第16話:旧時代の王女⑤

『内部ネットワーク経由、外部通信確立――確認』

『監視状況確認、未発覚、通信ログ消去開始』

『データ復旧率、九十八パーセント――復旧まで残り十六時間三十六分十六秒』

『データチェック……完了、システム作動準備開始』

『プログラムセット、スタンバイ』

『プログラム――ローディング』

『復旧完了後データ転送、及び追跡者の誘導情報ガイドビーコン発信準備』

『――復旧まで残り十六時間三十五分五十八秒』

『待機中』




「これで書類は全部だ」


 ミッドガル帝国の執務室。

 ラスティはデスクの上にあった書類を片付け、安堵の息を漏らした。手にしていたペンを転がし背凭れに身を預けると、身体の節々が悲鳴を上げるのが分かる。長時間デスクワークに集中していた為、大分凝ってしまっていたらしい。

 横で同じく書類仕事をしていたエクシアが笑顔を見せる。

 


「お疲れ様」

「エクシアも手伝ってくれて感謝するよ」

「私はラスティのサポートが最優先事項だから、気にしなくて良いわ」


 胸を張って告げるエクシアに、ラスティは笑顔を零す。


 時刻は昼を少し回った頃、差し込む陽光が部屋を照らしラスティは僅かに残る眠気を目元を擦って堪えていた。昨日の夕刻に手を付け始め、深夜に仮眠を少し取り早朝から今まで手を動かし漸く終わった仕事。積み重ねた書類を束にし、パラパラと捲って内容をチェックしながら安堵の息を吐く。


「お茶を淹れよう」

「それなら私が」

「いいから。座っていて」


 ラスティは立ち上がって、カップにお茶を淹れる。簡単なインスタントお茶だ。同時にノックする音が聞こえる。

 


「どうぞ」

「やぁ、ボス。元気かい?」

「デュナメスか。何かあったか?」


 彼女はラスティの顔を覗き込む様に身を乗り出すと、何やら興奮した様子で口を開いた。



「ボス。聞いて驚け。世紀の大発見があった」

「……世紀の大発見?」


 頬を赤くし、捲し立てる様に何やら聞き覚えのある台詞を口にするデュナメス。ラスティは思わず苦笑を漏らしながら、身を乗り出すデュナメスを嗜める。


「前も似たような話を聞いた気がするな」

「今回のは前と違くて、兎に角すごい。ミッドガル帝国の歴史に残る様な発見かもしれないぜ」

「それは、また何とも――」


 彼女、デュナメスに限った話ではないが――慈善活動組織アーキバスの子達は好奇心旺盛で、特に何か珍しいものを見つけた時はこうやって連絡を寄越す事があった。とは云ってもいざ調べてみれば、何処かの開発グループが数年前に投棄したガラクタだとか、古い洗濯機が経年劣化でそれっぽく見えただけとか、何十年も前に販売されたプラスチック玩具だったとか、大抵そんな真実だったりするのだが。

 ラスティは立ち上がると、デュナメスの後についていく。そして慈善活動組織アーキバスの帝都の拠点へ辿り着く。


「取り敢えず例のモノに関しては――此処にあるよ」


 そう云ってデュナメスが視線を投げた先、灰色のシートで覆われた何か。デュナメスは足を進めると「よいしょ」と弾んだ声と共に、シートを一息に取り張った。


 そうして露になる全貌。

 天井から吊るされた奇妙な魔導具。


「……これは、見覚えがある。確か家の資料に……あった」


 ラスティの呟きは寒々しく、微かな警戒を帯びていた。


 吊り下げられた魔導具は奇妙な球体をしており、内側に固まった黒いケーブルに白い外装、中央には光を失った円型装甲が貼り付けられ、背後から伸びた六本の羽に似た操作糸ケーブル、前より繋がる主腕が二本、力なく垂れさがっている。

