11 その土竜、ダンジョンで仕事をする

 晴菜たちのライブの5日後、伸忠はフェリと一緒にダンジョンに潜っていた。


 彼女たちがステージに戻った後は、


「ステージ、見ていかないの?」


「特別席を用意するわ。何だったら、舞台袖からでもいいわよ」


 引き留める薫子の誘いを断り、帰宅した。ライブを楽しめるだけの体力の余裕に自信が無かったから。


 ……表向きの理由だ。本音は、晴菜に会えば、アイドルとファンの線引きが曖昧になって、良くないと考えたから。


 ――そうするべきだ。晴菜ちゃんの未来を邪魔しないためにも。


 心の奥底にかすかに浮かんだ別の本当の思いは、さらに奥深くに沈ませる。


 それに表向きの理由も嘘ではない。実際、ライブ会場を出てから身体はだるくなり、帰宅した後、熱を計れば39度。翌日は丸一日寝込んでいた。


真嗣 : 元気か?

真嗣 : 晴菜がお前と折角会えたのに

真嗣 : ほとんど話せなかったって

真嗣 : 不貞腐れているゾ


 真嗣からもメッセージが届いていたが、「悪かった」としか返せなかった。


 熱が冷めた後は、体力の回復に努めながら、「スターライトセレナーデ」の配信番組を見たり、ダンジョン内で使う道具の手入れをしたりしていた。


 そして、今回の探索は第2層。


「よし! チェック終了」


 メンテナンスのチェック作業を終えて、この作業専用のタブレット端末に入力する。それから、足元に置いていた交換済みのカートリッジを前回使ったのより小型のホイール運搬車に積み込むと、今日使っている得物の槍を抱え直す。


 第2層に出るのは長さ30-50cmの巨大芋虫。種類は様々で、総じて「キャタピラー」の言葉が名前の一部に付いているが、日本では建設機械のイメージが強く、「芋虫」の方が通じる。この芋虫、近寄っても自分からは攻撃してこない。注意点は近くに寄って無造作に切りつけると、噴き出した体液を浴びてしまうこと。それで、槍のように少し離れて攻撃できる得物を使うのがポピュラーな倒し方。それはさておいて。


「さあ、フェリさん。次に行きます」


 退屈そうにあくびをしていたフェリに声を掛けると、伸忠は歩き出す。


 今日のミッションはダンジョン内に設置されている通信基地局の保守点検と魔石製電源カートリッジの交換作業。


 ドローンを使ったダンジョン内の動画配信は、無条件で出来るわけではない。ダンジョン内に設置された基地局によって通信インフラが整えられているから出来ること。


 これらを設置・管理・運営しているのが「ダンジョン生態系研究振興協会」。通称「協会」。発足当初から、知らないことが不安に繋がり、さらには恐怖と排除に繋がると考えて、地道な広報活動を行っている。とりわけ最近は、この通信インフラを使ったダンジョン配信を通じて、ダンジョンと探索者のイメージ改善を図る活動を積極的に行っていた。その甲斐あって、初期のイメージ、ダンジョンの得体の知れなさとモンスターが溢れ出て襲ってくる恐怖、探索者への差別意識に根付いた、モンスターの死体を漁るハイエナ、地下に潜るモグラ、そんなイメージは薄れつつある。


 協会の仕事はこれだけではない。と言うか、ダンジョンに関することなら全て、と言ってもいい。


 ダンジョン内の地図の作成、モンスター分布の把握をはじめとして、大学や研究機関と連携した生態系の研究。ポーションなどのダンジョン由来の生産品に関するパテントの管理。海外にある同様の組織との連携と情報交換。ダンジョンに入るのに必要なライセンスの交付。その交付時と更新時に受講が義務付けられている講習会の開催。入る際に提出しなければならない探索計画書の受付。遭難した時の救護活動の実施。探索者への研究機関・企業、時には個人からの依頼の斡旋も手がける。依頼の内容は様々。代表的なのはポーションの原材料の収集。


 「ダンジョンジビエ」も協会が関与する。探索者がダンジョンで仕留めたモンスターを地上にまで持って上がって、協会に引き渡せば、あとはロボットによって自動で解体処理され、売却される仕組みになっている。


