第4話 怒り②【アデル・マークライト】
私とティアナが屋敷を出ると私の家臣だけが門前にいた。
地面にはカバンがいくつか置かれている。
「ティアナの執事と使用人は?」
「お帰りになられました」
「これは?」
「ティアナ様のお荷物かと。ここに置いておくので回収させるようにとのことです」
「わかりました」
「まったく。なんて家臣だ」
私が手伝おうとするとティアナが止める。
「大丈夫です」
ティアナは精霊の力で全てのカバンを浮き上がらせ、屋敷へと運んでいく。
「あれも精霊の力ですよね?」
家臣が私に尋ねる。
「来る時にも見ただろ?」
「しかし、あの量の荷物を」
「コルデア王家の力なのだろう」
「では、呪いの方も?」
「いや、クリスの呪いは解けない。せいぜい周囲に危害を加えさせないようする程度らしい」
「そうでしたか」
◯
その日の夜はティアナを交えての晩餐会──いや食事会が執り行われた。
こちら側としては父王と母、第1王子の私と愛娘、第4王子、第3王女と第4王女が出席。他の王族は婿養子や嫁いだりしていてこの場にはいない。
ティアナ側はティアナ1人。普通なら向こうも王家のものが出席しておかしくないが、今回はティアナ1人。それゆえ今回は晩餐会ではなくどちらかというと食事会である。
ティアナは最低限の作法を心得ているのか、どこかマニュアル的だった。
まるで丁寧な食事作法をお手本を見せられているようなもの。
会話は基本、おしゃべり好きの母と妹の第3王女マナベルが担当していた。
時折、ティアナは相槌を打つ程度。
「で、クリスの呪いは解けないのか?」
「アデル!?」
母が私を
私だって、このような場では言いたくはない。しかし、誰かが言わないといけない。父は聞こうとしないのでここは第1王子の私が務めなくてはいけないと察した。
母の後、誰も私を諌めないので、話は続くことになる。
「どうなんだ?」
「残念ながら無理です。あれは強い呪詛で私の力でもとても歯が立たないかと思います」
「そうか」
その件は少し前に聞いていたので私はあまりショックはなかったが、父と母、そして妹弟達は目に見えるほど落ち込んでいた。
「おじちゃん、治らないの?」
愛娘のエルザが私に聞く。
「……難しいらしい」
エルザは難しいという意味がどういうこと分からなく、小首を傾げる。
「お前は気にせず、食事をしなさい」
私はエルザの頭を撫でる。
「うん」
「美味しいか?」
「うん」
ふと視線を感じるとティアナがこちらを見ていた。
目が合うとティアナは目を逸らした。
(なんだ?)
「兄上も父親になってからは丸くなりましたわね」
と、第4王女アリーゼが微笑ましく言う。
「なんだそれは?」
「昔は眉間に皺を作ってお食事をしていたではありませんか?」
「そんなことはない」
「あら? 私の記憶ではこの前の外交軋轢の時……これはここでする話ではないわね」
これは失言だと母は口をつぐむ。
それもそうだろう。この前の外交軋轢はティアナの母国コルデア国とのことだ。
◯
今宵は城で泊まることになったティアナ。部屋は客室。私達の部屋と同じくらいの広さで、きちんと貴賓客を迎えるよう、シーツも枕も全て高級品。
「今日は長旅であるのに、色々とすまなかった」
私は部屋を訪れ、ティアナに謝罪した。
「いえ、そんな。全然大丈夫ですよ」
「そう言ってくれると助かる」
そこで会話が止まった。
無言であるのを窮するのか、ティアナは何か喋らなくて狼狽えている。
「え、ええとアデル様はご結婚なされていたんですね」
「ん? ああ」
「奥方様は食事の場にいらっしゃりませんでしたが」
「妻は去年、身罷られた」
「す、すみません」
「今日いた小さいのは私の娘エルザだ」
「可愛らしい娘さんでしたね。所作も大変素晴らしく。お利口さんですね」
「他人がいるときはおとなしいが、それ以外のときはうるさくて困る」
普段の破天荒ぶりには本当に困る。
「これも母がいないからというのもあるのだろう。ゆえに私がしっかりしなくては……っと、すまない」
「いえいえ、私こそ深く聞いてしまって」
「何を言う。貴女はクリスと婚姻する身。なら我が義妹であり家族だ」
その言葉にティアナは驚いたように目を丸くした。
「どうした?」
「いえ、なんでも」
ティアナは頬を赤らめて俯く。
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