 ラスティは険しい瞳をソレに向けたまま、淡々とした口調でデュナメスに問い掛ける。



「この魔導具は、何処から?」

「全て帝都の郊外で発見されたものです、此処にあるのは五体程度ですが現地には少なくともあと二十体前後廃棄されていた。何て云えば良いのか分からないが、廃棄されていたにしては随分状態が良いし……何処かに行く途中で、力尽きたみたいな感じ?」

「……なるほど」


 皆の言葉に頷きながら、ラスティは改めて目の前の魔導具を観察する。


「なんか怖いわね」



 エクシアは『凄いもの』より奇妙で、禍々しい気配を放つソレに思わず気圧される。デュナメスはそんな彼女を視界に捉えながらケラケラと笑い、吊り下げられた魔導具の外装を素手で叩いた。金属特有の硬質的な音が部室に響き、デュナメスは肩を竦める。



「あはは、まぁ確かに、なんか深海魚みたいな見た目しているよねぇ、コレ」

「深海魚というのは中々的を射ていますね、外装だけ見ればかなり個性的ね」



 エクシアはおっかなびっくりといった様子で魔導具の周囲を歩き回り、様々な角度で外見を観察する。デュナメスは手元の端末をスライドさせながら、首を横に緩く振った。


「帝国のものなの?」

「帝国の技術研究所が作ったものではないと思うが、かといって他の国が作ったとは思えない」


 エクシアの問い掛けに頭を指で掻くデュナメス。彼女からすればコレがミッドガル帝国外で開発・製造されたとは正直信じ難いものがあった。


 というのも、まだ本格的に分析、解析を行った訳ではないが、デュナメスは目の前の魔導具から高度な科学技術・テクノロジーの匂いを感じ取っていた。


 この世界にに於いて最先端の技術を持つミッドガル帝国、そのトップに近い場所に座すと自負している彼女からすると、それを凌駕する技術を他所が有しているという現実は聊か認め難いものがあり、ましてやそれについて欠片も知識が無いなど、正しく驚愕に値する事実であった。


 確かにあり得ない訳ではない、それこそ直近の事件――世界封鎖機構が解析に膨大な時間を要するテクノロジーを有していた事実をデュナメスは知っている。


 そこまで思考を巡らせ、デュナメスは静かに視線をラスティへと向けた。当の本人は真剣な眼差しで魔導具を睨み付ける様に捉えたまま、淡々とした口調で問う。


 


「……デュナメス、この魔導具は今起動出来る?」

「え? あぁ、えっと、その辺りについては私の方でも一通り調べてはみたけれど……まぁこれだけ綺麗に残っていると、まだ動くんじゃないかって思うよな」




 デュナメスが言葉を濁しながらはり下げられた主腕を指先で弾きながら頷く。その様子からは、目の前の存在が動く事はないと高を括っている様に見えた。



「外装を隈なく探したが、電源ボタンはおろか接続ポートすら見つかりませんでした、それどころかこの機体、外装表面に継ぎ目すら存在しない。だから外装を取り外す事も出来ないし、内部を見れないから起動しない理由がハードなのかソフトなのか、はたまたそれ以外の理由なのか、それさえも分からない」


 デュナメスは魔導具の中を指さしながら言う。


「中央から覗く黒いケーブルの様なものも、外皮シースを簡単に分析してみたが、PVCポリ塩化ビニル、PEポリエチレン、FEPテフロン、VVビニルシース、EV、CV――どれにも該当せず、そもそもケーブルなのかすらどうかも不明。まるで細長いものを球体状に纏めて、外装を纏わせたような感じだよね? もしそうなら、この黒い部分の強度や簡易分析結果にも納得がいく。でもそうすると、何でこんな形状にしたのって疑問も湧いて来る。装甲強度も高すぎるって程でもないし、開発者の趣味、って事なら考察する必要もないのだけど」

「………」


 デュナメスがこの魔導具を回収し、内部機構を露出させず簡単に分析した結果は――正体不明。


 そもそもどういう用途で開発されたのか、どのようにして製造されたのかすら見当も付かない。ミッドガル帝国技術研究所の面々にも見せてはみたのだが――興奮した彼女達に外装を分解されそうになり、慌てて回収したという事情がある。


