僕は全てを覚えている~生きて来た世界の記憶と能力をすべて引き継げる男が選んだ選択は~

なごみ豆腐

1章 始まりの村

第1話 プロローグ

 9歳にしては幼い身体の少年エルマーが雲一つない晴天の下で村の中心にある池で釣りをしている。決して楽しんでいる訳ではない様で目は死んでいるし釣り針に付けたエサはもう取られてしまっているのに気が付いていない。


 そんなエルマーの元に母親のデレシアがパンと串焼きの肉が入った籠を抱えて小走りでやって来た。


「何だかつまらなそうじゃない、何も釣れないの?」

「どうでも良いよ、今日はお父ちゃんが森に連れて行ってくれるって言ったのにさ、嘘つきじゃないか」


 エルマーが村の外に出るには父親と一緒でなければいけないと言われていて、ただでさえ月に1度あるかないかなのに朝起きると遊びに行くはずの父親の姿は何処にも見当たらなかった。


「仕方がないでしょ、お父ちゃんに急な仕事が入ったんだから、そんなに不貞腐れないでよ。ねぇねぇ、それよりもう直ぐ10歳になるんだから王都でお祝いしようね」

「…………王都って何?」


 エルマーが王都の単語を聞いたのは初めてなのでそれがなんなのか全く想像が出来ず首を傾けながら眉を細めている。


「う~ん、そうよね……何て言ったらいいのかな、人が多い場所で店には色んな物が売っているのよ。その日は好きな物を好きなだけ買っていいからね」

「店? 買っていい?」


 またしても聞いた事が無い単語が母親の口から出てくるので頭の中が混乱してきてしまいには身体が熱くなってきたように感じて来た。


「あぁもう、そうよね、そうなっちゃうよね……どうしたのよ、顔色が悪くなってきてるわよ」

「何だか頭の中が変…………」


 エルマーは自分の頭を両手で抱えこむとそのまま座り込んで目が虚ろになり、次の瞬間には意識を失ってしまった。


「ちょっと、エルマーちゃん。エルマーちゃん」


 デレシアは見た目は華奢な身体をしているのだが軽々とエルマーを抱え上げて勢いよく自分の家に向かって走り出した。


~~~


 エルマーの部屋にはベッド以外は小さなテーブルが一つと5段のタンスがあるだけの殺風景の部屋で窓からは月明かりが入っている。


 その中で目を覚ましたエルマーはこめかみを揉みながら上半身だけを起こした。


 ふ~う、思い出したか。さて今度の私はどんな風に成長しているのかな……なんとまもなく10歳か、こんなに早く記憶を取り戻したのは初めてじゃないか。いい事なんだよな…………。


 普通の人間は転生を実感している者はいないと思うが私は確信している。ただいくら本を読んだり昔話を聞いても世界観がそれぞれ違っているので同じ世界ではなさそうだ。それがどうなのかは神ではない私には分からない。


 私が転生を実感しているのはある世界で女神から「自己継承」というスキルを授かったからだ。ただその世界では神官すらその能力は分からずにただの外れスキルということでかなり冷遇されてしまったがそれが今の私の始まりだと言う事になる。


 初めて「自己継承」の意味を実感できた時は……意味がまるでなかった。なぜならその世界で寿命を全うしようとしたときに思い出したからだ。薬草の影響か病の影響か分からずにそれまで穏やかだったのに錯乱したままその世界での寿命を終えてしまった。あの世界では聖者とまで呼ばれた存在だったのに最後の最後にかなり恰好の悪い所を周りに見せてしまったと後悔している。


 あんまりじゃないか。


 そして次の世界では33歳の時に記憶を取り戻し、その前の世界で身に付けた回復魔法が使える事を知って調子に乗ってしまった彼は新興宗教を開いてしまい。弾圧されて最後は殺されてしまった。


 まぁそんな随分と前の世界の事などどうでもいい。今はこの世界の事を知らないといけないな。


「ステータスオープン…………無いのか」


 やはりあの一度だけか。能力が数値化されるから便利なんだけど仕方がないな。


「あっ前の世界みたいに科学あると……電気は無いようだな、そうなるとテレビもゲームも無いのか、平和な世界だったのに」


 スキルも存在しないようだが、魔素を感じるのでどうやら魔法が使える世界だと思い始めた。そうなるとこれまで覚えて来た魔法が使用出来るの可能性があるので気持ちが軽くなってきている。


「よしっ私の中に魔力はどれぐらいあるのかな……」


 ベッドの上に胡坐をかいて精神を集中させて内に秘めているはずの魔力を探っていく。暫くすると片方の眉を人差し指で掻きながら苦い表情を浮かべた。


「大したことないな、これだと詠唱魔法に頼るしか無いか……やはりゲームがやりたい」


 魔法の事はさておいてやはりゲームへの未練が残っているエルマーは部屋中に痕跡を探したり窓を開けて電線を探したりするがそれらしきものは全く見当たらない。


 もう諦めるしかないな。これ以上探しても虚しくなるだけだ。


「よしっ」


 気合を入れ直して掌で顔をはたき、勢いよく服を脱いで自分の身体を確認する。


「何だよこの貧祖な身体は、おいおい、9歳の身体ってこんなもんだっけ? ちょっとおかしくないか」


 貧弱な身体は魔法の1つである闘気を身に纏ったとしてもたかが知れている様な気がしてまともに暮らす為に最初から身体を鍛え始めなくてはいけないと考えるとどんどん気が重くなってきた。


「あ~もういい。次はこの世界の事だな」


 エルマーの記憶を探ってみると何だか頭が痛くなってきた。


「何だよ、この世界はどうなっているんだ」

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