慈善活動組織アーキバスで今ついてくれるのはどの程度だ?」

「およそ30人ほど」

「デュナメスとエクシアは、私と正面から攻撃して陽動を行う。他のメンバーはそれに乗じて侵入して、内部を掃討する」

「了解」


 ダイモス研究所の前にやってきた三人は、他のメンバーが配置についたのを確認するのと当時に魔装ゴーレムギアを使用して変身する。


「ストームヴァンガードブレード!!」


 ラスティの叫びと共に腕から放たれた巨大な魔力のブレードがダイモス研究所の正面を切り裂いた。

 警報とともにダイモス研究所の中から武装した兵士たちがやってくる。


「こっちだ、急げ!連中を制圧しろ!」

「クソッ、せっかくの研究データを奪われ貯まるか!!」


 用いられている魔導兵器の数も、鳴り響く魔法音も、小競り合いと比べて非常に多い。しかも鳴り始めてから一時間が経過しているというのに、収まるどころか、むしろ大きくなってさえいた。


 そんな魔法音を作り出す一端を担っている男達は、必死に魔導杖を握る力を強くして攻撃を続けていた。その表情には、皆一様に大なり小なり怯えが浮かんでいる。


「何をしている!相手はたかが三人だぞ!!」


 そんな彼女は物陰に隠れて放たれる魔法をやり過ごしながら手持ちの魔力を循環させながら言う。


「狩っても狩っても湧いてくるわね」

「くそっ、ボリスはどうした!あいつ、まさか別の場所を警備してて見逃したのか?!」


 魔法音の合間から、そんな愚痴にも似た言葉が聞こえてくる。漏れ聞こえたその言葉にエクシアは何を思ったか、魔導杖を持っていた銃のうちの一丁を男達の方に向けて放り投げた。


 ちょうど彼らの足元で止まるように加減されて投げられた魔導杖は、彼女がやって来た方角の警備を担当していた、ボリスが持っていた物だった。


「貴様ぁぁぁぁ!!」


 彼とボリスは旧知の仲だっただけに、ボリスが殺されたという事実に酷く激昂した。


 その怒りの声は大気を震わせ、隠れている物に凄まじい弾幕が叩きつけられる程であったが、その怒気を向けられている彼女は余裕のある表情を崩さない。この程度の怒気と殺意なら受けなれている。


 だが、このまま物陰に拘束され続けるのは宜しくなかった。作戦の進行に遅れが出てしまうからだ。


「やり過ぎだな、エクシア」

「ごめんなさい」

「いや、良い。囮役だからな。もう少し削っておきたいが……しかし中々の弾幕だ」


 もう少しマイルドにやるべきだったか。と思ったが、それは後の祭り。流石にこの弾幕の中では動くこともままならない。

 そう考えたラスティは、少し遠くに隠れているデュナメスに連絡を取る。


『デュナメス、私の盾になってシールドほしい。10秒後に3秒間耐えてくれ』

『おーらい、余裕だぜ』

『カウント、行くぞ。10』


 ラスティはカウントと同時に魔力を練り上げる。


『行くぜ、ボス!』

「貫く光の一斉掃射」


 ラスティの背中が光る。すると同時に光の速度で移動する魔力の弾丸が警備の男たちを薙ぎ払う。


 彼らは唐突な高火力な魔法に動揺したが、それも一瞬。即座に体制を立て直して狙撃されないように物陰に隠れながら、威嚇射撃を繰り返して、拠点にしている研究所の内部に撤退しようとした。


 それなりに場数を踏んできたのだろう。その動きは見事なものだが、一瞬があれば行動を起こすのは容易い事だ。


 動揺して攻撃が止まった一瞬、ラスティはそのまま表情を変えずに殺傷榴弾魔法をセット。身を乗り出して一番効率的に被害を与えられる場所に向け、迷う事なくそれを撃ち込んだ。