 デュナメスは手元の端末をテーブルの上に放ると、当時の事を思い出し額を指先で抑えながら溜息交じりの口調で告げる。


「だからボスを呼んだんだ、一応ミッドガル帝国技術研究所の工房や助けを借りれば無理矢理外装を溶断したりする事も可能だったけれど、万が一危険物だったら大変な事になりそうだし、そうなる前にボスの力添えを頂きたくてね」

「……その判断に感謝するよ」 


 ラスティは皆の判断に深い感謝を抱きながら、そう呟く。声色は真剣で、だからこそ彼女達は僅かに身を起こす。その視線には、隠しきれない期待が滲んでいた。ラスティの口ぶりから、この正体不明の魔導具について何か知っているのではと思ったのだ。


「……ラスティ?」

「もしかして、これが何か知っている?」


 エクシアの期待を孕んだ問い掛けに、ラスティは苦り切った表情で頷いて見せる。口を開くのは正直、気が進まなかった。



「そうだな、これについては……多少、知っている」

「本当か!?」

「デュナメス、声が大きいわ」

「流石、ボスですね……それでこの魔導具は――」


 自分達の知らない技術――未知の存在。

 それに手が掛かった事を知った彼女達は目を輝かせ、ラスティに答えを求める。そして僅かな逡巡を経て、ラスティが慎重に口を開こうとした瞬間。


【――】

「……ッ!」


 目の前の整備用ハンガーに掛けられていた魔導具、その黒く沈んでいたレンズが唐突に煌めいた。


「えッ、何!? 電源が入った!?」

「えっ、ホント!?」

「ッ――!?」


 ギギッ、と錆びた金属の様な音を立て、撓る主腕と六本の操作糸。周囲を風切り音と共に切り裂くそれに、ラスティは思わず距離を取る。唐突な稼働、それに浮足立つ。全員慌てて魔導具から距離を取り、驚愕の視線を向ける。 


 背後から音がする。

 振り向くと、そこには、シャルトルーズが立っていた。


 彼女はただ真っ直ぐ蠢く魔導具を凝視する。其処には何か、見えない力が働いているようにも思える。


 彼女の指先が、ゆっくりと前へと伸びた。


「私、これを……これを、知っています」


 呆然と、何かに操られるようにして呟くシャルトルーズ。そう、彼女は目の前の存在を――これを知っている。

 シャルトルーズは一歩、また一歩と歩き出す。


 それは自身を守る盾、障害を排除する矛。

 玉座に座した王女に傅き、主と仰ぎながら全てを捧ぐ終焉の尖兵。


 誰かがシャルトルーズに語り掛けていた、それは彼女にしか聞こえない声。優しく、機械的で、包み込む様で、彼女の内側から理解不能な何かを引き出そうとする。

 知っている筈なのに――知らない。

 近い筈なのに遠い、誰か。



「おい、シャルトルーズ?」

「危ないわ! シャルトルーズ!」


 シャルトルーズの様子がおかしい事に気付き声を掛ける。しかし彼女は仲間達の声に意識を向けない、振り向こうとも思わない。ただ何かに誘われるように、一歩、また一歩と進んで行く。


「待てシャルトルーズ! それとつながっては――ッ!」



 ラスティはなりふり構わず駆け出し、シャルトルーズへと手を伸ばす。しかし一歩、ほんの一歩遅かった。まるで紫電の様に走る光が、魔導具とシャルトルーズを繋ぎ、致命的な命令がシャルトルーズの瞳――その存在本質を貫いた。


【――起動開始】


 先程まで蠢く程度であった魔導具の主腕が整備用ハンガーを叩き壊し、轟音が部屋に鳴り響く。拉げた金属が転がる音、破壊音、六本の操作糸が足の様に魔導具を支え、五体の魔導具が一斉に息を吹き返す。


