おたまじゃくしのじぶんさがし

HerrHirsch

ダグラシアの森

おたまじゃくしが人間に転生する。そんな荒唐無稽な事柄が、現実に起こるのがこの世界。僕、おたまじゃくしのタマは、人間に転生しました。



僕、タマは、川に生まれたおたまじゃくし。人間の女の子に拾われて、飼われていたけれど、家が隣の家の火事に巻き込まれて、僕は死んじゃった。

起きると、女神さまが居た。

「貴方は、まだ自分が何者かを知りませんね。もっと深く、自分について知る必要があります。これからあなたに、一般の日本人に施される程度の基礎教育知識を流し込み、またある程度の魔法教育知識も入れて、異世界、フェルリアと呼ばれる地に人間として転生させます。そこで、貴方は自分が何者なのか、深く問い詰めるべきでしょう。」

そう言われて、起きると、僕は人間になっていた。黒髪黒目、おでこを大きく出して、アホ毛がぴょこっと生えている、可愛らしい姿。水面に映った僕は、おたまじゃくしの特徴をよくとらえた、美少年になっていた。黒の薄い半袖シャツに灰色のショートパンツ、白のスニーカーと、身体の色合いは肌以外は前世とそんなに変わらない。

「これが…僕?」

驚いたけれど、実感はない。なんだかとってもいい気分。喋れる、歩ける、感じられる。世界の全てが小さく見える。大樹も、池も、空さえも、この世の自然全てが、僕の手のひらと触れられるところにあるような気がする。楽しい。僕は世界に触れた。

「なんて素晴らしいんだ!神様!僕、頑張ってみるよ!」

自分探しの旅。その始まりを、ここには居ないあの神様に誓う。僕の旅は、こうして緩やかに始まりを告げた。


辺りを歩くこと少々。何もかもが新鮮に見える世界にワクワクしながら、僕は獣道を進む。この一歩一歩地面を踏みしめる感触さえ、僕には真新しい。歩くのがやめられなくなっているのに気が付いて、少し足を止めれば、小鳥のさえずり、兎が通って揺れる草むら、そよ風にたなびく木の葉の合唱、獣たちの威嚇する鳴き声、そんななんてことない日常の風景が、どこまでも僕に伝わってくる。なんて綺麗なんだろう。こんなに素晴らしいものの中で自分が過ごしていたのに、こう感じたことはなかった。人間だから?異世界だから?どちらでもない。僕は、世界を、見ていなかったんだ。今は、その機会を与えられて、世界を直に見て、聴いて、そして感じている。

「全部、ぜーんぶ僕だ!世界は、万物は僕のもの!そんな感じがするな!」

これが人間の言う【躁】ってやつなんだろう。とっても楽しい。何もかもを許せそうな気がする。今なら何でもできる、そう感じられる。空だって――

「――空だって、飛べる。」

僕は、魔力を込める。体全体の流れを、足裏から地面へと滝のように叩きつける。そうすれば、地面は砂塵を巻き上げて、僕の視界は一気に開ける。

「は、はははは!夢みたいだ!」

魔法。それは神様が一部の生物にだけ与える、転生の恵み。それを与えられなかった人類は羨み、恨み、魔の法、魔法と名付けた。とっても人間らしいいい話だ。だから魔法使いは人間社会では迫害こそされないが忌避される。それだけに尊敬も集める。そういうところが、面白いらしい。

「焔よ、この森を拓いて。」

そう言って手のひらから魔力を放出すれば、極大の炎がものすごい勢いで森を焼き払い、地面をえぐり取る。

「あっははは!すごいすごーい!神様はこれをして、僕の奥深くをさらけ出そうって言うんだね!」

凄いことだ。僕は流し込まれた道徳教育から、国語教育から、人の気持ちというのをよく理解しているつもりだ。神様が与えたのだから、それは確実なものだろう。だというのに、僕はこうして多くの命の芽吹く森を焼き払っても、楽しさしか覚えない。素晴らしい世界に、一輪の花を添えたような、そんな達成感が僕の心を満たしている。なんて壮絶な事実。僕の中の罪悪感は、この悦びに一切歯が立たない。

