第5話:妹救出①

 時間が経過した。

 ラスティは15歳、メーテルリンクは14歳になった。

 朝の稽古は続いている。しかしそれも今日までだった。今日からラスティは王国の王都にある魔法学園へ入学するからだ。


「最後の手合わせだ。お互いに本気でやるとしようか」

「はい、お兄様」

「「魔力始動」」


 言葉とともに、高速でラスティがメーテルリンクに肉薄する。

 敵の接近におおぶりの一撃でもって答えたメーテルリンクを、しかしラスティは振り払うようにいなす。

 防御に入ったメーテルリンクに、今度はラスティの全力の一振りが答えた。


 勢い良くのけぞったメーテルリンク、反撃とばかりに行われた突撃は、しかしラスティに即座に切り払われた。


 三連撃を綺麗に喰らい、吹き飛ばされたメーテルリンクに、ラスティの剣が殺到する。

 渾身の一撃、回避も防御も既に遅い。

 ――直撃。

 戦闘は、たった四回の攻撃で終了してしまった。

 まさしく圧倒。


「流石です、お兄様」


 どこか恍惚したような顔のまま血の海に沈む。ラスティは剣を収めると、一礼をしてすぐに指示を出す。


「治療を!」

「はい!」


 メイドのエクシアが素早く駆け寄り、治療を施す。そして瞬く間に傷は修復された。


「明日の出立の準備がある。メーテルリンクは部屋に寝かせておいてくれ」

「承知しました」


 ラスティが部屋を片付けていると、扉がノックされる。


「誰かな」

「エクシアよ」

「用件はなんだい?」

「メーテルリンク様が『ロイヤルダークソサエティ』に誘拐されました」

「……この数時間で?」

「ええ。私がメーテルリンク様を部屋に休ませた直後に誘拐は行われたみたい。部屋が空間ごと削り取られている痕跡があったわ」

「魔法……いやアーティファクトか。面倒なことをする」

「それだけの価値を見出したってことよ。急がなければいけない」

「どう動くべきか……メーテルリンクの運ばれた敵拠点の特定と敵戦力の推定を最優先に。これ以上被害を出すわけには行かない。必ずツーマンセルで動くよう徹底して深入りはしてはいけない」

「ヴェスパー家の動きは?」

「父さん達が動くだろう。エクアシアはヴァーチェと組んで情報収集に努めてくれ。お願いするよ」

「ええ、わかったわ。安心して。貴方の妹は必ず助ける」

「君たちの安全が最優先だ。敵は正体不明のアーティファクトを持っている。空間を移動するものを含めて、強大だ。最大限の警戒をして臨んで欲しい」

「了解」


 エクシアが姿を消す。

 ラスティは魔導兵装を持ちながら、いなくなったというメーテルリンクの部屋へやってきていた。


 そこはベットを含めて『空間が丸ごと削り取られた』と表現するのが正しい状態だった。


 ベッドには巨大な半球体状の穴が空いていて、布が引きちぎられている。対象を指定してポン! と移動できるような便利な代物ではないらしい。


「……ラスティ、お前は無事だったか。当然か」


 ラスティの父親は安堵したように息を吐く。その様子が気になった。まるで事前にメーテルリンクが攫われるのがわかっていたような口ぶりだ。


「何か知っていますね? お父様」

「……ついてこい。部屋で話そう」


 ラスティは父親の部屋まで黙ってついていく。


「この家の闇は覚えているな?」

「はい。麻薬、暗殺、奴隷。どれもミッドガル王国では禁止されている違法行為です」

「それに深く関わり、暗躍する組織がある。『ロイヤルダークソサエティ』。一言で言えば国家を跨いで暗躍する世界の敵だ。我が家はそこと協力関係にあった。メーテルリンクもその協力の一環だ」

「闇の組織に娘を差し出したわけですか」

「軽蔑するか」

「いえ、根が深い問題である以上、どうしようもないでしょう。都合の良い第三勢力でも存在しない限り、ヴェスパー家は破滅する」

「そのとおりだ。国家が正常に機能した場合は私たちの汚職の歴史が晒さられて家は取り潰しになり、領民や屋敷の者たちは路頭に迷う。かといって闇の組織に手を貸して続けるのも搾取される」

「板挟み、というわけですか」

「その通りだ。情けない父親ですまない。メーテルリンクのことは諦めてくれ」

「お父様の苦悩は理解できます。辛い選択だったでしょう。私はお父様の味方です。それに、もしかしたら都合の良い第三勢力がメーテルリンクを助けてくれるかもしれません」

「そうであればどれほど良かったか……話は以上だ。部屋に戻って、出立の準備をしてなさい」

「わかりました」


 父親の部屋を出て自分の部屋に戻る。そして王都の学園に入学する準備を進める。


(思った以上に腐っている。しかし腐った後でどうにかしようとする意思があるだけ我が父は立派だ。被害を最小限に止めようと努力していた。娘を闇の組織に渡すのは辛い決断だっただろうに)


 闇の組織に従うしかない父親を情けないとは思わない。一般的には非難される行為だろうが、立場とできる範囲を考えた最善を行っている。

 だからこそ、都合の良い『第三勢力』が必要なんだ。


「エクシアよ」

「準備が整ったか?」

「ええ。メーテルリンク様が運び込まれたとされる敵の拠点を発見した。規模もそれなりの数があるけど、練度は低い。けど高い魔力反応を二つ検知した。一つはメーテルリンク様だとして、もう一つは」

