第17話 新たな一歩ー2
「大変申し訳ございませんでしたぁぁぁ!!」
その騒動の後、なんか偉そうで小太りのおっさんに地面がこすり付けられそうなほどに謝られた。
先ほど俺たちを盗人呼ばわりした人たちも全員謝っている。
このフレアという少女は、ガイヤさんの娘。
フレア・フェザーフィールドというらしい。
赤い髪が特徴的で、腰まで伸びた長い髪はつやつやで光沢を放つ。
歩くたびに元気に跳ねる毛先は思わず、目で追ってしまいそうになる。
「ま、まさかガイヤ卿のお客人とは思わず! 大変申し訳ありません!」
「許してあげる?」
「え……えぇ」
「で、ではノブレスクラスを無料でご用意いたしますので、何卒この件はご内密に!! どうかガイヤ卿には!」
どうやら俺が思っている以上にガイヤさんは偉い人らしい。
ノブレスクラスとかいう飛行艇の中でも超高級の個室を与えられることになり、俺たちは飛行艇に乗り込んだ。
「……災難だったね!」
「別に大丈夫っす」
「あ、あれれ? なんか嫌われてる? 目が合わないなぁ……」
俺はフレアさんと目を合わせなかった。
なんか……緊張する。
「気にしないでください。フレアさんが超絶美人で照れてるだけですから。あとすごく警戒心強いんで、腰を落として目を伏せながらゆっくり視線を合わせて……」
「俺は犬か」
すでにフレアさんとアリスが仲良さそうだ。
ならやっぱり良い人なんだろうな。
「やっと目が合った!! よろしくね。ノア君」
にこっと笑って、俺の手をにぎり、ぶんぶんと振り回す。
なんだろうか、こちらが壁を作ってもそんなものはないと簡単に飛び越えてくる。
でもそれが少し心地いい。
本来であれば堕神孤児なんて警戒されるか、嫌悪されるのが当たり前。
みすぼらしい見た目に、臭い体。こんなに綺麗な子が近づくのも嫌だろうと思ったのだが。
「……仲良くしようね!!」
正直、めちゃくちゃ可愛い。
『それでは出航いたします』
どこからともなく声がする。
これも魔道具の一種なのだろう、帝国にはたくさんの魔道具があるらしい。
堕神からとれたマナクリスタルは、至るところで魔道具としてこの世界の文明の礎となっている。
「わぁ!?」
ふわっとした一瞬の浮遊感ののちに、本当に船は空を飛んだ。
しばらくしたのち、俺は部屋を出る。
廊下には、窓があったのでそこから外を見た。
「……すげぇ」
思わずすごいと言ってしまうほどに、空を飛ぶという初めての経験は心打たれるものだった。
見上げていた雲が隣にある。
見下ろすと先ほどまでいたセカンダリが小さくなっていく。
人間はこんなものまで作ってしまえるのか。
村では魔道具なんて見たことない。
空を飛ぶなんて童話でしか聞いたこともない。
ファストレスに来た時でさえ、石造りの家に感動したのを思い出すがそれとはもう文明レベルが違う。
「安定してきたし、そろそろデッキに出られるよ」
「デッキ?」
するとニコッと笑って俺の横に立つフレアさん。
俺の腕を掴んで無理やり引っ張っていく。
「いこ!」
「え? ちょ、ちょっと!」
無理やり連れていかれた先は、空だった。
目の前すべてが空。
日は落ち始めて、時刻は夕暮れ。
屋根のない開放されたスペースは、まるで自分が空を飛んでいるようにすら感じる。
言葉がでなかった。
自分のいた世界がどれだけ狭かったのか。
そして世界がどれだけ広いのか。
人生が変わる体験というのは、こういうことを言うんだろうか。
価値観というものが何か大きく変化した気がする。
「きもちいいーー今日はいい天気だねぇ!」
そういってぐっと伸びをするフレアさん。
思わず目がいってしまった。
「ん? 恋に堕ちちゃった? だめだよ、気持ちはわかるけどだめ! そりゃ私は絶世の美女と呼んでも差し支えないけど今は恋愛禁止中なの! だから我慢してね」
「自分で絶世の美女って言う子初めて見たな」
随分と自信満々だなと、俺はフレアさんを再度みる。
風に炎のような赤髪が揺らいで、夕焼けがさらに鮮やかに照らす。
サラサラの髪が、風に舞う姿は、まるで絵画のようだった。
「言い過ぎ?」
「あのガイヤさんからどうやったらこんな子が生まれるんだろう」
「どういう意味!?」
「ふふ、そのまんまだよ」
だから俺は強がってそんなことを言ってしまった。
でも思わず笑ってしまったんだ。
リュウが死んで、ずっと深く沈澱していた心にまるで波紋が広がるように、俺の心が揺れたのを感じた。
「もっと笑った方がいいと思うよ。ノア君、これからたくさん楽しいことがあるからね」
「…………あぁ、そうするよ。……うん、そうする。あいつの分まで笑ってやらないとな」
本当に太陽みたいに、俺の影を照らしてくれる子だった。
陽だまりみたいに温かく、そして炎のように熱くなる。
『フレイムハート辺境伯領、都市ホムラムドのターミナルにまもなく当機は着陸します』
「んーやっとついた! 魔導飛行艇でも3時間は長いね」