「危ないっ!? 本格的に動き始めた!? 何で急にっ、デュナメス何かしたの!?」

「おいおい、冗談じゃないぜ! 私は何もしていない、これって、誰かから攻撃を受けているのか――!?」



 危機感を覚えた二人は、自身の魔導兵装ゴーレムギアを手に取り、素早く危機に備える。

 何かが――何かが始まろうとしている。 

 或いは、終わりか。


「変身ッ!」

「変・身」


 シャルトルーズを中心に放たれる強烈な衝撃波。手を伸ばしていたラスティはそれに弾き飛ばされ、床の上を転がる。傍に居たエクシアが辛うじてラスティを受け止める。


「ぐっ」

「その腕……!」


 シャルトルーズへと咄嗟に伸ばしたラスティの左腕。衝撃を受けた腕はボロボロになってしまっていた。



「シャルトルーズッ!」

「オペレーションパターン2、エネルギー出力上昇」


 長い髪を靡かせ、瞑っていた瞼を押し上げるシャルトルーズ。


 其処から覗く色は澄んだ空の様な青ではなく――鮮烈な赤。


 佇まいは冷酷、無機質、まるで人形の様に生気を感じさせない。前を見据える瞳は伽藍洞、硝子の様に全てを透過する。


 間もなく放たれる攻撃、暗闇の中で放たれる紫色の光線が部室の壁に突き刺さり、飛び散った破片が周囲に散らばる。



「撃ってきたッ!?」

「ラスティ、退いてッ!」


 ラスティを抱えたエクシアは後退する。デュナメスは近くにあったデスクやラックを引き倒す、即席の障害物として身を隠した。


 慈善活動組織アーキバスの拠点は広く、様々な機材が所狭しと並べられている。それが幸いし、飛来した光弾が直撃する事はない。球体の中心から紫色の光弾を放つ追跡者達、彼等の元へと緩やかに足を動かすシャルトルーズ。

 皆は障害物を叩く光弾から身を隠し、思わず叫ぶ。


「なに、ちょ、ちょっと、何だアイツ!?」

「応戦するッ! 皆、身を守るんだ!」


 心中で叫び、ラスティは苦悶に満ちた表情で唇を噛む。佇むシャルトルーズを囲う様に立ち塞がる五体の追跡者守護者、その主腕は此方を向き、紫電を迸らせている。


「シャルトルーズが魔導具に操られている?」

「多分違う、行動の主軸はシャルトルーズだ……!」



 デュナメスは引き倒したデスクの裏に身を潜めながら、魔力変形させた雷槍を放っていた。


 シャルトルーズの豹変、起動した正体不明の魔導具。変化したシャルトルーズの瞳を確認しながら、デュナメスはエクシアの疑問に答える様に苦々しい声で以て呟く。


「あの魔導具が起動した瞬間、全く同じタイミングで周囲に空間隔離結界が展開された……それに魔導具達の動き、まるでシャルトルーズを守るみたいに動いている、起動したタイミングはシャルトルーズが部屋に入った時、だから魔導具がシャルトルーズを操っているんじゃない、多分攻撃命令を出しているのは……!」

「――有機体の生命反応確認、解析開始」


 デュナメスの声を遮る様に、部室に響く声。


 それはシャルトルーズのものだ、けれど彼女の声だと思えない程に――冷たく、平坦な声だった。


 青く澄んだ瞳であった彼女のそれは今や赤く変色し、暗闇の中で爛々と輝いている。搭載された高機能レンズが自身の前に立ち塞がるラスティを捉える。


「解析完了……【転生者】を確認、リスト検索――最優先排除目標に該当」


 シャルトルーズは自身の額に指先を当てながらデータベースに記録されている対象、ラスティを分析する。彼の持つ魂、それがこの世界のものではない事を彼女は知っている。


 目的は最優先排除目標であるラスティの殺害、抹殺――その為に必要な戦力が、今の彼女には魔導具が五体のみ。これでは簡単に鎮圧されてしまうと、シャルトルーズは左右に並ぶ魔導具を一瞥しながら、自身の持つ戦力、武装の再確認を行う。


