【参ノ参】
おばあちゃんの視線が感じなくなるまで走った。
しばらく走って、手にした溶けかけたアイスを頬張ろうとして……食べられないことを忘れていた。仕方ないので田んぼに捨てようと、用水路を覗いたその時。
ごぽっ……
水の音が大音量で頭の中で響いたかと思うと、息が出来ない。
視界が茶色く染まっている。
『ぎああああっ』
絶叫があがる。そちらを見ると、茜だったおおかみが美玲の喉元を食いちぎっている。
美玲! そう叫ぼうとすると口の中に水が流れ込んできた。
「ごぼっ、ごぼぼっ」
ここでゆうはようやく用水路に頭をつけていることに気が付く。だが、顔が上がらない。まるで水に吸い寄せられているように。
「ごぼっ、ごぼっ……」
『ベルベッチカさんには、
あゆみ先生がにっこり笑う。
『ゆう、ここにいろよ』
『ここにいなよ、ゆーくん』
そうこうしているうちに、意識がぼうっと遠くなってきた。
ああ、死ぬのか。そんなことを考え始めていると……
『きゃあっ! 翔のおじさんっ、はなしてぇっ』
ゆうはハッとして、叫んだ。
「やめろ──!」
気が付いたら炎天下の中、用水路の横で立っていた。
ゆうの右手に持っていたアイスキャンデーは、溶けて棒だけになっていた。ハズレだった。
……
田んぼから離れた道の真ん中を──また溺れたくないので──ひたすら歩いて。大祇小学校の前の丁字路を直進して。急な山道を登った。そして、右側に階段が見えた。赤い手すりを伝って下りた。
階段を下りきった先の左に、見慣れた真っ赤な鳥居。頭上に縦書きで「大祇神社」と書いてある。境内に着いた。ゴミ一つ落ちていない。祭りが前日にあったとはとても思えない、不自然なほどの気配のなさだった。
昨日、おおかみになった村人や子供たちは、外にいたなぞのヒトたちに襲いかかっていた。数十人以上の犠牲があったに違いない。もしかしたら皆殺しになったのかも。けれど、死体はおろか血のいってきも落ちていない。境内をあちこち見て回ったが、本当に綺麗になっている。まるでそんなことは初めから起こっていないかのように。
社務所に声をかけてみた。中にはおじさんとおじいさんの間くらいの神職さんがいた。
「あの、相原っていいます。樫田の沙羅さんを探してるんですけど」
「ああ、沙羅ちゃんね。来ていますよ」
そういうとどうぞ、と社務所に通された。玄関で靴を脱いで神職さんにつれられ、沙羅のおじいちゃんの家も兼ねた社務所の中を歩いた。二階に上がり、みっつ目の部屋の襖の前で神職さんが呼びかけた。
「沙羅さん。お友達が来ていますよ」
「ゆうちゃん!」
しゃっと、ふすまが勢いよく開く。
「もう大丈夫?」
「大丈夫って?」
「……覚えてないの?」
神職さんはいつの間にかいなくなっていた。
入って、と沙羅が促した。
「いかん、沙羅。その子は入れん」
彼女は困惑した顔をする。ゆうは恐る恐るふすまにさわった。ぱちん、と静電気の十倍くらいの痛みが指先に走った。
「やはり。……きみは、新月のモノだ」
「おじいちゃん、あたしそれよくわかんないんだけど」
「……そうだな。きちんと説明をせねば」
そういうと、おじいちゃんはゆうを見た。
「……お母さんは、静さんはおるかね」
「あ、はい。家にいます。……お父さんは学校ですけど、夕方には帰ってきます」
「では、相原くんの家にお邪魔になろう。待っててくれ」
沙羅のおじいちゃんは、スマホを取り出して部屋の奥へ行った。ゆうは廊下で待っている。
「ゆうちゃん、待っててね、あたしが助けてあげるから」
「助ける……?」
「うん、あたしはゆうちゃんの味方だから」
沙羅が結界の外に手を出してゆうの手を握る。ベルと違って、とても暖かだった。
「もしもし、静さんかね。……うん、そう、今来ておる……うん、今から、うん……平気かね? ……うん。それは大丈夫、帰るまで待つよ……うん、ではそれじゃあ」
「……いいそうだ。じゃあ、行こうか。沙羅、外に出る準備をしなさい」
おじいちゃんは沙羅にそういうと、ゆうの元へ来て、背中に手を当てた。
「色々不安があるだろうけどね。これから君の家で、話すから、よく聞くんだよ」
ゆうは、こくり、とうなずいた。沙羅がリュックをしょって、出てきた。
「お待たせ! 行こっか!」
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