「おにぃ辺境伯領……って何?」
俺は首をかしげる。
おそらく貴族のことなのだろうが。
「ふふーん! 説明しよう!」
すると眼鏡もしていないのに、フレアが眼鏡を食くいくいさせる。
楽しそうなので、放っておこう。
「私たちがいる大陸をブレイブ大陸といいます。この地平が続く先、海までのことね。そしてその大陸の実に5割を領土に収めている大国があります。それが我らがリベルティア帝国なのです!」
「はい! 質問です! じゃあ私たちがいたファルムス王国はどれぐらいなんですか?」
「うーん、30個ぐらいある周辺国家の中で中堅より下ってぐらいかな。正直小国?」
俺の世界のすべてだったあのファルムス王国ですらその程度らしい。
いや、ファルムス王国ですら全容は知らない。俺が知っているのはファストレスとセカンダリぐらいなものだ。
「そ。それだけおっきな国だから東西南北、そして中央で統治が分かれてるの。そしてその南部を統治するのがフレイムハート辺境伯様! 私たちフェザーフィールド子爵家の寄り親。えーっとまぁ親子関係みたいなもの! 良い人だよ! 騎士には優しいし、パパは仲が良いの! アカデミー時代の同期なんだって」
「貴族っていっても色々あるんだな」
帝国貴族と言っても色々あるらしい。
フレアさんの説明だと、一番上に皇帝がいて、その下に公爵がある。
辺境伯は実質公爵と力関係は同じぐらい偉いらしい。
あとは侯爵、伯爵と続いて、子爵、最後に男爵となるらしい。
難しいがガイヤさんはその子爵にあたる。
「だから職員さん達すごくぺこぺこしてたでしょ? 帝国の子爵なんかに歯向かったら帝国民ですらない周辺国家の一般人なんて簡単に首が飛ぶからね。物理的に」
「先生! ガイヤさんは騎士ですよね? 貴族も騎士になるんですか?」
「アリスちゃん、良い質問です!」
なんだかアリスとフレアはうまくやっていける気がした。
「帝国騎士はみんな男爵位をもらえます。さらに活躍すると上の爵位がもらえます。ですがこの場合は、もともと貴族なわけではないので騎士爵とも呼ばれ、一代限りの貴族なのです」
ガイヤさんは剣一本で平民から貴族にまで成り上がった強者らしい。
だから偉ぶった感じとかがないんだろうか。
そんなフレアさんによる説明は終わると同時に飛行艇が揺れる。
「お? 着陸するみたいだよ」
魔導飛行艇は着陸した。
ここはフレイムハート領、つまり初めての帝国領だ。
「……セカンダリも都会だったけど……次元が違うな」
降りた先は、見たこともないほどの高さのお城のような建物が並ぶ。
しかも芸術的だ。美しい街並みは、まるで絵画のよう。
セカンダリでも珍しかった魔導車は当たり前のように、街を進む。
街行く人は当たり前だが、きちんとした身なりで俺からすればみんな貴族みたいだ。
文明のレベルが一つ、いや三つぐらい違う。
「すごいね、ノアにぃ」
「あぁ、これが帝国か」
ターミナルを出た後、フレアさんが向かった先には多くの魔導車が並ぶ。
その中で赤色で目立つ魔導車が一台あり、その魔導車の扉を開けて俺たちに手招きする。
「じゃあいこっか! 私運転得意なんだ!」
どうやらガイヤさんの元へはフレアさんの運転で向かうようだ。
~数時間後、フェザーフィールド子爵領内。
助手席に乗りながら俺は外を眺めていた。
どうやらここからが領内らしい。
横ではオープンな魔導車で髪をなびかせるフレアさんが気持ちよさそうに運転している。
「ふふ、田舎でしょ? 帝国っていっても都市を除けばこんなもんかな。あ、今田舎娘ってバカにした?」
「してない。それに……すごく良いところだ」
「でしょ!」
一言でいえば田舎だ。
自然豊かで、川や森。見渡すばかりの大草原。
田んぼには領民がおそらく麦をを作っているのだろうか。
そこはどちらかといえば、俺にとって親しみのある場所だった。
先ほどの都市ホムラムドに比べれば、随分と背の低い家が並び、文明レベルも正直、ファストレスと変わらない。
でもどこか温かい街並みで……どこかすごく懐かしい。
その中で一際大きな屋敷があった。
一目でそこがガイヤさんの家だとわかる。
案の定、魔導車はそこまで進んだ。
「到着! 長旅ご苦労様でした!」
そしてやっぱり出迎えてくれたのは。
「ガイヤさん!」
「待っていたぞ。ノア、アリス君。ようこそ、リベルティア帝国へ。そしてフェザーフィールド子爵領へ。私は君たちを歓迎する」
「色々お世話になりました。それからこれからよろしくお願いします」
「お願いします!」
「承る。ここを自分の家だと思ってくれ」
俺は頭を下げてアリスも同じように頭を下げた。
「それでだな、ノア。早速だが……」
「ん?」
ガイヤさんはフレアさんと俺を交互に見ていった。
「フレアと戦ってみないか?」
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