第5話 学園の〈ギャング〉たち
昼休み開始のチャイムが学園中に鳴り響く。
午前中の授業を終えた生徒たちは、購買部や学食に駆け足で向かう。
それでも弁当を持参している生徒たちは、当然の如く慌てない。
自分の好きな場所で食しようと、教室からのんびりとした足取りで出て行く。
そんな中、鞄の中から弁当を取り出した武琉は隣の席に座っている羽美に声をかける。
「羽美、一緒に弁当を食おう」
弁当の蓋を開けた直後だった羽美の手がぴたりと止まる。
「あのね、人の名前を気安く呼ばないでくれる?」
「あ、机はくっつけたほうがいいな」
羽美の言葉をさらっと流し、武琉は問答無用で自分の机を羽美の机に密着させた。
おっとりとした自己中心的な武琉の態度に、羽美は今日何度目かの溜息を吐く。
結局、武琉の席替えは実行されなかった。
担任の柴崎は羽美の意見に賛成したのだが、他の生徒たちが武琉と隣同士になることを断固として拒否したのだ。
羽美の隣に武琉を添えたほうが面白そうだ、という意見が多かったためである。
「まったく、うちのクラスは馬鹿ばっかりね」
と羽美が悪態を漏らしたとき、後方から自分たちの席に近寄ってくる気配を感じた。
「傍目から見ていると本当に面白いな。下手なバラエティ番組より笑えるよ」
武琉と羽美は後方から聞こえた声に反応し、ほぼ同時に顔を振り向かせた。
2人に声をかけたのは鼻先まで前髪が垂れた男子生徒であった。
身長は武琉と同じ170センチほど。
中肉中背でブレザーの下には黒地のシャツを着ており、それほど美形ではないが実に理知的な顔立ちをしている。
「秋兵、いくら幼馴染のあんたでも言っていいことと悪いことがあるわよ」
「別に本当のことだろ? それに婚約者がいたなんて今日初めて知ったし」
「うっ」
二人の軽快なやりとりを見ていて武琉は首を捻った。
「ィヤー(君)は羽美のドゥシ(友人)か?」
秋兵はにっこりと微笑んだ。
「ヤンテー(そうだよ)。俺の名前は
「あれ? 秋兵はこいつが何を言ってるのか分かるの?」
「俺が旅行好きなのはお前も知ってるだろ? 今まで色々なところを旅したが一番居心地がよかったのは沖縄だった。それでウチナーグチ(沖縄の方言)を独学で勉強したんだが……さすがに本場の人間と会話すると拙く思えるな」
「そうでもないさぁ。俺のウチナーグチ(沖縄の方言)もどちらかと言えばウチナーヤマトグチ(沖縄の方言と共通語を混ぜた言葉)だから」
「なるほどね」
何やら意気投合した2人を見て、羽美は両腕を組んだ。
自分が除け者にされたようで少しばかり腹が立ったのだろう。
羽美は「私の前で沖縄弁は禁止」だと何の脈絡もなく言い出した。
もちろん、武琉は快活に笑いながら「そんなの無理さぁ」と否定する。
「ともかく沖縄からの転校生を俺は盛大に祝福したい。これからお互い仲よくやろう」
秋兵は武琉に右手を差し出してきた。
すぐに握手のことだと思った武琉は差し出された手をぐっと握り返す。
そのときである。
武琉は微妙に目眉を細め、握手を交わした秋兵をじっと見つめた。
「どうした? 俺の顔に何か付いているか?」
「いや……別に気のせいさぁ」
武琉は握っていた手を離すと、秋兵を含めた3人で昼食を取ろうと提案した。
その提案に秋兵は快く了承。
羽美は最後まで1人で食べると拒んだが、やがて武琉の強引な押しに根負けして一緒に昼食を取る運びとなった。
3人で昼食を取り始めて十数分。
武琉は鷺乃宮家に勤めている家政婦から渡された弁当を食べ始め、羽美の幼馴染という秋兵から様々なことを聞いた。
この鷺乃宮学園は羽美の祖母が設立した学園であり、かつては今のような共学ではなく女学園だったということ。