「ははは――ってあれ?人?」



(いてぇ……)

俺はこれ以上ない危機を感じていた。さっきの火炎魔法。世界最大の炎系魔法を放つ生物である炎竜でも、あそこ迄巨大な火炎魔法は発しない。つまり、それを越える、世界最強レベルの生物が、ここにはいる。幸い、体自体は安定している。あれは広域燃焼魔法であって攻撃魔法ではない。ただただ、森を焼き払う焔を放射することが目的の魔法であって、人間の殺傷を主眼に置いていない。故に、防御魔法で辛うじて防ぎきることが出来た。だが、この威力。これを一点に集中して薙ぎ払うような使い方をすれば、遥かに効果的な戦闘能力を得ることが可能になるのだ。それをしていない理由は分からない。あえて被害を抑える目的でしたのかもしれないし、むしろそうしようとしたが魔力が暴走してこれほどの被害を生じさせてしまったということも考え得る。どちらにせよ未熟な魔法使いであることは間違いない。これほどの攻撃を放つことのできる魔力適正を持つ魔物は存在しない。どう考えても、ハイエルフやそれに類する人型上位種族の魔法使いであろう。

さて、俺の事を紹介しておこう。俺はマクドネル・デュグ・ダグラシア・フォルエルハート。ダグラシア王国の王室に名を連ねるフォルエルハート辺境伯家の長女である。取り敢えず簡単に言えば、男勝りで愚弟どもを鍛え上げ、父から爵位を継がされそうになったから早々に研究者として王立大学院で働くことにした、魔法使いだ。一応王国では一二を争うと言われているくらいの魔法使いなんだが、そんな俺でも今の攻撃を完全に防ぐことは難しい。どうする事も出来ないというわけではないが、本気でこの魔法を撃ったやつと戦えと言われたら、まず間違いなく国軍を呼ぶ。

「えーっと、大丈夫ですか~!」

……喋れるだけ、ありがたいと思おう。人間、それも子供。身長はせいぜい120cm前後程度に見える。非常に幼い、軽装の少年だ。まるでそれが当たり前であるかのように、魔法を発動する杖を持っていない。だがそれはまだいい。幼い。幼過ぎるのだ。人間に限らず魔獣も魔物もエルフでさえも、成長と共に魔力が増え、老いと共に魔力が減るのが世の理。だというのにこの少年、この若さにしていったいどれほどの魔力を蓄えているというのだろうか。隠す気すらないのだろうが、莫大な魔力が溢れ出ていて、気を抜けば失禁してしまいそうなほどの迫力が常時当てられている。こんなものを前にしても、俺の思考が冷静であることは幸いだ。

「大丈夫だ。それより、この魔法はお前が?」

俺は、可能な限り平静を保って言った。普通の喋り口調。下手をすれば反感を買って俺だけでなく俺の王国まで滅ぼされかねないが、それは今はどうでもいい。この少年を連れ、可能な限り王国から離れる。そのためであれば、俺は自分の命も家族の命も、同僚の命も犠牲に出来る。それが民と国を守るための礎となるのならば。

「はい!とっても綺麗ですよね!」

「……き、れい?」

この少年は何を言っているのだろうか。森を粉砕して?あまつさえ森に住まう動物たちを片っ端から炭に、いや灰にして?それだけでなく目の前にいる、仮にも長身白髪碧眼巨乳の美女が死にそうになったというのに?いや、自分のことを本気でそう評価しているわけではないが、私と会った者達は皆そう言うものだから、正直この評価に偽りがあるということは無いと思う。白衣を着て、魔法の杖と箒を持って、この姿は写真映えのすることだろう。それにも関わらず、この少年にとってその命の消滅の危機は一切の問題ではなく、《綺麗》なことだというのだ。

