~言葉の妙~(『夢時代』より)

天川裕司

~言葉の妙~(『夢時代』より)

~言葉の妙~

 何時からか、何時だったのか、長く共に居た山本知淳(やまもとちじゅん)が俺の元へと夜中に還り、千円札が一枚ずつ敷かれる二千円の入った筆箱を俺の部屋へと忘れて行って、又何度も見えぬ想像の果てへと戻って行った。そうして帰って行ったのが夜だった筈なのだが、俺はまるで人の蜃気楼でも見る様にして微睡(まろ)む人の模様が一片ずつに切られて行くのを実に見て居り、したり顔して遣って来た異国人達が大手を振りつつ俺と彼とが安堵を紡いでねっとり構えた、暗黙(やみ)の領土へ入って来たのを、幻想(ゆめ)の内(なか)では遅い速度で写してあった。異国人とは得体知れずの言葉を語り、体温(ぬくみ)の在り処を気取らせない儘茶化した言動(うごき)を呈せ続ける、柔い成体(からだ)の人種であった。その外国人達が先ず俺の元へ遣って来てその後、その流転に引き戻されるかの様にして少々表情(かお)を顰めつつもはしゃぎつつ、現代流行を糧にした〝今風〟の若い日本人が俺の部屋に勝手に集まって居た。俺は山本が帰った後で夜の寂寥に身を晒されながらも真面目を装い、「何時か返さなな」等と自覚する様に確信しながら火照る体を目一杯に仰け反らせ、次の言動に移ろうとして居た時でもあって、他の誰かがその様な一介の老朽が真摯を煩い、孤立した無援に近付く月夜の詩人は野蛮な人々に矢で射止められる光景・情景等を酷く嫌って居た矢先で在った為に、ぞろぞろと手足と声を繋いだ儘で見知らぬ不快な風を自分と部屋とに吹き入れられるのを酷く嫌ったのだった。しかし容赦無く異国人達は俺の元へ参入する儘、集まり始めて昼夜を問わず、陽光と月光とをまるで見納め得た程、彼等の表情(かお)には落ち着きが在り、唯慌しく動いて居たのは俺の感覚(いしき)に相違無かった。「図々しいなぁ」とか思いながら俺は外国人達が図り造り終えて仕舞って居た〝無欠回廊〟の上をすいすい泳ぐ小鳥の様に変態して活き、彼等が見て居たものと同じ昼夜を飛行して、吐息から成る浮かれた気分を嘲笑した儘、よもや朝日が昇る事をまるで百年後であるとする一節を宙(そら)の辞書から引用する内、自分の環境(あたり)を構築した儘自由を呼び込み野放図を挙げ、又蝙蝠の様に絶倫を講じる眼の闇へと還って行った。冷め冷めと夜の白味を見せる明るい季節の歪曲が程無く我に突き返して来る生の息吹成る物を俺はこの手で掴んだ気で居たが矢張り無言で城下に降り立ち、自然が構築したのだろう明るい幻想の内に在った一見華やかな城下町とは掴む事の出来ない誘幻の内にだけ光り策を講じられる取り留めなさにその身を包まれるものだ、と俺は酷く又励まされて居た。その異国人達は白糸から湧いて流れ出て来た冷水を呑んで各々が一々日本人へと変って行って、煙草を呑みながら一泡吹かそうと目論んで居た我の仰臥を唯只管折り畳める様にして或る行進を開始して、又、昼夜でも無いこの一昼夜の内を散歩し、果た又、何処かへ還って行くのであった。その様な繰り返しの演劇染みた一端の古衰(こすい)・憔悴を俺はこれ迄・この先何度も見て来て見る破目と成るのであり、彼等をその手で一網打尽出来る無休の回廊洞穴(かいろうどうけつ)を見知るや否や人間の生命の厚さに興じて流水の強靭へ阿って行く我が身を行く末を只管に唯、按じて、凍える迄もない夏に咲いた憤怒の体は又、荒々しく人と自然の波の内に姿を掻き消された儘何処へか去って行くのであった。日本が人に魅せた恐らく自然の体と花とをその異国人達は〝肌が合わない〟とさせられた上で破棄し、己の生命に脈打たせて一昨日迄に見た桃源郷へとその躰を走らせた後で又、何時の日にかこの場所迄還る事に頷き、有り触れた思惑の内に一つの幻滅を見た儘、我等日本人への愛着と慧眼が成したのであろうか、際限の無い虚無の嵐に幕引きしたのだ。白紙は変らずその地にベースを置きつつ薄らぐ様子で、彼等共々、何時でも活気を帯び得る桃源郷へと戻って生き得る躰と光を彼等に潜める生命(いのち)の水面に込められ入って、白か黒かも分らない儘、身分に準じず戦き始める野望の順序は、この世の終りに埋没して行く未知の早さに拍車を掛けて、まるで現行(いま)へと疾走して行く彼等の描写に相対介せず、宙(そら)を流れる早雲とは又、順路を違えた経路と末路とを採って行く儘、至極当然、沐浴しながら心底(そこ)で呟く〝心底この美的成る物が成し得た思想の衣服は、自分の苦慮には程々似ぐわず、一つの希望も通さず内での枯渇を知ろう…〟との余韻に萎びた嘆きの主観(あるじ)は、〝彼等〟を透して夢とは成らずに、彼等の寝息にほとほと埋まり空気(もぬけ)を宿せる新樹を知った。

