第21話   徐々に明かされる真相

「二階堂晴矢、どうしてあなたがここにいるの? 真壁会長はどこ?」


 羽美は険を含んだ静かな口調で問う。


「残念ながら真壁先輩はこないよ。なぜなら僕が彼に頼んで君をここに呼んだんだ。少し君と話がしたかったからね」


「悪いけどこっちには話す理由はないわ。分かったらさっさと出て行ってちょうだい」


「嫌だと言ったら?」


「私が出て行く」


 颯爽と振り向き、羽美は部屋から退出しようと足を動かす。


 だが、数歩も歩かないうちに羽美の足はぴたりと止まった。


「君たち生徒会が調べている一連の事件の話に興味は?」


 そんな言葉を後方から投げられたからだ。


 羽美は顔だけを振り向かせ、微笑を浮かべている晴矢と視線を交錯させる。


「入り口で佇んでいるのも何だ。扉を閉めてこっちへきなよ」


 一拍の間を置いた後、羽美は奥歯を噛み締めつつ扉を完全に閉めた。


「一体、あなたは……いや、あなたたちは何を知っているの?」


 二階堂晴矢。


 鷺乃宮学園最強の生徒こと堀田花蓮の彼氏であり、成績は常にトップクラスということ以外は不思議と謎に包まれている人物だ。


 学園にいるときはほとんど花蓮と行動を共にし、噂によると私生活でもよく行動をともにしているという。


 しかし、恋人関係ならば特に問題はない。


 好き合っている仲ならば常に一緒にいたいという欲求は普通なことだ。


 だが、噂によれば彼らの行動はそれだけに留まらないという。


「何を知っているって? まあ色々とだよ。君たちこそ色々と調べているんだろ? 問題を起こした生徒たちは、多少なりとも僕たちとは無関係ではないとかね」


 その通りである。


 生徒会でもその辺はすでに調べていた。


 奇行を起こした生徒たちは、晴矢か花蓮に告白した経緯があるということをだ。


 ただ告白したことで奇行を起こすとは俄かに信じられなかった。


 晴矢か花蓮に告白した生徒は全員が見事にフラれたらしいが、失恋の悲しみを行動に出すにしても常軌を逸している。


 家に引き篭もるとか食欲不振に陥るとかならばまだしも、奇声を発して学園の窓ガラスを次々と割ったり、ましてや友人たちと勉強中に三階の窓から飛び降りることなどしないはずだ。


「それは知っているわ。問題を起こした生徒の大半はあなたか堀田さんに告白していたこともね。でも、それだけで生徒たちが問題を起こしたとは到底思えない」


 晴矢は目元まで垂れ下がっていた前髪をさっと整える。


「確かに。問題を起こした生徒たちの多くは僕か花蓮に接触したことがある。だがね、君が言うように僕や花蓮は告白されたことなど一度もない。ただの一度もね」


 羽美は軽く首を傾げた。


 告白されたことがない? 


 ならば、他の生徒たちに目撃されていたことは何なのだろう? 


 晴矢や花蓮が学園の屋上や駐輪場、裏門の前や特別教室前の廊下で他の生徒と二人きりで目撃されていたことは?


「どうやら君たち生徒会は僕が睨んだように単なる烏合の衆だったようだね。馬鹿な連中の言葉に惑わされて真意を見分け損なうほどに」


「な――」


 突然の中傷に羽美は大きく目を見張った。


 晴矢はこともあろうに生徒会室の中で生徒会役員に暴言を吐いたのだ。


 これには羽美も我慢ができない。


「よくそんな言葉をぬけぬけと……取り消しなさい!」


 激怒した羽美は暴言を吐いた晴矢に近づいていく。


 さすがに学園内で暴力沙汰を起こす気はなかったが、この生徒会室から叩き出すぐらいは許されるだろう。


 大股で近づきながらそう思っていたのも束の間、羽美はまたしても歩みを止められることとなった。


 不意に羽美の眼前に小さな箱が飛んできた。


 羽美は持ち前の動体視力と鍛え抜かれた反射神経を駆使して、その小さな箱を摑み取る。


 羽美は晴矢の怒りも忘れて右手に握られている箱を注視した。


 煙草だった。


 銘柄はハイライト。


 空手道場の師範がよく稽古後に吸っているところを見た覚えがある。


 しかし、今重要なことはそんなことではない。


「二階堂君、あなたも学園内で喫煙をしているの!」


 羽美は摑み取った煙草を怒りに任せて握り潰した。


 すでに煙草は開封されており、箱の中には数本しかないことは握り潰した感触から窺い知れた。


「あ~あ、勿体ないことをするな。まだ3本も残っていたのに」


 一方、晴矢は握り潰された煙草を見て悲しげに首を振った。


 たかが3本の煙草が無為になったことがそんなに悲しいのだろうか。


「まさか、あなたが私を呼び出した理由がこれ? 自分が学園内で煙草を吸っていたことを告白するために」


 現状から考えるとそうなるだろう。


 今自分が握り潰した煙草は他ならぬ晴矢が投げた煙草だったからだ。


「だから君たちは烏合の衆なんだ……いや、特に駄目なのは君だな」


 晴矢は落ち着いた口調で言葉を紡いでいく。


「君は次の生徒会長に立候補するらしいが止めておいた方がいい。瞳が泥沼のように曇った人間が他人の上に立って成功するはずがないからね」


 羽美は怒りを通り越して呆れてしまった。


 ほとんどまともに会話したことがなかった相手にここまで馬鹿にされる謂れはあるのだろうか。


「なぜ、自分がそんなことを言われるのか分からない顔をしているね。だったら教えてあげるよ。まず1つ目、事件の裏にいるのは必ずしも僕たちだけじゃないということ。2つ目、君が信用している生徒会自体が巨悪な存在だということ。最後に……それを喫煙していた人物は僕じゃなくて現生徒会長である真壁六郎だということ」


 晴矢の言葉をすべて聞き終わるや否や、羽美は表情を歪めて苦笑した。


「会長が学園内で喫煙? 馬鹿なこと言わないで。生徒たちの模範となるべく生徒会の会長が学園内で喫煙するわけな」


「ないとは言い切れるかい? 大勢の生徒たちから陰口を叩かれ、そのストレスから逃れるために悪しき領域に手を伸ばしていないとどうして言い切れる?」


 うっ、と羽美は閉口した。


「そうだろう? ましてや彼は会長職という立場に強制的に就任させられた人間だ。そんな人間が心の拠り所を見つけようとして何が悪い」


 晴矢の言わんとすることは分かる。


 だが、それでもやってよいことと悪いことはある。


 心の平穏を得るためならば犯罪行為に手を染めてはならないように。


 口をつぐんでいる羽美に対して晴矢は小さく溜息を漏らす。


「まあ、そんなことを君に言っても仕方ないね。どう足掻いたところで生徒会など物の役にも立たないのだから」


 と、晴矢が憎まれ口を叩いた直後であった。


 人間の鼓膜と脳を刺激する耳触りな音が聞こえた。


 滅多に聞き慣れない音ながら誰でも知っている甲高い音。


 学園内に配備されている放火ブザーのベル音である。


「火事!」


 常識から考えればそうなのだが俄かにはあまり信じられない。


 小・中・高と学校に通っていて日中から学校が火事になることなど一度もなかった。


「いや、火事とは考えられないね。考えられるとすれば防火ブザーの故障故の誤報か――」


 晴矢は落ち着き払った態度で足を組み替えた。


「それとも誰かが誤って押してしまったのかな?」

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