悪徳貴族の、イメージ改善、慈善活動！！

第4話：青天の霹靂

　姿勢を正して、身嗜みチェック、髪をセットして、爪先を地面にあてて靴を鳴らす。バックを手に取り、馬車へ。

「行くとしようか」

　数日前より王都にて行われた『祭』の見学及び王都の観光をし、ようやく今日、自分の屋敷に戻ってきたラスティは深夜近くになっていたが、『慈善活動組織アーキバス』の拠点に向かって馬車を走らせる。

「おっ、帰ってきたな。我が親愛なるボスが。待たせやがって。寂しかった」

「ただいま、デュナメス」

　飛び込んてくる緑髪ロングヘアーの犬系獣人の女性であるデュナメスを受け止めると抱き締めて、拳と拳を合わせる。

　デュナメスはこの組織において超優秀な戦闘要員でありムードメーカーである。もっとも頭脳面では他のメンバーに大きく劣っている。

　戦闘100点、他0点の緑色の髪をした女の子だ。

「ああ、もうこの馬鹿犬っ！！　また主に甘えて……」

　そんなデュナメスへと近づき、彼女へと注意するのはオレンジショートヘアーの猫獣人、『慈善活動組織アーキバス』においては諜報活動を主に行っているキュリオスである。

　キュリオスはあらゆるものを器用にこなしエクシアに次ぐ才能と上達の速さを持つ器用万能である。しかし優秀であるが故に飽きっぽい部分も強く、物事を極めるということはしないという欠点もあった。しない、というよりする前に興味を失う。