 その舶来の様に一体を輝かせた未知を知り抜く挙句に、〝基準〟を引かれて取り戻され行く体躯の集まりとは又、俺の襲来に備えた陽光の正体を一新に暴こうとする物の様でも在って、白紙に描かれ始めた思想の自然へ追随・追従させられ始める樞(ひみつ)を課せ得た未知の〝嘆き〟は、徒労に遍く見本達へと自分の目的(あて)迄用意させられ、仄かに懐いた歩先の行方は、これから始まる酒宴(うたげ)の行方を再度変えられお道化た儘にて、意味の通る誘惑迄への未熟の正体(かたち)を感覚(いしき)の内にて暴くが如く、遠い宙(そら)迄掲げられ得た紋章(しるし)の主を暴くが如く、白紙の姿は以前に創られ準えられ得た無垢の主張(ことば)を〝基準〟と成す儘、嗣業に織り成す成体(からだ)の様子を自分の主(あるじ)に啄み始めた。自然の傀儡達は俺が成す一つ一つの言動に就いて嘲って亡き者とし、諂う笑みさえ浮かべて何者かに追従して行く有様をその快適に構築されて居た屍の空間の内より覗き見て居た事から俺の失笑と憤怒とを買った様で、俺の妄想と見知らぬ生命とが順繰りに成って各々の主張を始める内にナイフを持ち、日本人と成った異国の首元を思い切り飛ばした諸刃の勢いの餌食とした。何時しか持たされて居たそのナイフの刃とは見るのに美しく、尖った冷たさは人を殺すのに好く、又握られたその柄は人が自分の主張をするのに好都合の魅力を醸して居たが凶器には変り無かった。俺はその妄想の内で拡げられた邪推に満ちた憤怒の残像を知り、そうした残像を共に見知ったまるでそれ迄仲間の誠実を見せて居た輩達の敵に廻らされて、苦慮した挙句にその輩達は大きく改築されて仰け反らされた闇の内から、俺と俺の妄想とを頻りに非難する様に成って行った。