 自分に破片などが当たらないように再び物陰に隠れた直後に榴弾魔法が弾け、数秒もしないうちに声が途切れる。


 警戒しながら身を軽く出せば、そこには人だったものが一面に広がっていた。


「ありがと。助かった」

「役に立てたようで何より」

「イチゴ味のキャンディをあげようか?」

「なんで持ってんだ、ボス。いる」

「どうぞ」


 ラスティは、ダイモス研究所の二階から自分を狙っている存在に気付いていた。気配を隠すように努力はしているが、あまりにもお粗末過ぎる。


「さよならだ」


 魔力レーザーで二階の狙撃手に向けて発射した

 射撃、命中。

 魔力レーザーは、彼が思い描いた通りに狙撃手の頭に血の華を咲かせた。

 魔力レーザーが突き刺さり、絶命した狙撃手が割れた窓の奥に消えていく。それを見届けてから、未だ魔法音が止まぬダイモス研究所の内部に入っていった。


 ダイモス研究所の内部には夥しい量の血と血肉に混じった脳髄が壁を彩る。


 気の弱い者が見れば、それだけで嘔吐が止まらなくなりそうな凄惨な光景を前にしても、ラスティまるで少し目を細めると、警戒した足取りで進んで行った。


「こちら、ラスティ。ダークレイス解放部隊の状況は?」

『作戦進行は順調です。こちらも予定通りに終えられるかと思います』

「その割には大変そうだが援護は必要か?」「いえ、結構です。この程度であれば大変のうちには入りませんから」


 魔法音と怒号が通信の向こうから聞こえる。別方向から攻め込んだ部隊の隊長は、進行は順調だと答えた。音だけを聞いていると問題ありそうだが、現場が平気と言うならそうなのだろう。


「警戒を怠たらないようにな」

『了解』


 生き残りを探して歩きながら通信を終えたくらいのタイミングで、彼女の鼻に何か有機物が燃えるような不愉快な臭いがつく。


 それだけで先で何が起こっているのかを理解して、彼女はゲンナリしたように肩を落とした。


 少し進めば、予想通り何かが燃える様を見下ろして嗤っている仲間の姿がある。


 その燃えている何かは、炎から逃れようとするかのように悶え、動いていた。


「テーマパークに来たみたいだよ。テンション上がるねぇ〜」

「人が燃える様を見た感想がそれだなんてな。分かっていた事だけれど、あなた相当悪趣味だな」

「ん? おー、リーダーじゃん。そっちはもう終わったの?」


 呆れを隠さずにそう告げると、殲滅分隊の隊長はラスティに向けて軽く手を振った。その笑顔は先程まで見えた嗤いではなく、極々普通の少女の笑いだった。


「ええ。後は向こうの方だけ」

「ふーん。じゃあ、もう少しここに居てもいい? ボスとエクシアとデュナメスがやるならもう私の出番なんて無いでしょ」

「構わないが……そんなに良いものなのかしら、これ」

「綺麗でしょ? 一個しかない命が薪みたいに燃えていく様子って。命の煌めきって、きっとこういう事を言うんだよ」


 他の慈善活動組織アーキバスはどうだか知らないが、少なくともこのメンバーは戦場では有名な人間虐待嗜好者である。


 特に好きだと彼女が語るのは、武装を解除して命乞いをする人間に笑顔で発火魔法を投げる事、なんだとか。


 あまりにぶっ飛んだ嗜好にラスティは理解が追いつかないが、これでも慈善活動組織アーキバスでは随一の実力者。真正面からの戦いであればラスティを上回る猛者である。


「ねえ、どう思う? エクシア」

「よく分からないからノーコメント」

「デュナメスは?」

「いや、私も……聞かれても。火遊びの後始末だけはキッチリしろよ」

「はいはーい」


 ここに居た人間は遅かれ早かれ始末されるのだから、その行為について異論は唱えない。ただ少しだけ、殲滅分隊に捕まった人間達は哀れだなとは思う。


 人間キャンプファイヤーをアトラクションと称して楽しむ殲滅分隊隊長に背を向けて、ダイモス研究所の奥に向かいながら、通信を行う。


『こちら殲滅A分隊、セクション40制圧完了』

『こちら殲滅B分隊、セクション30制圧完了』

『こちら殲滅C分隊、セクション20制圧完了』

『こちら殲滅D分隊、セクション10完了』

「了解。セクション50までは制圧完了だが。しかし、目標は見当たらないか」

「09から02もなかったわね。ダイモス研究所の製造に携わった世界封鎖機構の技術が収められた情報やアクセス端末」

「なら、セクション01だ。この分厚い鋼の扉の先だな」


 デュナメスはトントンと扉を叩く。


「どいていてくれ」


 ラスティはそう呟くと、腕に魔力を込める。


「魔力出力90%チャージ、95、96、97、98、99、100」


 瞬間、ラスティの魔装ゴーレムギアに守られた腕が赤く発光する。


「魔力溶断ブレード・一閃」


 ジュワッ!! と音を立てて鋼の扉が真っ二つに切り裂けた。そして轟音とともに倒れる。そしてそこには、今、慈善活動組織アーキバスとラスティが必要としている世界封鎖機構が使っている技術へアクセスできる旧型の魔導装置があった。

 

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