 ――この辺りはメチャクチャスマートなんだけどな。


 でも、そうすると協会が決めた取引価格でしか探索者は収入を得られない。より高額な収入を得ようとするなら、高額依頼を探してそのニーズにあった仕事をする必要がある。依頼を受けていれば、その依頼元に優先して売却される。けれど、協会のHPでの依頼の探しづらさには定評がある。


 ――この辺りはメチャクチャスマートじゃあない。


 「役所仕事の昔からの定番」なんて言われることもある。だから、「居酒屋までま」のように、探索者と外の人間が繋がる場所は重宝される。


 直章からの良質の食肉の提供依頼もそうだし、これまで伸忠が請け負った依頼の中には、好事家からの剥製注文に応えるために傷がほとんどないモンスター討伐、間違いの多いダンジョン内の地図の修正箇所の報告、酒造メーカーからの日本酒醸造に使える麴菌の採集なんてものもあった。閑話休題。


「さて、フェリさん。次はちょっと訳アリのようなので、少し警戒しながら近づきます」


 次の通信基地局が見え始める前に、伸忠はそう囁くと、スキル「観察」を使って警戒レベルを上げる。


 フェリも、チラッと伸忠の方を見て、「面倒くさいな」と言わんばかりの目をした後、ゆらゆら揺らしていた尾の動きを止め、足取りも慎重なものに変えた。


 「訳アリ」とは、協会の依頼を受ける際に提示された情報から、次の通信基地局の機能がダウンしていることが分かっているから。


 そうすると問題が出てくる可能性が生まれる。


 1つは目印がない。


 ダンジョン内はアカリゴケと名付けられた発光するコケの一種によって、最低限の光がある。足元の地面の凸凹を辛うじて認識できるレベルだ。3層から下は、アカリゴケの他に、周期的により強い光を発光するタイヨウゴケによって、昼と夜の区別があり、昼間は煌々こうこうとした灯りに包まれている。でも、1層と2層はダンジョン迷宮の名前の由来になった通り、坑道のような地下通路が迷路状に入り組んでいて、光もわずか。そのため、基地局に設けられている照明は灯台のように探索者にとって格好の目印になる。


 その基地局の灯りがない。


 場所的には、伸忠の目に基地局の灯りを捉えられるポイントに来ているのだが、見えない。


 さらに、歩みを進めていくと、アカリゴケのぼんやりとした灯りの下に基地局が現れた。


 ――見えた。


 伸忠が左手首の通信端末をチラリと確認すると、圏外になっていた。事前の情報通り、基地局が機能していない。この場合、ドローンカメラによるリアルタイム配信は一時停止されるが、動画撮影は継続されている。通信が回復すると、配信は再開され、中断されていた分もアップロードされる。


 問題の可能性のもう1つは脅威の存在。


 ――さて、厄介なのはいるか?


 スキルをフル稼働して辺りの気配を探る「観察」する


 芋虫は自分からは攻撃してこないが、ごくまれに第3層のゴブリンが第2層に上がってくることがある。実際、この近くには、第3層から第2層に上がれるルートがある。上がってきたゴブリンは第3層にいる時よりも攻撃性が高く、当然、芋虫よりも強いため、探索者初心者が倒すには荷が重い。


 発見次第、中堅以上の探索者に討伐依頼が即座に出されるのだが、そのゴブリンであっても通信基地局をダウンさせる知能はない。それに、そうした下層のモンスターが上層に現れる際には目に見えない兆候が表れ、伸忠のスキル「観察」が警告して来る。そもそも、そういう時はダンジョンに潜らない。だから、この場合の脅威は……。


 初心者を鴨にする不良探索者。配信という証拠が残るにもかかわらず、モンスターと対峙する暴力性ゆえにダンジョン内の犯罪は後を絶たない。恐喝、ゆすり、たかり、窃盗、傷害、さらには、強盗、殺人も。機能が停止した通信基地局は、彼らの格好の拠点となる。もちろん、被害者がSOSコマンドをドローンカメラに出したら、即座にドローンは移動を開始し、通信可能になると同時にSOSサインを協会と周囲の探索者に出すが、助けが来るまでのタイムラグは生まれる。さらに、法律によってダンジョン内の犯罪は地上よりも重く処罰される。日本のダンジョンは海外よりも犯罪発生数ははるかに少ないが、それでもゼロではない。だから、伸忠はその可能性を排除せず周囲を警戒する。