　全科目80点のオレンジ色の髪をした女の子だ。

「構わないさ。ただいま。キュリオス」

「ぅ……はい、お帰りなさい」

　デュナメスと離れて、キュリオスを抱きしめる。そして拳を突き合わせる。

「ふふ、ボスにかかればお堅いキュリオスも形無しだな」

「なんで君が自慢げなのか理解に苦しむよ、馬鹿犬。主様、二人が待っています。どうぞ、エクシア様たちにも顔を見せてあげてください」

　自慢げなデュナメスに苦笑するキュリオスに寄り添われながら拠点へと向かっていく。するとメイド姿のエクシアが出迎える。

「……お帰りなさいませ。ラスティ様」

「エクシアは屋敷の外でもメイド服なのか……」

「いちいち着替えるのも面倒だし、身分保障してくれるこの姿は便利なのよ。じゃあ、はい」

　エクシアがまず、ラスティの方へと近づきそして抱擁する。それにラスティも応える。

「ただいま。暖かい出迎え感謝するよ」

「ふふ、何をいまさら……当然の事ですよ」

　二人はそうして微笑みを向け合う。

「おかえりなさいませ、ご主人様。貴族としてのお勤めお疲れ様です。ご気分の方は大丈夫ですか？」

「ああ、私の体調や感情は安定している。心配にしてくれてありがとう、ヴァーチェ」

　次にラスティへと声をかけたのは紫色の髪を伸ばしたヴァーチェ。

　文官としてラスティとエクシアの補佐を努めている者である。

　又、慣れない環境のストレスに参っていたところ、ラスティが気分転換になればと自分の転生前の世界での物語を読み聞かせたのが切っ掛けで物語の創作を趣味にしつつある。

　更に彼女は『科学分野』における技術に長けた女性であり、設備さえ整えばラスティの転生前の世界の文化すら再現出来るだろう能力を有してもいる。

　ラスティは『高い社会的身分』と『高水準の頭脳と戦闘能力』、そして『慈善活動組織アーキバス』として救われぬ者達の受け入れ先であり仕事場所を提供するパトロン。

　エクシアは『メイド』と『文武両道』により『慈善活動組織アーキバス』を導く実質的なリーダー。

　デュナメスは『圧倒的な戦闘能力』により攻守を支える戦闘員。

　キュリオスは『器用万能』から来る諜報活動によって情報を獲得して有利な状態に持って行く『ゲームメイカー』。

　ヴァーチェは入ってくる知識や情報を整理して纏めて報告する『管制室』。

　それぞれが得意なこと、苦手なこと、できること、できないことを理解してより良い世界を目指して活動していた。

◆

　翌日、慈善活動組織アーキバスから帰還して朝にて行う手合わせの前、瞑想による魔力制御の鍛錬をラスティとメーテルリンクが行っていた時に起きた。

「っ、うくっ！！　あああ！？　あああ！！」

「なんだ……何が起きた！？」

　メーテルリンクの魔力が突如、激しく暴走を始めた。それはダイモス細胞の暴走によるものだった。

　巨大な肉塊へ膨張し、破裂するメーテルリンク。

「ダイモス細胞……その活性化現象か！　まさかメーテルリンクがダイモス細胞を宿しているとは……」

　暴走状態が沈静して肉塊状態になった者の治療ならばやったことがあるし、平気だった。しかし、今は戦いつつ治療しなければならない。

　目の前の巨大な怪物は、巨大な瞳から水を流している。それはメーテルリンクが流している苦痛からくる涙のようだった。

　初めてだ。失敗することになるしれない。メーテルリンクが死ぬかもしれない。しかし、このまま放置なんてことは絶対にできない。

「戦闘と治療。両方しなければならないのが辛いところだ……だが安心しろ、メーテルリンク。全力でお兄ちゃんを遂行する！！　変・身ッ！」

　その声に、ゴーレムコアを用いた装備が光と共に全身を覆い尽くして、姫を救う騎士が誕生する。

　手に持つ剣に魔力を流して、刃と盾への変形を軽く行って調子を確かめ、それに合わせる様に両手足を振るい、その重量と調子を確かめる。

（コンディションはノーマル。天気は晴れ。気分もプレーン。やや心拍数が早いが……誤差の範囲）

　時間で言えば三秒ほどの確認作業。しかしそれはもはや意識する前に始まっており、そして終わるのと同時に体が前に飛び出す。

　全力で前へと向かって跳躍する。そしてメーテルリンクを空へ引きずり上げる。数百メートルを一度の跳躍で空の階段を駆け抜け、そして一歩目を空気を踏む。

　その衝撃にひときわ大きな金属音が響く。原因は全身を覆っているアーマー、そして威力も速度も隠す気のない自分の踏み込み。それに耐えた大気が反応し、震えている。

　その音は響く。そして荒ぶる怪物を目覚めさせる。

　メーテルリンクから触手が出現するのと同時に跳躍へ入る。体を全力で前へと飛ばしつつ、更に加速する。

　ダイモスは人類の敵。

　他者に寄生して、増やして、殺すモンスター。

　そして目の前でそのモンスターに妹が犯されそうになっている。

　ならば殺す。

「魔力循環・始動」

　全身に魔力が宿る。ターゲットである暴走状態のメーテルリンクの姿が良く見える。背中には大きな口がある。そして牙が生えている。更に喉には巨大な槍のようなものいくつもある。

　そしてそれは次の瞬間に肯定される。暴走したメーテルリンクの背部から槍が十数と一気に射出され、此方の体へと向けて放たれる。真っ直ぐ進めば絶対衝突してしまうようなその軌道に一切焦ることはなく、そのまま呼吸を整え、そのまま空気を踏みしめて、風を感じつつそれを突っ切る様に前へと踏み込む。

「属性変形・雷槍穿ち」

　雷の槍で殴り抉る。

　接触と同時に手首を捻り、殴った拳が沈むのと同時にその表面を削り、肉を削ぐように抉る。相手が金属であっても通じる。それは相手がまるで粘土の様に流動する事の出来るダイモスだからこそ出来る事。

「属性変形・炎舞一閃」

　大気を軽く蹴って、呼吸を整える。再び全身に力が漲る。そのまま動きを止める事なく突出しているメーテルリンクの顔面に炎を纏った三連撃を繰り出し、体を捻りながら回転蹴りをくらわし、自分の体を後ろへと蹴り飛ばす。その瞬間、暴走したメーテルリンクが黒いガスが覆い、そして発光。

　空中で回転しながら着地するのと同時に、炎と共に発光するメーテルリンクの姿を目撃する。

　衝撃や打撃ならともかく今のはまともに喰らえば即死すると判断してのことだった。暴走したメーテルリンクの発光、炎が収まって行くのが見える。

　状況を整理する。

　暴走したメーテルリンクは空の上にいて、雷と炎を喰らってダメージがある。そして落下中。

　対してラスティは高速移動魔法格闘戦で魔力こそ消費したものの傷はなし。地面に立っている。

　空にいるメーテルリンクと、大地にいるラスティ。

「もう少し、削る必要があるな」

　基本的なラスティの戦い方は先手必殺後手必殺である。相手がその必殺性を発揮できる前に完膚無きまでに破壊し、蹂躙し、そして狩り殺す。

「属性変形・水鳥飛来と冷冷気」

　魔力で作られた水の鳥が、更に氷で覆われていく。頭上からダイモスの肉槍が降り注いでくるのを認識する。それを理解するのと同時に前方へ、メーテルリンクの落下地点の真下へ移動する。

　背後から地面を抉る音を感じる時には既に体は地を蹴り、そして空を一度蹴り、ダイモス細胞に侵食されたメーテルリンクの真下へ一瞬で到達していた。

　静かに氷の鎧を纏った水鳥が飛翔する。

　メーテルリンクに突き刺さるとそのまま内部で口を開き、細胞に食われる前にダイモス細胞の方を引きちぎる。

　金属と生体の混じったブチ、と嫌な音を響かせながらパーツが分解されていく。それを握りつぶす様に氷の鎧を纏った水鳥に捕食させつつ、片翼で左側を力任せに引きちぎる。顔も、口も存在しない為に悲鳴の音は聞こえない。その代りその痛みが、苦しみが振動としてメーテルリンクの全身から伝わってくる。だがそれを気にする事無く引きちぎった肉塊を投げ捨て、氷の水鳥は正面の分厚い肉の壁を抉る様に突っ込んでから引き裂き、その内部を盛大に噴出させた。

「属性変形・最終展開」

　小さな花がラスティの手のひらに生まれる。

「【理想夢物語】」

　それは魔力で現実を塗り替える魔力の属性を変形させるシリーズの中でももっとも難易度の高い技。

　それは宙をキャンバスに色彩を加えるか如きに等しく、まさに神業。

　都合の良い理想。

　夢みたいな妄想。

　それのみで現実を押し潰して塗り替える。

　最愛の妹が、無事に戻ってくれる姿を描く。

　メーテルリンクが地表付近でラスティにキャッチされる頃には、もとの綺麗な姿を取り戻して、ダイモス細胞による後遺症も一切なかった。

「凄いな、我らがボスは」

「主様の属性変形……初めて見ました。私達は一つの属性変形がやっとなのに」

「全部使えるラスティ様は最高です」

　デュナメス、キュリオス、ヴァーチェがただならぬ魔力反応を感知してやってきて、先程の戦いの感想を述べる。そしてエクシアが静かにラスティの側に近寄る。

「今の数十秒ので戦いで気付ける者は少ないでしょう。しかし念には念を入れて警戒レベルを上げます。周囲数キロに警戒網を配置しておきます。もしかしたら『ロイヤルダークソサエティ』が動くかもしれません。何かあればご報告します」

「すまない、手間を取らせる。ありがとう」

「では他のものを下がらせます」

　そうして、メーテルリンクは指示を出してこの一件は終わりを迎えた。