 俺はその聖地へ辿り着く迄に恐らく、或る流行歌手が歌って居るステージと、そこで歌われる心地好い応援歌が程好く自分の背を押す力を感じて居て、その流水の内で誰もが認める流行に乗った文学賞を取る夢を見て居た。これは現実でも見て来た夢の一つでもあって、誰が如何言おうと焼噛み半分にしか自身に就いて喋らない無言の襲来に歯止めを置くが如く俺は調子を緩めず、夢を見る強さに只管憧れた心象を糧として生きた過去が在り、唯、全てを白紙へ帰せるだけの勇気は持ち合わせては居なかったのだ。その文学賞を貰った場所とは、俺が以前現実に於ける界隈でアルバイトとして働いたモール街の内に増設された水木書房であって、唯俺はそこでの仕事を三週間程を掛けて働いた後無断で辞めて居た為に躰は小さく成り、同様にしてその躰を以て振舞う体裁振りも小さく竦まされて居た。確かにその辞める際に俺は、その店の店長宛に小さく〝辞める旨〟を書いた書置きをして去ったのであるが、それが読み返されて又自然に依る弱者への淘汰が始まった後、自分への居場所の確保の術は粗方そのほとぼりが冷めてくれる迄は身を現さない事が自分を取り巻く環境の内の常と成って居る事に注目させられ、矢張り唯気が遠く成る程に安らぎを求めながら俺は委縮させられ、辞めて三年が経った今でも同様にして〝その場から去りたい〟という思いは消えなかった。詰り俺はその場所で表象されたい思いと立ち去りたい思いを二面性の様にして携えて、腰掛ける様にして集った周囲の者達に幸先の良い笑顔を振り撒いて居たのである。白線が示すグラウンド上の俺のテリトリーから出る事を俺は嫌って居た様だが、その境界の向う側が自分にとって何を意味するのか俺は終ぞ知らないで居り、又、周りに集まった屈託無く流行に揺ぎ無い者達もその事に就いて語るのを避けて居る様であった。段々途切れる事の無い空間が俺の目前でその正味を謳歌し始めた様子で、その空間はまるで季節が各々の魅力と活性とを人に示す様にして俺に、その元アルバイト職員で俺を教育した小太りの女を見せて居た。

 俺がその在り来たりな文学賞を、まるで教室の様に構築して変えた元職場で見付けて、貰った時、周囲に集まった者達はそんな光景と情景とを眺めて苦笑、爆笑して居た。その文学賞は人に見付けられると駄目だった様子で、まるでそれ迄の効用を発揮しない程にその身を朽ちた物にして行く様子さえ見せながら、少々、俺を後悔させて居た。しかしそれでも俺は自分のすべき事をした後でそこで用意されて居た自分の座席に着くと、その俺の隣の席には俺が専門学校時に見知って居た永田真理子という、小じんまりして一辺倒で在りつつ様々に色香を見せる背の小さい女が居り、始め、その女は俺を揶揄して居る様に見えたが俺がその子の可愛らしさと色気に敗けて仕舞い、次第に打ち解けて行ったのだった。その永田真理子こと小さく可愛らしい女の容姿は一段と自分に優れた器量を託して来た様で、その後、俺が大学時代に獲得して居た又一段と若く美貌の主だった橋田美奈子の様に美しくも在り、俺はその三段の美醜にすっかり仄めかされて仕舞って、在る事無い事を妄想の内にて開花させて行きながら唯、一辺倒成る愛らしい女性の表現というものに乗せられて、取り返しの付かない自分の疾走を目にして居たのである。佇まい等もその女学生が見せた落穂の様な誠実に仄かに光るオーラが漂って居て、ずっと、不覚にも若輩に憧れて居た自身の過程を見送る様な途轍も無い母体が何時しか見せた幻覚の様な物を、その時も俺は見て居た。俺は決ってその永田真理子に恋をして居た。始めは腰掛けながらに覚えた恋心で在ったとしてもその心は次第に人の垢に纏わり付かれて幻覚がその形の角を束ねるが如くに曖昧なものとされ、俺の身も心も何処と無くその実体を掴めずに段々と乏しく変えさせられて行く危うい屍の正体を見せられ始めて、俺は少し躊躇して居る。その時自身の内に構築されて居た、俺が過去も現在も生きる囲まれた一室には〝ウルトラQの感動〟を享受し得る程の余裕が在ったがしかし、一度やると決めた世間の偶然は己が生き抜く為の密かな行為をそうした流行の内に一身ずつを束ねて隠し、俺の自信を又亡き物にしようと画策して居た気配も在った。俺はその表れに依って、唯流行の赴く儘に自身の感動を自分で構築した挙句又その行方も構築して、生粋の宴が段々白々と醒める迄の過程を知らねば成らない起点を知って居た。

