おでん星人
いわさ
第1話
おでん星人
『最高に美味いおでんを差し出せ。さもなくば滅ぼす』
一発の閃光で街一つを壊滅させた後、侵略者は言った。政府はこの侵略者をおでん星人と呼称し、反撃を開始。しかし、おでん星人の圧倒的な火力と、浮遊要塞を守る特殊な結界の前に歯が立たず敗北。一ヶ月以内におでん星人の要求を叶えざるを得なくなった。
こうした経緯の中、通称・おでん会議は開催された。議場の長卓には要人や官僚などがズラリと並ぶ。議題はどの具を選ぶか。これが揉めに揉めた。
要人たちが、この期に及んで地元の品を推して金儲けを企み、互いに譲らないのだ。
この流れを変えたのが、"識者"として呼ばれたおでん職人の老人D。Dはおでん星人の攻撃で店を失ったが、何とか出汁だけは守り抜いていた。
この出汁を烏合の衆に飲ませ『俺の出汁と国民が本当にうめぇと思うもんで勝負させやがれ! 』と一喝。おでんの具の選定方法は国民投票となり、上位五つが採用されることになった。
そして、国民投票の結果選ばれたのは、たまご、すじ肉、チクワ、コンニャク、モチキンチャク。
この結果を受けて、おでん会議はすぐに仕入れ部隊を組織し、各地に走らせた。
そのうちの一隊『チクワ隊』にDは同行した。周囲は老体を案じて反対したが『練り物だけはてめえの目と舌で選ぶ』と譲らなかった。練り物はおでんに旨みと深みを与える要の具材。おでん職人として当然の判断だった。
しかし、老体動けず。Dは道半ばで疲労困憊となってしまった。
『空飛ぶ魔法でもありゃあよう』
手拭いで額を拭きながらぼやくD。そんなDに『僕が脚になります』と背中を差し出す青年がいた。
青年の名はE。Eは有能な外交官で、妻子の命を奪ったおでん星人に一矢報いてやろうと、仕入れ部隊に志願していた。
『ありがとな、
Dは礼を言うと、Eの背中に揺られながら目ぼしい練り物屋を見て廻り、遂に納得のいくチクワを手に入れた。
チクワ隊は電光石火で帰還すると、Dは政府が用意した厨房へ直行。割烹着の袖を捲り、気を奮い立たせ、おでん作りを開始した。
調理開始から3時間。出来上がったおでんは、おでん会議の試食会に出された。Dの渾身のおでんを食べた要人や官僚たちは誰もが『美味い!』と叫んだ。中には、私欲に溺れた自分を恥じて、泣き出す者まで現れる程だった。
おでん会議は満場一致でDのおでんを採用。明日の正午、Dのおでんに国の命運が賭けられることになった。
明くる朝、一仕事終えたDが厨房に戻るとEがいた。Eはおでんが入った寸胴鍋に向かって、ブツブツと何やら呟いている。
『呪いでもかけてんのかい?』
冗談っぽくDが尋ねた。
『そんなところですかね。まぁ、せめてものってやつです』
Eは白い歯を見せて言った。だが、Eの顔は嫌にやつれている。
『……そうかい。ったく、学のある
少し黙ってEの様子を見た後、Dはそう言って厨房から出て行った。
それから少しして、厨房から寸胴鍋を持ったEが出てきた。二人は国の代表として、おでんの受け渡し役を任されている。軍の護衛と共に、二人は憎き浮遊要塞の元へ向かった。
正午、二人は空を覆う浮遊要塞の直下にいた。約束のおでんを持ってきたと伝えると、一瞬にして二人だけが浮遊要塞の内部へ移動していた。
浮遊要塞の内部は驚くほどシンプルで、天井から床まで白一色。部屋の中央には、これまた白色の大円卓があり、そこに暗色系の衣服を着た五人のおでん星人が座していた。
『来たかサル共、言葉はお前たちに合わせてやる。早速だが、おでんを寄越せ』
最奥の上座に座るおでん星人が言った。髭を蓄え、一際威圧感がある。二人が大円卓の前まで来ると、下座に座る眼鏡のおでん星人が立ち上って言った。
『私が毒味をさせていただきます。その鍋は円卓の上に』
