ぽんつく探偵レイ先生、特定厨になる【シリーズ1作目】

鴻上ヒロ

第1話 ようこそ西園寺探偵事務所へ

 九州の歓楽街・中洲堀にあるシーシャカフェ&バーBTT。


 そこに、パリッとしたスーツに柄物のシャツを着て、こめかみほどの位置に切りそろえたハーフアップのロープ編みの女・西園寺鈴さいおんじれいがいる。鈴はシーシャのフレーバーとにらめっこしながら、ふふふと妖しげな笑みを浮かべていた。


「チェリーコーラと……ナッツとレモンと、あと何がいいか」


 多種多様なフレーバーの入った容器を手に取り、手元に積み上げる。


「先生! おバカさんですか!」


 そんな鈴の背中が何者かによって叩かれる。振り返ると、そこには呆れたように引き攣らせた顔で笑う彼女の助手・阪南唯鈴はんなんいすずが右手を挙げて立っていた。


「唯鈴、君もやるかい?」

「まーたフレーバーで遊んでるんですか?」

「遊んでるんじゃない。新しいおすすめミックス開発だよ」

「組み合わせゲキヤバ過ぎません?」

「どうだい? 面白そうだろう?」


 鈴がふふんと鼻を鳴らしていると、唯鈴はため息をついてフレーバーの容器を次々と手に取っていった。それからボウルのなかにセパレートで、フレーバーを並べていく。セパレートミックスはシンプルであり、初心者でも作りやすく、味がわかりやすい。炭が当たっている部分のフレーバーがハッキリと出るため、どの味を強めに出したいのかを調整するのが容易である。


「AHピーチを五十%、AHバニラを三十%、AHキウイを二十%ねえ」


 唯鈴が作ったのは、アルハーフという王道フレーバーメーカーのオンリーミックスだった。鈴はどれどれと言いながら慎重にボウルを外し、ボトルの水を一旦捨てる。


「え、捨てるんですか!?」

「まあまあ、このミックスならさ」


 言いながら、氷と水をボトルに入れた。そうしてボウルをまた取り付け、ボウルにアルミホイルを巻き付けて、爪楊枝で穴を開ける。火をつけた炭をボウルに配置し、風防を被せてタイマーをセットした。


「蒸らしですね」

「なあ、このミックスつまらんと思うんだけど」

「面白さより美味しさです!」

「うまいのは吸うまでもなくわかるけどさあ」


 ぶつくさと文句を言いながら十分後、三回ほど吸い上げてボトル内を白い煙で満たす。そうして再度、深呼吸に似た要領で吸い込んだ。ピーチとキウイの味が特にハッキリと出るようにし、そこにバニラのフレーバーをほんのりと足したミックスは、まるで脂っこいものを食べた後のアイスクリームのように爽やかに喉と肺を満たしていった。ボトルに入れた氷水のおかげで、煙がキンと冷えている。


「うん、うまい……うまいよ?」

「私も!」


 唯鈴も一服し、煙を吐き出した後口を小さい手でおさえるかのように手を叩いた。


「ひょっとして私天才?」

「ばーか、割と定番だよこのミックス」

「えぇ~……」


 がっくしと肩を落とす唯鈴の背中を優しく叩き、今度は鈴が先程考えていたミックスを作った。COTAJのチェリーコーラを五十%、LOSのインディアン・キールを二十%、COTAJのレモンを三十%のミックスだ。フレーバーを予め全部混ぜてから、ボウルに盛っていく。


 ボトルには普通の水を入れて、同じ手順で試す。


 鈴は一服して、一瞬眉をしかめ、ホースを置いた。唯鈴も同じようにしてホースを置く。


「インディアン・キールが邪魔ですね」

「ナッツはまだまあ、うん……スパイスが戦犯だね」

「私はナッツが戦犯だと思います」


 言われてもう一度吸ってみると、確かに邪魔なのはナッツだった。考えてみれば、コーラとスパイスという組み合わせは、クラフトコーラにもある通りそれほどの邪道ではない。レモンも同様だ。とはいえ、チェリーの風味と喧嘩しているから余計ではあるが。


「ナッツのせいでちょいえぐいです」

「くっ……助手に負けるとは」


 突然、コンコンと扉が叩かれ、カランコロンとドアに付けてある鈴の音が聞こえた。表に準備中の札を掲げている扉から入ってきたのは、二十歳かそこらに見える小柄な女性。キョロキョロと落ち着きなく視線を動かす彼女を見て、鈴はボウルから炭を取り出し、カウンターから出た。


「まだ開店準備中ですよ」

「先生、あっちのお客さんじゃないですか?」

「あ、あの……探偵の西園寺鈴さんって……」

「あー、それなら私です」


 鈴は綺麗な四十五度に体を折り、左手を後ろに回し、右手を仰々しく前に回して挨拶した。それから「こちらへどうぞ」と客の背中に手を添えて案内する。店のカウンターの奥、多種多様な酒瓶が置かれた棚のちょうど真ん中の段の右から三番目の酒瓶を引っ張った。


「あのー」

「見ててください、すごいですから!」

「は、はあ……」


 すると仰々しい音を立てながら、棚が壁の方へとスライドしていく。その奥に、レトロな家具が置かれた部屋が出てきた。鈴はその部屋に入り、赤い本革のソファの前に立ち、客をじっと見据える。


「ようこそ、西園寺探偵事務所へ」

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