弟が『懺悔』という作文を書いたそうです

@sea-78

弟が『懺悔』という作文を書いたそうです

「ねえ聞いて聞いて! 今日ボク、授業参観だったでしょ? そこでねー、皆んなの前で作文読んだの。そしたらママとパパがすっごい褒めてくれたんだー。『発表も堂々としてたし、文章もしっかり書けて偉い! お姉ちゃんにも聞かせてあげなさい』って。だから今からここで読みたいと思います」

「読まんでいい。私は今、夜の静かな時間過ごしてんだ。あんたの発表会に付き合えないよ。それにいつも言ってるけど、部屋に入る時はノックしろって――」

「コホン。それでは……」

「聞けやクソガキ」

「『懺悔』三年二組、浅見隼人」

「……ざん、げ?」

「あ、このタイトルはねー、今回の作文のテーマが『謝りたいこと』だったんだ。だから懺悔」

「難しい言葉知ってんな。素直に褒められないタイトルでお姉ちゃんリアクションに困るよ」

「コホン。改めまして……『謝りたい。このテーマを先生に言われた時、ボクは頭を抱えました。何故ならボクはいつも真面目に、かつ素直に生きていて謝るような悪いことはした覚えは一度もないからです』」

「お袋のスマホのロック勝手に外して隠れてソシャゲやってたろ。今すぐ謝ってこい」

「『このままでは作文が書けない。何か普段の生活の中で悪いことをしなかったかと、原稿用紙に向き合って必死に考えました。なん十分か考えて、ママがヤンチャしていた頃の話を思い出しました。その昔、ママがヤンキーだった頃、色んな大人達に迷惑を掛けまくっていたとお婆ちゃんから聞いたことがあります。そこでボクは思いつきました。自分に謝るようなエピソードがないのなら、家族が過去に犯した罪を代わりに謝ってあげようと』」

「何様やねん」

「『お爺ちゃんやお婆ちゃん、パパやママのお友達や知り合いや会社の人、そして本人達にも取材して罪を掘り起こしました。今日はこの場でそれらについて懺悔いたします』」

「そんなに意気揚々と発表することじゃないぞ」

「『まずは一家の大黒柱、パパから』」

「一撃で家庭倒壊しそう」

「『パパは昔、ママとまだ付き合っていた頃、三股を掛けていたそうです』」

「これホントに発表したの? クラスの空気最悪だったろ」

「『結婚してお姉ちゃんが産まれる前も、会社の後輩さんと仲良くしていたそうな。その後輩さんが一ヶ月で会社辞めちゃったから、それからは一切連絡をとっていないと言っていました』」

「……なんか家族で私だけ鼻筋違うなって思ってたけど、そいうこと?」

「あ、これパパにお姉ちゃんだけには言うなって止められてたっけ。ごめん、今の忘れて」

「確定じゃん」

「『次にママについて。ママが一番悪いことをしていた時期はやっぱりヤンキー時代で、でもその頃の悪事は毎回大人にバレて説教されていたそうです。だからママに取材したら、全部償ったから今更謝るようなことはないって言ってました。でもボクは嘘だと思いました。ママはとっても優しい人だけど、平気で嘘をついたり、騙したりする詐欺師みたいな匂いがプンプンするからです』」

「息子からの信頼ゼロじゃん。母親の資格返上した方がいいよ」

「『三時間ぐらい問い詰めると、ママは皆んなには内緒ね、と言って教えてくれました。実はママはパパが浮気や不倫をしていたことを知っていて、その度に浮気相手の女の子達を逆に寝取っていたそうです。パパの会社の後輩さんが一ヶ月で辞めちゃったのも、ママにメロメロになってママの職場に転職したからだそうです。でも「これはパパへの腹いせでやったことだから、パパが浮気なんてしなければママもこんなことしなかった。ママは悪くない。パパが悪い。ママは懺悔しなくていい」と言っていました。ボクもそう思います』」

「理由がなんであれ、結婚してるのに他人と同衾した時点で同罪だよ」

「『最後にボクの大好きなお姉ちゃんの罪について話したいと思います』」

「ないだろ、お姉ちゃんにそんなの。ていうかあっても言うな」

「『とは言っても、お姉ちゃんには罪なんてひとつもないとボクは思います』」

「うん」

「『確かにお姉ちゃんは不良でした。学校もよくサボってゲーセンに行ってたし、教頭先生にキレて土下座させてたって話も聞いたことあるし、未成年なのにタバコもお酒も嗜んでたけど』」

「お前、全部言うな! 世間体とか知らないの⁉︎」

「『でもゲーセン行ってたのは引きこもりになった友達を、暇なら遊びに行こうぜって、外に連れ出すためだったし、教頭先生殴ったのも教頭先生が他の先生の陰口言ってるのを聞いて、本人に直接言えって怒鳴ったのがきっかけだし、タバコも吸ってたの一ミリだし、お酒もノンアルだし……どれもこれもなんとも言えない微妙なラインで、罪や悪事とは言いづらい、玉虫色のエピソードばっかりです』」

「…………」

「『お姉ちゃんはママみたなヤンキーに憧れてたけど、ボクからするとただちょっと悪ぶってるだけの良い人だったと思います。今回、作文のテーマを聞いて色々調べるうちに懺悔や大罪っていう言葉を知りました。難しいことばっか書かれていてよく分からなかったけど、例えお姉ちゃんがおっきな罪を犯していたとしても、周りの皆んなから謝るべきだって言われたとしても、悔い改める必要はないです。だってお姉ちゃんはなんの宗教もなんの神様も信じていなかったから。自分の今までの行いを「私は正しいことをしたんだぜ」って胸を張っていればそれでいいと、ボクは思います。そんなカッコいいお姉ちゃんのままでいて欲しいと思います』」

「……綺麗に纏めればいくら暴露しても許されるとか思ってない? そういうとこ親父に似てんな」

「『ということで話が長くなりましたが、この場を借りて我が家の唯一の罪人、パパに代わり懺悔いたします。色んな女の子に手を出してすいませんでした』」

「その場にいたんだから本人が謝れよ。息子に懺悔させることでより罪深くなってるぞ」

「……これで発表を終わります! ありがとうございました」


 ◆


 深々とお辞儀をすると、隼人は顔を上げて作文を折りたたんだ。ちょっと照れくさいのかはにかみながら、「上手だったでしょ」と自信に満ち溢れた目を私に向ける。

 

「お姉ちゃん、ちゃんと聞いてくれたかなあ」


 ポツンと、寂しそうに隼人は呟いた。

 

「明日もお話、聞かせるね。おやすみ」


 それだけ言い残すと隼人は部屋の電気を消して、出ていった。

 

 夜の暗い部屋に私は存在感もなく漂う。

 私が死んで早一年。可愛い弟は毎日この部屋に来てその日あったことを聞かせてくれる。あんなことがあったよ、こんなこともあったよと喋る隼人は楽しそうで、でもこの部屋を出ていく時はいつも泣きそうな顔をしていた。

 その顔を見る度、私は心臓を貫かれたような苦痛に苛まれた。


「蘇生願望って大罪に含まれてたりすんのかね……」


 キリシタンでもない私に、答えてくれる神はいなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

弟が『懺悔』という作文を書いたそうです @sea-78

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