それが十年前に共学制となったことを機に新しい校舎を建てたということ。
話を聞いていて武琉はなるほどと得心した。
鷺乃宮学園の校舎は他の高校とは違って珍しい形をしている。
正門から見るとそれは一目瞭然だった。
はっきりとアルファベットの「H」に見えたのである。
そして正門から見て右棟には一年生と二年生の教室があり、左棟には三年生の教室と多目的ホールやOA教室などの特別室があった。
またその2つの棟を結んでいる通路こそ、鷺乃宮学園一の特色を誇る「空中通路」だという。
武琉はまだ足を運んだことはないが、空中通路全体が一種のラウンジになっていると秋兵は教えてくれた。
「この学園に転校してきたなら今日にでも行ったほうがいい。でも昼休みは始まったと同時に行かないとすぐに席がなくなるよ。それほど空中通路は人気だからね。そうだ、放課後になったら一緒に行かないか? もっと沖縄の話も聞きたいし」
「ちょっと秋兵。今日の放課後は生徒会の役員会議があるでしょう。別の日にしてよ」
タコさんウインナーを咀嚼しつつ羽美が抗議する。
「生徒会? 2人は生徒会の人間なのか?」
武琉の問いに秋兵がうなずく。
「羽美はこれでも副生徒会長なんだ。そんで俺は書記。でも俺は羽美に強引に入れられたからあまりやる気はないんだけど」
「だって仕方ないでしょう? あんたが入らなかったら生徒会として機能しなかったんだから。まったく、最近の奴らは生徒会に入って学園の素行を正そうっていう骨のある人間が少ないのよ。本当に何を考えているんだか」
羽美はぷりぷりと怒りながら今度は卵焼きに箸を突き刺す。
「そんなに生徒会って人気がないのか?」
武琉は怒りを露にした羽美にではなく話しやすい秋兵に尋ねた。
「そりゃそうさ。今日びの生徒たちは誰も進んで学校行事には関わらないよ。特にこの学園では【生徒間の問題は生徒同士で極力解決する】がモットーだからな。そうなると自ずと何かしらの問題が起きた場合、まずは先生たちじゃなくて生徒会の人間に――」
そこまで秋兵が説明したときだった。
武琉は動かしていた箸を止め、視線を廊下のほうに向けた。
誰かが猛烈な勢いでこちらに駆けてくる。足音から推測するに2、3人だろうか。
やがて二年B組の扉が一気に開かれた。先ほど教室から出て行った男子生徒3人が血相を変えて入ってくる。
「おい、また起きたぞ! 空中通路で〈ギャング〉どもが暴れ始めた!」
男子生徒の言葉に過敏に反応したのは羽美だった。
持っていた箸を机の上に叩きつけるように置くと、情報を持って戻ってきた男子生徒に問い直す。
「五十嵐君、それ本当? 誤報だったらただじゃおかないわよ」
「こんなときに嘘を言うかよ! それに〈ギャング〉どもが暴れ始めたのは昨日今日じゃねえだろうが!」
「分かった。すぐに現場へ向かうわ」
言うが早いか、羽美は食い欠けの弁当を残して疾風の如き速さで教室から出て行った。
唖然としている武琉を横目に、秋兵は不平不満を呟きながら立ち上がった。
未だ状況を上手く把握できていない武琉の肩をそっと叩く。
「ちょうど現場は空中通路みたいだから君も一緒に行くかい? 生徒会が生徒たちに受け入れられない理由が直に拝めるよ」
秋兵が言った言葉の意味は半分も理解できなかったが、羽美が一目散に飛び出して行ったからには後を追わないわけにはいかない。
武琉はすぐさま立ち上がり、空中通路まで道案内を兼ねてくれるという秋兵とともに教室を出た。
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