 あの元職場で見た教室が柔軟に恋に寄って変容させられて行き、零落れはせずともその内で各身を束ねて行く為に生れ育った生粋のオーラは次第に水に薄まる様に感じられなく成り、何時何時、何処何処で見知った自分の行く先と俺が見知る迄にそう時間は掛らなかった。唯、頻りに変貌する各々のそれ等の一室の内で時めかされる様々な人との混流が意味深に建てられたオベリスクの生命をまるで薄暗い虚無の内に人の意識に寄って吸い込まれて行く様に滔々と見え辛いものと成り行き、然らば人の生命(いのち)をこの手で奪おうとする白砂の呈する迄の自然の如き強靭性を我も持つ事が出来ず、唯、どんどん流れ込んで行く盛者の断りの様な衰弱を我も見なければ成らぬと知れば、到底叶わぬ人の弱性につい、絆される様にして気付かされる訳である。取り込めぬ、人と人と壁の向う、空の向う、掌の陰と新緑との携わり、どれを採っても一向に意識に生れて来ない見知らぬ開闢の扉は自身の死の淵の内で脆さと語りつつ空気に巻かれ、人の吐息に捕われ、開眼も出来ぬ儘の未熟な態を以てこの空々した有耶無耶の生の主と対峙しなければ成らぬのである。又、それ等の一室の内に集まった浮浪者の様な〝愚民〟と解された盲者達は、事在る毎に事冷める毎に悉く俺を幼く馬鹿にする為、退っ引き成らない駆け引きが講じられ続ける一端のロマンスの内で俺は終始苛突かされながら前傾に成り過ぎぬ様にとその生きて行く為の姿勢の維持を試されて居たが、「俺は四十三だ」と在る雑誌の内で呟いて居た恰幅の好い男と共に、俺はそのごたごたと出し抜けが生かされ続ける虚無の内でも滔々と又生き続ける事が出来て居た。

(一度夢の開拓者と出会って青白く、虚無とは無縁の山奥へ行って又帰って来、新しく自分の耕す土地だと認めて腰を下した挙句に生れて起きた、二番目の夢の楽園にて。)

