2.怪力測定いたしましょう!
今日は終日曇天である。予報通りの空は灰色の雲が分厚く圧迫感で息苦しい。
そんな中、王宮では破壊音が1日中鳴り響いていた。
──ガシャーンッ!
「これで26か?」
「いや27っすよ」
「いやいや28ちゃうか?」
(いいえ皆様、今ので35個目です……)
シャルロッテは王宮の一室で、割れた壺と男3人を前に、赤々と茹っていた。
今日は怪力測定日。その名の通り怪力令嬢の怪力度合いを測るための日である。
測定の目的は主に2つ。
1つは軍事観点での怪力の有用性を測るため。そしてもう1つは、今後の訓練の予算編成のためである。
ではどうやって怪力を測定するか、方法は至ってシンプルだ。
その方法とは怪力令嬢にとにかく破壊の限りを尽くさせること。
そこから測定された、怪力強度と予想被害額を基に、有用性と予算を算出しようという目論見である。
そういうわけで、測定対象の怪力令嬢ことシャルロッテは、早朝から王太子スワードと騎士団長アルター、そして軍医学者ムンテーラに見守られて大量の物品を壊し続けていた。
ああ、ちなみに言うと、たった今47個目の壺が割れたところである。
シャルロッテはこの調子で予想を遥かに上回る怪力っぷりを披露していた。
それを見た男3人は開いた口が塞がらず、シャルロッテもまた羞恥心で怪力が止まらない。
部屋はすでにスワードの私物の石像、銅像、置き時計をはじめ、花瓶や壺の品々や、アルター持参の騎士団の甲冑や盾「だった物」で溢れ返っていた。
「100か」
「100っすね」
「100やねぇ」
(よし、死んで詫びよう)
シャルロッテは己の怪力ぶりを目の当たりにし、現実逃避で瞳を閉じた。
凄まじきかな、我が大記録。シャルロッテは自分を呪った。
しかしそんな彼女を他所に、3人はそれぞれ記録を取っては感心するばかりで。
王太子スワードは被害物の種類と被害額、怪力の発動条件などを羊皮紙に羽ペンで書き込んでいく。
アルターとムンテーラは被害物の破損部の形状や重さ、怪力発動のタイミングの記録から、シャルロッテの怪力源を推定した。
そして軍医学者ムンテーラが顎を撫でて見解を述べた。
「リミッター異常、やね」
ムンテーラはポマード固めの黒髪を光らせ得意げに続ける。
「リミッターとは筋力を制御して身体を守る安全装置のことや。人間は常時100%の力を出すと体が壊れるさかい、本来はリミッターで20%くらいの力しか出せへんようにセーブされとる。やんな?」
「そっそうなんですね?」
シャルロッテが半信半疑で相槌を打つと、ムンテーラは満足そうに眼鏡を拭いた。
そしてバトンを受け取ったように、騎士団長アルターが語った。
「でも例外で、リミッターが外される場合があるんすよ」
「例外ですか?」
「そっす。人間は、やばい! 死ぬ! って時にリミッターが外れるんすよ。んで、その時だけ命を守るためにいつもの倍以上の力が出るっつーわけです。まあそれでも、普通はある程度の力で制限されるんすけど……」
「けど……?」
シャルロッテはゴクリと唾を飲み込んだ。緊張と不安で末端が冷え、足の裏がふわふわのクッションになったようにおぼつかない。
スワードはシャルロッテを見やり総括した。
「つまり、通常なら命の危機でリミッターが外れるところを、なぜか君は感情の昂りで外れてしまう。しかもリミッター解除後に力が制限されないから、人間が持つ力の100%、あるいはそれ以上の力が出せてしまう。ゆえに怪力が発動される……という仮説だな」
「リミッターを意図的に解除できたら兵力爆上がりっすね」
「せやな。闘志やら何やらで解除できるように、訓練法を練り直しまひょか」
シャルロッテにはアルター達の楽しげな声は聞こえず、とうに茫然自失していた。
その「リミッター」とは今から直せるものだろうか、と次々に不安が押し寄せて気が遠くなる。
体はスワードの方を向いているけれど、では彼を見ているかと言えばそうでもなく、シャルロッテはただ空気を見ているのだった。
「シャルロッテ・シルト、こっちに来い」
椅子に腰掛けたままのスワードはシャルロッテを側に呼び寄せ、彼女の冷たい手を取った。そして浮つくムンテーラに問う。
「ムンテーラ、要はリミッターが外れないようにすればいいのだろう?」
「せやな。昂る感情をコントロールして怪力を制御できればええっちゅーことですわ」
「では、まず昂る環境が必要だな」
スワードに顔を覗き込まれたシャルロッテは石化した。その姿は今朝の石像を彷彿させて微動だにしない。
さて、ここで一度おさらいをしよう。
シャルロッテが固まるのは非常に良くない兆候だ。それは感情が昂っている証拠であり、もうすぐ怪力発動することを意味している。
シャルロッテはスワードの笑顔と手の微熱に「緊張」と「興奮」で全身の産毛が逆立つのを感じた。怪力が──、来る!
「でっ殿下! 離してくださ……っ!」
スワードから手を引き抜こうにも、握力が加わり逃してくれない。シャルロッテは目をキツく閉じた。
(この前のケーキよろしく王太子の手を潰してしまう──!!)
「聞いているのか? シャルロッテ・シルト」
「で……っ殿下、手っ! 手はご無事ですか!? 痛みは!?」
「ん? ああ、見ての通りだ」
スワードは涼しい顔で答えた。
ここで新事実、どうやら怪力は肉体に害を及ぼすことはないらしい。
(怪力でも安全に人付き合いできるのね……! って、わたしに近づく人がそもそもいなかった)
しかし大大大収穫だ。人を害することがないだけで心持ちがまるで違う。
早朝からずっと強張っていた、シャルロッテの顔がようやく綻んだ瞬間だった。
スワードはシャルロッテの小指に自身のそれを絡めた。
「か弱くなる訓練は必ず二人三脚にしよう。私達は常に一緒にいるんだ」
「……あの、わたしの聞き間違いでしょうか。今『常に』と聞こえたような……?」
「ああ。つ・ね・に、一緒だ」
(へ? そっそんなことしたら、常時昂りっぱなしですけれど。わたし死なない? 大丈夫!?)
「何か問題でも?」
「〜〜〜〜いっ、いいえ何も!」
「そうか。なら良いんだ」
スワードの眼光は獰猛な光を孕んでおり、異議申し立てを受け入れる様子は微塵もない。
そして縮み上がるシャルロッテを見上げ、スワードは愉快爽快と笑った。
「ははっ! さて、どうやって君を昂らせようか。楽しみだな」
その頃、空では雲間から日が差した。
それはシャルロッテとスワード、2人のはじまりを照らす道標のようであった。
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