『その前に』
Eが言った。
『我々のおでんが、あなた方の言う最高に美味いおでんであれば、我々から手を引いてくれますか?』
『それは約束しよう。我々はおでん意外に用はない』
髭のおでん星人が言った。
『承知しました、それでは』
Eが寸胴鍋を大円卓の上に置く。
『失礼します』
眼鏡のおでん星人が、おでんに棒状の細長い金属を差し込む。
「毒はないようです」
「まわせ」
髭のおでん星人の一言で、国の命運を賭けた食事が始まった。おでん星人たちはそれぞれ短く祈りを捧げると、配膳されたおでんを口に運んでいく。
響く箸音、漏れる吐息。次に聞こえたのは、おでん星人たちの感嘆だった。
『美味い……、美味いぞ! 特にこの出汁、スッキリとしているようでほのかに甘く深みがある。……ちくわか』
髭のおでん星人の言葉に、鷲鼻のおでん星人が反応する。
『でしょうな。餅巾着とすじ肉の油分も出過ぎず丁度いい。ホロホロしたすじ肉が口の中で溶けると、出汁の味が変わってたまりませんなぁ』
『全てが計算されている……っことですね。』
『いけるんじゃない?これ。文明レベルの割にやるね』
眼鏡のおでん星人と童顔のおでん星人は驚きを隠せない。
『ケツを叩いた甲斐があったってわけね』
妖艶なおでん星人は小さく笑みを作りながら言った。
『はっはっはっ、その通りだ』
髭のおでん星人が背もたれに体を預けて笑う。
『よかろう、我々は君たちのおでんを認める。
約束通りこれ以上は手を出さない。ただ、その寸胴鍋は置いていけ。他の者たちにも振る舞うのでな』
髭のおでん星人が言った。
『分かりました。では……』
『あぁ、もう用はない。さらばだ』
髭のおでん星人がEの言葉を遮った瞬間、DとEは地上に戻っていた。浮遊要塞は轟々と音を立て、青空のその先へ向かっている。
『Dさん、最高のおでんをありがとうございます。僕もやれるだけのことはやりましたよ』
Eはそう言った途端、崩れ落ちた。顔に生気がない。
『おめぇ、無茶しやがって……。』
Eの事情を察していたDは、迷わず待機していた護衛たちに助けを求めた。駆けつけた護衛たちの一人が治療に当たる。日光と柔らかい光に包まれEの顔に血色が戻る。
『あれ?…なんで?』
Eが朧げな目で言った。
『まだお呼びじゃねぇってことよ。ほれ、
DはEを背負うとヨロヨロと歩き出した。その後を護衛たちがついていく。日の光はDたちを煌々と照らし、民衆は2人を英雄として、喝采をもって迎え入れた。
一方、浮遊要塞では、髭のおでん星人が眼鏡のおでん星人に指示を出していた。
「出汁は解析にまわせ。成分が分かり次第、オリジナルをベースに量産しろ。試食した者たちへの聞き取りも忘れるな」
「承知しました。直ちに行います」
髭のおでん星人の指示を受けて、眼鏡のおでん星人が席を後にした。
「しかしまぁ、二百年前の記録を信じて来た甲斐がありましたなぁ」
鷲鼻のおでん星人が言った。
「まったくね、不時着した星でおでんを広めて帰るなんて酔狂にも程があるわ」
妖艶なおでん星人が頬杖をつきながら言う。
「だけど、その先人のお陰で冬の商戦は我が社のものさ。でしょ?部長」
童顔のおでん星人が髭のおでん星人に尋ね
た。
「うむ、これで社長にいい報告が出来る。さぁ、星間ワープで帰るぞ、地球へ」
浮遊要塞、別名α社商品開発部オフィスビル型宇宙船は、大気圏を突き抜けたあと虹色の光に包まれ、Dたちの国『魔法国家アヤラフ』のある銀河を去っていった。
Eがおでんに死の呪いをかけたことも知らぬまま。
おでん星人 いわさ @iwasa-monofu
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