 俺は中学生の頃に見知り、感じ取った、泡の様な鏡に無数の堕落を採って好い加減に光って行く思春期の頃に居り、微温湯に浸かり過ぎてふやふやに火照った体の心臓を捕まえて、又、一度見て捨て去って居る不良の境地へ還ろうとして居た様だ。その「大変」を見知った自分の快楽を失き物とする無我の奈落は連日生きねば成らぬ人の義務の内に活性を帯びる様で、死への恐怖から持ち前の快楽を知り取るにはそう時も労も費やさずとも良い様であり、奴隷の様に生きるしか他に術を失くした人の傀儡達に紛れて俺も、泥濘に両足を操(と)られる様にして唯只管前進出来ぬ堅牢の内の自信を知る事と相成った。その悶着の内で見栄えの良い恰好を衒える自身の内でさえ己の自信は落ち着き先を知らずに荒野の内で荒れ、継続させられ得る安心も未熟の力さえそこには芽生えずに、又、時を置く様にして人の活性はその荒れた地で自身を成長させて行く事しか知らずに居たのである。俺は自ら工作仕上げた自分に程好い底上げの靴を〝世間には無いから〟とした挙句に獲得し、その後自分に遣って来た緩い下りと上りの坂をてくてくとぼとぼと下りて行き、上って行き、色付いた不良と呼ばれる群れに纏い付くちびた不良の友人達に、俺は態と出会(でくわ)した。その〝ちびた不良の友人達〟の内には群れだった為か隠れてのっぽの友人達も居り、のっぽは始め俺に気付かず、その経過の内で俺も態と見ぬ振りをした儘群れを成した不良の群れの内へ向かって歩を進めて行くと、のっぽはその為か俺に気付いた様子で、唯、ちびた友人だけが俺に近付くがその身長差を気にしてか態と俺を避けて居る様に見えた。のっぽで群れを成して居たそこの住人達は俺が近付こうとどの辺りを歩こうと一向に構わない体裁を決めて居た様で、時間だけが経過した。しかし後からその時間の経過に依って、季節が俺にくれて来た孤独の素顔と何にも阿らない一向した強靭の住処とを我に提供し得る引き金の様な経験が俺の目前に現れた様で、俺は仕方無くその不良達の目前を歩き自分の行くべき新たな開拓地へと進む間に、取り留める事の出来ない青松の震源を垣間見た気がして居た。そうした妄想の疾走を俺の脳裏と身体とを通り過ぎて行く内に、群れから食み出る様にして俺へ向かって来たちびた子供は俺の直ぐ傍迄来ると又滑稽にも身を翻して群れの内へ戻って行きぽつんとした儘、ちょこんとその内で腰を下して座り込んで居た。その光景を見ながら俺は矢張り妙な優越に身を絆された儘それ迄の熱で以てまるで宇宙空間へでも自身が放り込まれる位の人への活性というものを自然の内から憶え、携え、身の熟しに軽さを少々覚えつつも又自身を見逃さぬ様に、と念を押しつつ暮れて萎え掛けた戻るべき自身の巣箱の構築に勤しんで行ったのだった。その俺の優越感が或る母性を呼び止めたのか或る一人の女が俺達の元へと遣って来て、彼女が段々自分達に近付く気配を感じながら図に乗る苦渋のタイプが又一頻りの活性を帯び、俺は彼女にも聞える程の明らかな声と言葉で「お早う」とそのちびた不良学生に向って告げた。やがて俺達の元迄辿り着けたその女は、俺にそうして声を掛けられたちびた少年が間誤付いて居る際、自分の持前の〝人に見せる為の母性本能〟を活かして中学生の頃の娘に還り、俺にとって強い味方であるという事をその余所余所しい光景と情景とに掲げる様にして背伸びを以て闊歩し始めた後、「ほら、お早うやって、はよちゃんと言わなあかんやん。」と、母が子を宥め透かす様な体を採り、さも軽く飛び跳ねる程の足取りを以て自身の立場を固め、笑いながら唯少年を見て居た。その少女は唯楽しんで居た様ではあるが、その少女の背後に立ち、時空を越える事の出来る女神の性は俺にこうした〝ごっこ〟を何度も見せて来た不老の貴重と人の生を超越した性とを持って居り、軽く扱えない無言の持久がその身の内で絶えぬ灯を灯し続ける現実に俺は気付いた心算で居た。