私は恐怖と歓喜に身体を震わせる。この少年は、なんて恐ろしいんだ。道徳、生命倫理、人間として生を持った時点でさえあるはずの同情の念でさえ、この少年は持ち合わせていないらしい。それはつまり、人類が躊躇ってきたあらゆる魔法的進歩を一切の章が居なく突き進むことが出来る!!!その何と素晴らしいことか。高揚が止まらない。ここまで心拍が跳ね上がるのはいつぶりだろう。初めて魔法を撃ったときか、初めて魔物を倒した時くらいだ。なんて、なんて理想的な探求者なのだろう。俺はこの少年に、世界の真理を重ねて見た。俺の探し求めるその先が、全てがこの少年の進む先にあるような、そんな気がしてならない。

「少年。俺の弟子…いや、生徒にならないか?」

俺は、この少年を弟子に取りたくなった。この少年に、俺に教えられることはない。というよりかは、教える術を持たないだろう。全てを感覚で体現している。さっきの魔法を見れば分かる。構築、発動、出力、そのどれをとっても最適な回答を、論理だてるものじゃない、カクカクとした現代魔法にあるべき無駄が、あの焔には一切感じられなかった。あれは正しく、魔法のあるべき姿。魔物たちの放つものと同じような素晴らしい魔法が、この少年の手のひらから放たれたのだ。俺は、この少年に人間社会を統率する神になって欲しかった。そう、世界全てをその手に収める、魔王でも構わない、とにかく、世界全ての探求者、その最前線を切り拓く者に。

「いいよっ!僕も人間と一緒に旅がしたかったんだ!」

この少年は、とてつもない笑顔で笑い、俺の胸に飛びついてきた。

「おわっと。」

俺は慌てて抱き留める。軽い。人間とは思えない程、それはそう、おたまじゃくしでも救っているかのような――何故おたまじゃくしなのだ?いや、少年の服装がそう見えたのだろう。この少年を、俺は育て、王にする。そのために、俺の人生を賭ける。それが例え人類にとって不正解であったとしても知ったことではない。王国への忠誠は、この少年を引き離すことで果たそう。だが、人類の長足るべき者への謀反は許されない。この小さな探求者を、俺は、育てていくんだ。



「せんせーはお名前なんて言うんです?」

僕は、せんせーという女性に尋ねる。知らない人だけれど、直感で分かる。とってもいい人だ。なんだかすごいきらきらしていて、夢を見ているような人。綺麗な人だけど、それ以上に中身が輝いている。

「マクドネル・デュグ・ダグラシア・フォルエルハート。」

「まくどねる・でゅぐ・だぐらしあ・ふぉるえるはーと。」

凄い長い名前だ。でも、これくらいなら覚えられる。ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世とか、長い名前は結構ありふれている。

「お前は?」

せんせーは飛びながら聞いて来る。僕の名前は、あの子から貰った短い一言。

「タマ!」

「玉…?いや、タマか。いい名前だな。親にもらったのか?」

「ううん!昔のお友達に!」

説明すると大変だから、曖昧な感じで応えてしまう。でも、嘘は言わない。せんせーが追及してくるなら、包み隠さず話そう。

「そうか。…見えて来たぞ、アルシェ共和国連邦だ。」

「わぁ…!」

高度3000mから、広大な平原に咲くいくつもの大輪の花を見つめる。せんせーによれば、あれが全て人間の作り上げた都市なのだという。青、赤、黄、緑、紫、橙、白、黒、桃。九つの都市国家、議会型共和制の民主主義国家が構成する連邦、それがアルシェ共和国連邦だ。

「取り敢えず、一番近い青の共和国、バリュエル共和国に行くぞ。」

「はーい!」

僕たちは、全速力で青の都へと飛ぶ。下には雲海が広大に。雲を切り裂くように風魔法を放ちながら、ソニックブームを出して超音速で!

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