「敵の幹部クラスか。すぐに動く時間をかける必要はない。最短最速でメーテルリンクを救い出し、敵を全て殲滅する」

「最優先はメーテルリンク様、次点で敵の殲滅で間違いない?」

「ああ、問題ない」

「了解」

「じゃあ、行こうか」


 同時に二人は動き出した。



 ヴェスパー家のを出て数キロ歩いた。領地の外縁部に近づくにつれて廃墟と呼ぶにふさわしい風景になっていく。壁面は風化し、土が傷だらけの道路にまき散らされている。


 モンスターとの完全に倒壊してしまった建物も多い。誰ももこの地域に興味を示さない理由が分かる。ここには利用価値のあるものなど何もないのだ。


 指定された集結地点は小さな宿屋だった。一階建ての小さな建物で、なぎ倒されずにそこそこの状態を保っているようだ。


 もちろん営業はしていないが、すでに先客がいた。慈善活動組織アーキバスの面々が店を占拠して四方を固めている。

 デュナメスが走り寄ってきてラスティ達を店内に出迎えた。


「待ってたぜ、ボス」

「状況は?」

「まだ聞いてないのか? じゃあ説明するぞ。メーテルリンク嬢を誘拐して監禁している施設はここから運河を渡って10キロほど東に行ったところにある。詳しい状況は不明だが地下に張り巡らされた坑道を改装して利用してるようだ」


 キュリオスがゆっくりと現れて、追加で情報を開示していく。


「魔導端末をみてみてください。さっきまでそんなことなかったのに通信状態が著しく悪い。『ロイヤルダークソサエティ』が周囲に魔力ジャミングを発生させているんだと思うよ。王国の使ってる長距離通信の周波数を狙い撃ちにしている。今までこんなことなかったのに……」

「『ロイヤルダークソサエティ』の連中は実際に目で見て確認した。私が偵察に出たけど運河の沿岸に沿って黒騎士が配置されてる。これが包囲の外環だと思う。メーテルリンクがいる拠点は完全に『ロイヤルダークソサエティ』の包囲下にある」


 最後にヴァーチェが出てくる。


「包囲を突破するなら、まずは運河を渡らないいけません。すぐそこに橋があるからそれを渡ればいいんですが、しかし私は反対です」

「理由は?」

「橋の向こう側は『ロイヤルダークソサエティ』も防御を固めています。道の両側に大弓の黒騎士が配置されたスナイパーストリートになってる。橋以外の地点を渡ってもいいけど敵前渡河になる。私たちはそんな訓練を受けてないし、絶対に損害が出ます」

「厳しい状況だ」


 魔導端末から付近の地図を呼び出してアーキバスのメンバーに共有する。敵拠点の正確な位置をマッピングした。


「ここが目標地点。まだ基地で戦っているのか、すでに脱出しているのかは分からない。とにかく包囲の内側に入って状況を確認しなければならない」

「そうね。でも、どうやって包囲を突破すれば? 橋の先がスナイパーストリートになっているのなら私たちの戦力で正面突破は難しいわ。迂回して別の橋を見つける? あまり時間はないと思うけど……それとも運河を泳いで渡る? 狙い撃ちにされるわよね」



 エクシアがが口に手を当てて悩む。遮蔽物の無い橋の上を大弓の黒騎士に身を晒しながら走り抜けるというのはぞっとする。渡河も危険だ。夜ならともかくまだ明るい時間帯だ。見逃してくれるほど『ロイヤルダークソサエティ』も間抜けじゃない。


 ラスティは別のルートを提案することにした。都市を東西に貫く線が地図に描き出される。


「地下坑道を使うとしよう。この領地の地下にはアリの巣みたいに地下坑道が走ってる。『ロイヤルダークソサエティ』もすべてを警戒することはできないはずだ。この宿屋のすぐそばにも入口がある。運河の下にもトンネルがある。それを辿る。上手くいけば戦わずして包囲の内側に飛び込めるかもしれない。情報を収集し、メーテルリンクを助け、そのまま見つからずに地下坑道で撤退する」

「地下坑道……そうね。地上で大弓の黒騎士から十字砲火を受けるより地下を通る方が安全かもしれないわね。分かった。デュナメス、キュリオス、ヴァーチェもそれで良い?」


 エクシアが尋ねるデュナメスは自信満々という風に親指を立てた。


「ああ、もちろんだ。早く『ロイヤルダークソサエティ』を殲滅するぞ。皆殺しだ。やつらに慈悲なんてくれてやるか」


 デュナメスは自分の武器を愛おしそうに撫で上げながら言った。横でキュリオスが肩をすくめる。


「私は二人の判断に従うよ。けれど、デュナメスはこう言ってるがあまり戦うべきじゃないと思う。包囲のただ中に飛び込むんだ、危険な行為だ。今までとは比べ物にならない。迅速に行動して速やかに脱出しよう」

「私も同意見だ。極力戦闘は避ける方向にする」


 ラスティはキュリオスの意見に賛同を示す。エクシアも頷いて方針が決まるがデュナメスだけは不満そうに頬を膨らませていた。


 ラスティたちは地下坑道の入口に向かった。


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