 径の細い実験用のフラスコ瓶の内に迅速なスピードを課せられて吸い込まれる様にして無くなった俺を取り巻いて居たその環境は次に、TV画面の前に一人ちょこんと座って黙って居る少年の俺の模様を映し出し、その俺を取り巻く環境は又次第に相応の色が脚色されて行き一つの落ち着き先を知った。そのTV画面には芸能人の戸川純が映し出されて居て、卑猥な事をして居り、〝必ず女が快楽の為に発狂する〟と言われ続けて来た古来の拷問種目の内の一つである〝達磨アクメ〟にその身を縛られて居た様で、段々とその未知の境地へと追い込んで行く囚人達と共に、その追い込まれ行く彼女の悲壮を願って俺は興味津々と成って居た。時間が経過して行くに連れ、次第に彼女の表情が獣の様に変貌して行く姿がその清潔と誠実が汚されて行く為の快楽に似せられて余計に俺に屈託の無い興奮を与え続けられるその興奮の蓄積に依り俺の心身は純情が汚される程にすっかり彼女の虜と成って行った様で彼女から既に遠くへ離れ行く事も出来ず、悲痛で甘い快楽に蝕まれながら俺は無我のダンスを踊った。純ちゃんはすっかり大人の真面目を剥がされた様に一匹の子供の様な体裁を仄めかす獣と成った様子で、その体で以て俺に打ち勝つ様に体の鉾先を仕立てて向けて、俺はそうした彼女の足元にて下敷きにされつつ敗北は必至の事でもあった。しかし彼女はその猛進に依る俺への追随を止めずに快晴の下で純粋を袂に入れた儘吉原や薄暗い人の路地を歩く如くに女の強靭を俺に見せ、俺の男性ながらに気取って持って居た弱いピュアを、粉々にする迄悉く人を総嘗めに出来る青春の躍動の内に人の愛へのピリオドを打って行った。純ちゃんは道端に茂った草叢の内に身を屈めた儘で顔だけは俺に見える様にとしっかり上向きに挙げ、相応に何度も悶えるしかない快感に踊らされる身の火照りに少女を埋没させた儘、何度も顰め面を俺に見せて行った。その火照りの最中時折見せる少女の営みはその純の心身を成長させる為に何度かか弱く美声を上げて居たが、彼女の身体を又新たに変貌させる力は何処にも無かった様で、その微かに咲いた弱い少女の草叢の陰に大きく尻餅を搗いた儘、純は身と声の火照りとを自然に向けて放つしか他に無かった様であった。彼女をそこ迄に追い込んだ囚人とは俺が唯TV画面を通して一方的に見知った村西とおるであり、この男も又彼女と同等で同様の骸を着た儘で生から得られる人の活気に満ちて居るのだ。この様な様子を俺は自分の父母と共に見て居たのか他の誰か親しい人と見て居たのか、そうした独りでに覚えた気弱な小志が俺の心身共に委縮させて行き、確かに気不味く成りつつ美醜と純情とを共に背負う破目に成って行き、それ等が俺に他所で覚えさせた同調への努力は俺をその現実から遠退かせ、次第に修復を図ろうとする細々した生への努力とは、俺に実体を告げない儘でこの現実から見得ないまるで非現実へと遠泳して行く様でもあった。故に解体された我が純情は悪逆な道へ自身を束ねて向かう前に知って居た真面目に快楽より迸(とばっち)りを引き起こして、「もっと卑猥に映像が飛ばんかなぁー、早く往けよ!!」と言った正直を俺は態と自分の直ぐ背後に気配を感じさせた住人達へ向けて聞える位に声を上げて響かせ、〝どうだこれでもか!!〟と言った具合に、自身の飽くなき清純(正純として良い)と悪行への反発を、如何しても無く成ろうとしないこの世の人の悪を殺す為に、散々に胸に痞えた狼煙を持った言葉達を解放し、果ては虚空へ迄突き上げて行ったのだ。寝覚めの良い、自分の挑戦した後の〝落ち着き先〟を探して居た事実は夢の内でも現実の内でも変わる事は無く、唯どちらに於ける自分の身の周りには無限の風が吹き抜けて行く様だった。背後に気配を醸した残り香の様な成り行きを構築した人の過程は変らずにそこに残って居た。