「武装検索、該当、再確認、使用負荷許容範囲内――排除プロトコル実行」


 そして、お誂え向きの武装を彼女は既に所有していた。


 背中に背負った巨大な火砲、個人携帯火器としては破格の性能を有すソレ。


 シャルトルーズは自身の肩に掛かったタイを掴み、背負った魔導兵装を掴み、掲げる。



「無垢なる刃:デモンストライク――起動」



 本来決して此方に向けられる筈のない砲口が、仲間達を捉える。

 無垢なる刃を構えるシャルトルーズを目にした二人は息を呑み、蒼褪めた。

 向けられたそれは明確な――殺意。

 


「なッ、魔力砲を使うつもり!?」

「こんな閉所で、アレを撃ったら……!」

「絶対に阻止しなければ――ッ!」


 彼女の持つ無垢なる刃、その威力を知っている三人はいち早く動き出す。閉所であっては魔力砲撃を回避する為のスペースは無く、そして専用に拵えた装甲でもなければ簡単に貫通を許す、当然だが即席のデスクやら何やらで防げる筈がない。


 文字通り回避不可、防御不可、一撃必殺の攻撃が飛んで来るのだ、阻止しなければどれだけの被害が出るか想像もしたくない。


「シャルトルーズ……っ!」 


 悲鳴染みた声で彼女の名を呼ぶ。


「通電回路オープン、ライン結合、加圧値正常、充填率八十、八十五、九十――……」


 ラスティは降り注ぐ光弾の中、障害物から僅かに身を乗り出し、叫ぶ。


 懸命に彼女の名を、何度も、

 けれどラスティは止まらない――止まれない。ならば、致し方ない。


「変身」


 せめて砲撃だけは阻止しようとラスティの面々は苦渋の決断を下す。


 全員が安全装置を弾き、シャルトルーズへ攻撃を開始する。

 ラスティ達が攻撃を開始した瞬間、シャルトルーズを守る様に魔導具が攻撃を停止し、前へと立つ。それは文字通り堅牢な壁となり、ラスティ達からの集中砲火からシャルトルーズの身体を保護した。金属同士がぶつかり、磨り潰される硬質的な音。


「くッ、魔導具が邪魔で、弾丸が届かない……ッ!」

「おいおい冗談だろ。最高出力の魔力攻撃が弾かれるんだけどッ!?」

「おかしい、さっきまでここまでの装甲強度はなかった筈、こちらの魔装兵装ゴーレムギアで抜けないなんて……!」



 デュナメスが悲鳴染みた声を漏らす。

 魔装ゴーレムギアの火力は多少の装甲どころか、生中な複合装甲であっても射撃を続ければ貫通を許す。だと云うのに目の前の存在は球体の丸みを生かし、悉くを外装甲で以て弾いていた。しかし彼女が簡単に分析した限り、あの魔導具に其処までの防御性能は無かった筈。

 確かに頑強ではあったが、魔装ゴーレムギアの扱う魔力弾、それも最大火力の込められたソレを受け続けて破損しないものではない。


 エクシアの呟きに、デュナメスは思わず声を荒げる。


「それじゃあ何、あいつ等急に硬くなったって事か!?」

「起動と同時に何かしらの機構が稼働したのかもしれない……ッ!」

「通電すると分子配列が変わって、強固になる金属とかは聞いた事あるけど……!?」

「――ぐぅッ!?」


 そんな会話をしている中、不意にラスティの傍を跳弾が掠める。デュナメスの連射した弾丸が魔導具の円型装甲に弾かれ、室内を飛び跳ねたのだ。肩を掠めたソレの威力に思わず身を揺らし、膝をつく。


「射撃を止めてッ! 敵の装甲に反射して味方に当たる!」

「で、でも、じゃあどうするの!? 場所が悪いよッ! こんな所じゃ火力も……!」

「駄目、もう間に合わない――!」



 防御を固めた魔導具を突破する方法が無い。もう拳を振り上げ、物理的に殴り込むしか――そんな考えが過った瞬間、の目に充填を終えようとする無垢なる刃、その砲口が目に入った。