 でも、何もない。


 フェリと視線を交わし、周囲に異常がないことを互いに確認した後、警戒を解く。


 伸忠はタブレットの中にある作業指示書に従って、動画を撮影しながら、まず電源カートリッジが入っている所を空ける。


 中は空っぽ。


 ――なんで、こんなことをするのかな。


 動画の撮影を続けながら、新しい電源カートリッジを入れて、蓋を閉めて、起動ボタンを押せば、基地局は再起動を始める。あとは、タブレットの指示に従いながら、決められたチェック箇所を確認するだけ。同時に、基地局に設置されたカメラで撮られた機能が落ちる直前の映像が協会に送信され、解析される。つまり、電源カートリッジを盗んだ犯人が明らかになる。解析成功率は99%。そこからはストレート。探索者ライセンスが剥奪され、窃盗事件として告訴状が警察に出される。このことはライセンス交付時の講習会ではっきり言われることなのだが、それでも魔に差される探索者はゼロにはならない。基地局のカートリッジは大容量のため、地上で売れば最低でも50万円以上になる。


 ――まあ、新しいカートリッジを入れてお終いだけだったから、良しとしよう。


 故障の場合は、故障個所の割り出しをする必要があった。それも作業手順書に従ってやるだけの単純な作業なのだが、時間はかかる。


 だから、気を取り直して、次の基地局に向かおうとして……、


 伸忠は槍を抱え直した。腰を落として、半身になり、穂を前に向ける。穂先の向こうには、黒い芋虫。濃くくすんだ緑色が多い芋虫の中で、黒は珍しい。 加えて、灯りが乏しいこの辺りでは、周囲と同化して見つけにくい。


 その黒い芋虫に向けて、スキル「観察」のアシストを受けながら、急所を一突き。辺りに、芋虫の真っ黒な体液がバッと飛び散る。穂に刺さった芋虫を手元に引き寄せ、腰から左手で保存袋を取り出し口を開け、さらにナイフを取り出す。そのナイフで、芋虫の身を裂き、中身を露にする。そして、目当ての器官を取り出し、保存袋に入れる。


 ――よし! 副収入ゲット!


 この器官、1週間ほど寝かせた後、ある処理を行うと、ポーションの品質を上げる触媒になるから、高値で売れる。先週の取引価格は124万円。


 この素材を発見したのは伸忠。探索者になってから、ポーションを自分で作れることを知ってから、新しいレシピ開発に没頭していた時期があった。ダンジョン内に素材やら作成途中のポーションなんかを持ち込めば、スキル「観察」を使って改良の糸口をつかめることを気付いてからは、さらにのめり込んだ。


 もちろん、失敗もすでに知られていたことも山のようにあったが、黒い芋虫から取れる素材のように伸忠が最初に発見したものもある。


 この素材を使ったレシピも協会に登録しているから、このレシピでポーションを作り売れば、販売価格の0.8%がパテント料として協会を介して伸忠の口座に振り込まれる。


 他にも、協会に登録してあるのは、レシピも含めて、12。品質維持効果がある別の触媒は、今では世界で作られるポーションのほとんど全てに使われている。逆に、先日アルファロークに使った麻酔薬のレシピなんかは、伸忠以外使わない。このように埋もれて使われていないものもあるが、彩寧に使わせたポーションを染みこませたテープは、そのアイディアから「居酒屋までま」の常連の製薬会社の人と一緒に作ったもので、医薬品として販売製造ができる一歩手前、承認審査の段階まで来ている。従来の液体のポーションを傷口にかけるよりも高い効果を得られるとかなり期待されている。さらには、協会には登録していない自作用ポーションレシピを、直章を通して、信頼できる探索者に配ったりもしていたり……。閑話休題。


 保存袋を運搬車に乗せているザックの中にしまうと、


「フェリさん、行きましょうか」


 毛づくろいをしていたフェリに声を掛け、次の基地局に向けて歩みを再開する。



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