 心太がその透明の体の内に様々な人のユニフォームを詰め込んで、独特の木枠から押し出されて作られる一品と成る迄の過程で、俺は、〝埼玉〟を冠する、以前に少年と夢のグラウンドを駆け廻って居た西武ライオンズのユニフォームをその透明の陽炎の内に見、宛がわれて居た。白地を基調とした水色のユニフォームはやがて俺の意識の内で空色のユニフォームへと変わり、その空色はやがて天空に輝く幻想の星々を一気に煌めかせて輪を作る様に俺の生地を構築して、俺はその内で自然と同化して行くライオンズの熱気と未熟に絆されてライオンズの一ファンと成った訳である。そのライオンズが登場する試合を、俺は良く見知った西武球場で自分の隣の席に座って居る井上陽水と一緒に成って少年の様に観戦して居たのを覚えて居る。未だ公式試合が始まる前か公式試合の最中でか、ライオンズナインの内の一人が「下手だ」という理由で仄かに又力強く、吊し上げを喰らい怒られて居た。まるで五月の快晴の炎天の下、陽水は密かに疲れて居た様子で体を傾けて、次第に青く灯って行く疲労困憊の姿を露わにさせた後俺の顔を見ない儘に仕方無く、又素直に、「私に凭れて寝ても良いよ」と陽水に言い、陽水は束の間俺の肩というより胸、腹、膝迄を擦り付けて行く様にして停滞しない体を滑らかに仰け反らせて行った。「私に凭れて寝ても良いよ」とは、以前に俺が同様にして疲れて居る時キャンプ地から教会へ迄帰るキャラバンの中で俺に言ったKと同じ台詞であり、俺はその時に自分がそのKから受けたものと同じ優しさを灯して陽水に対して言った心算だったのである。陽水にしっかりと、すっかり伝わったのか如何かは別として、陽水は俺のその言葉を聞き終えた後俺の微弱な温もりに埋もれて行く様にして先ず自分の頭を俺の肩に置いたが安定しなかった様子で、その後、するすると自然の力に寄って身を任せる事を強いられながらその体が向かった先は、俺の膝と膝との間であり、陽水は自分の頭が俺の膝を割った挙句挟まれる姿勢に落ち着いて仕舞い、しかし持ち前の体躯の図太さがその安定をも壊して俺と陽水はその儘細道のコンクリに体重が吸い寄せられる結果と成り、陽水はその儘自然の流れに沿ってその前方の道の上へ転がった。そう成った後でも、尚も強引に眠ろうとする陽水の強引とその珍妙な恰好とが交差して滑稽に磨きを掛け、俺はついその可笑しさに〝ぷっ…〟と吹きそうに成ったがそれでも〝堪らない笑い声で陽水を起しちゃ悪い〟と遠慮して、他の自然の移り変わりに注意を逸らして黙って居た。又、目前のその道路を通る人が多かった事と、少し離れてグラウンドで観戦して居る客が疎らに居たのとで、俺は何時も覚えて居た常識をそこでも取り戻させられ、堪える事が出来て居た訳である。又、同時に、笑った事で、陽水に怒られる、厭な思いをされる、事を嫌ったからだった。

 この球場へ辿り着く迄に俺は、小学校・中学校の時に唯一緒に居た山本や村井ひでき、角田と時勢に気に入られて流行って居る、雑貨屋(衣類も売って居る)に入り、並んで歩いて自分の買える物を探して居たが、俺は又今の自分に収入が無い事に気付き、束の間の内で恰好が良いと思えた黒地に胸の所だけ十~十五センチ程の黄色のラインが入ったTシャツを手にして、その値札に十五万円と書かれた高価に驚いて居た。その途方の無い高値に辟易した後直ぐ様元在る場所にシャツを戻して、「見て、これ十五万円やって」と山本に言うと山本は、「値札の下の説明書きよう見てみ、忌野清志郎が着てたって書いてあるやろ?だから高いねん。買って損は無いで」とでも言う様に横目で俺に諭し、まるで直ぐ様捨てるしかなかった俺の実体を嘲笑うかの様にその儘の歩調を緩める事もせず、すっすっと他の友人達と共に少々店の奥迄入って行った。俺はその山本の説明とシャツの内容に一先ず納得はしたが矢張り買う気はもう起らず、「何だ、甲本ヒロトの」じゃないのか、も一度値札の下のシャツの説明書きを読み返しながら何と無く歩き去って居た。


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~言葉の妙~(『夢時代』より) 天川裕司 @tenkawayuji

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