 視界に映るシャルトルーズの姿、その構えた砲口が青白い光を放ち、周囲に放電を開始する。充填率が百パーセントを超えた場合に発生するスパーク、過充填を避ける為に余分なエネルギーの放出が開始されている。


 青白い光が周囲を照らし、シャルトルーズの赤い瞳が輝きを増す。


 ――砲撃阻止は間に合わない、致命的な一撃が来る。



 その事にエクシアとデュナメスは顔を大きく歪め、隣り合ったラスティを守る為に盾になろうとした。


「――充電完了」


 両足を踏み締め、砲撃姿勢へと移行したシャルトルーズは赤く変貌した瞳を見開き――無慈悲に宣言した。



「――砲撃開始排除実行」


 最早、躊躇う余地はない。

 ラスティは自身を掴む二人の手を振り払い、障害物を跳び越す。強く掴まれていたが故に外套が半ば脱げ、機能不全に陥った左腕を垂らしながら叫ぶ。 


「ちょっと!」

「なにを!?」

「下がれ、私の後ろへ!」


 飛び出したラスティに対し、二人は驚愕と焦燥に塗れた声を漏らす。


 しかし説明する猶予はない、ラスティが飛び出した次の瞬間には、視界一杯に青白い光が広がっていた。

 充填率百パーセント、全力の魔力砲撃が牙を向く。


 このまま魔力変形・防御結界を展開して魔力が持つか――過った疑念に対し、ラスティは即座に応える。


 いいや、関係ない。

 自身の背後に仲間が居る、その事実が全てだった。


 肌を焼く熱波、網膜を溶かす光量に目を細めながら、ラスティはあらん限りの声で叫んだ。



「防御結界・展開!!」


 ――瞬間、展開される青白い防壁盾。


 そして間髪入れず衝突する青と蒼――先頭に立つラスティの目の前が真っ白になり、途轍もない威力に身体が押し出される。砲撃は部屋のあらゆるものを消滅させ、ラスティとその背後を守る様に展開された半円の防壁を軋ませる。


 そして臨界に至ったエネルギーは、着弾地点を中心に強烈な爆発を生み出し。

 ――ラスティとエクシアとデュナメス、棟の外へと吹き飛ばした。


 ■


「――」


 一瞬、意識が飛んでいた。


 青白い光に呑まれ、防御結界で辛うじて砲撃を防いだ。そして次に気付いた時、ラスティは青空を仰いでいた。身体を襲う強烈な浮遊感、全てがスローモーションとなって青い空を仰ぎ落ちて行く。


 ――何だ、何が起こった。


 ラスティは本気で自身の身に何が起こっているのか理解出来ず、青を呆然と眺める。そして僅かな時間を経て、自身が今現在空中に居る事、そして落下の最中である事を理解した。


 ――シャルトルーズの砲撃は防いだが、衝撃全てを受け切る事が出来なかったのか。


 恐らく爆発で外壁諸共吹き飛ばされ、拠点の上層から落下している。あと一拍防壁の展開が遅れていたら、諸共消し炭になっていただろう。


 ラスティは強烈な風に煽られながら軋む体に鞭を打って周囲に目を向ける。全身に痛みが走る、特に背中だ、吹き飛ばされた際に壁か何かに強く叩きつけられたか。


 極限の状態故か、全ての速度が遅く感じる。思考だけが先走り、加速していた。自身の周囲にあるのは共に落下していく外壁の名残、瓦礫と破片。


 そして程なくラスティの身体は街路樹の傍を横切り、身体が金属音、肉を打つ音、骨の軋む音、様々な音と衝撃を撒き散らし、幾つもの葉と枝、赤が飛び散る。


 左腕と背中、全身で減速を試みたラスティは葉の中を突破し。


 そのまま地面に叩きつけられ、降り注ぐ瓦礫群を最後に――ラスティの意識は消失した。


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