物語の小説化技法の詳説
種田和孝
第一章 はじめに
第1話 はじめに
未刊作品群を読み漁っていると時折、目を引く作品に出合うことがあります。面白そうな物語、雰囲気の良い文章。でも、いかにも惜しい。これでは小説としては不十分。そんな作品です。
それらの中でも特に気になるのは、いかにも真剣に執筆していることが分かる学生や生徒らしき執筆者、しかし指導者がいない。そんな印象を受けるものです。この解説書はそのような人たちに向けて書かれています。
それでは、大人の初心者は対象ではないのか。そんなことはありません。ただし、大人は初心者であろうとすでに独自の考えを持っていることが多く、この解説書に違和感や反発するものを覚えるかも知れません。そういう人はストレスを溜めないために適時、この解説書を読むのをやめた方が良いと思います。
読者としての経験を積むと、良い作品を良いと見抜くことは難しくとも、悪い作品を悪いと判別することは容易に出来るようになります。つまり、曖昧とは言え、良し悪しには境界があるのです。この解説書の読者の皆さんは、せっかく小説を書いているのですから、もしくは書こうとしているのですから、ぜひともその境界を越えてください。
小説にはいくつかの楽しみ方があります。例えば、物語を楽しむ。形を楽しむ。謎を楽しむ。この解説書では、物語を楽しむ種類の長編小説の書き方を説明します。つまり、物語性の強い長編小説を書くことが目標です。
小説のジャンル分けには定義がありません。例えば、現在の日本を代表する小説家、村上春樹氏の作品は純文学なのか、大衆文学なのか。そんなことが頻繁に議論の対象となることからも、それは明らかです。
それでも、ジャンル分けにはコンセンサスがあります。私の見るところ、純文学には二つのコンセンサスがあります。一つ目は、散文による表現の美しさを追究した小説。二つ目は、人間性の本質を追究した小説。一つ目は形を楽しむ種類の小説であり、この解説書の対象ではありません。
もう一つ、この解説書が対象としていないものがあります。それは児童文学です。ただしもちろん、児童文学を執筆する際の参考にはなると思います。
さらにもう一つ、この解説書が対象としていないものがあります。それは全編にわたってほぼ全てが会話文で占められているような作品です。作者がいくら小説と称しても、それは小説ではありません。脚本に分類されるべきものです。
この解説書が対象としているのは、物語性の強い大人向けの長編小説です。その種の小説を好む読者が興味を持っているのは、物語内での事態の推移と、それに伴う登場人物の思考や言動です。物語の構成においては、作者はそれらを最重要視しなければなりません。
また、読者には小説を最初から最後まで読み通してもらわなければなりません。そのためには読者を物語に引き込む要素、没入感が不可欠となります。小説の構成においては、作者は読者の没入感を重視しなければなりません。
なお、特に但し書きがない場合、本文中で提示されている例文は他者の作品からの引用ではありません。
また以下では、未刊作品、既刊作品などの語を用いることがあります。未刊作品とは商業出版されていない作品、例えば小説投稿サイトなどで公開されている小説を指します。既刊作品とはいずれかの出版社から商業出版された作品を指します。
最後に付け加えておきますが、この解説書には「した方が良い」という弱い言い方と「しなければならない」という強い言い方が混在しています。強い言い方に反発するものを覚える人は以下のことを良く考えてください。
例えば切符の自動発券機。例えば金融機関のATM。例えばパソコンやスマホの画面。もし、デザインや操作方法がてんでばらばらだったらどうなるでしょう。分かりにくい。使いづらい。なぜ統一しないのか。そんな批判が殺到するのは目に見えています。つまり、多くの人が利用するものに対しては、下手に独自性を発揮してはいけないのです。
小説の執筆についても全く同じことが言えます。多くの人に読んでもらいたいのなら、多くの人が読み慣れている書き方に従わなければなりません。小説執筆、工業デザイン、その他の多くの分野。独自性を発揮しなければならない事柄と、下手に独自性を発揮してはいけない事柄の両方がある。この一般論を良く理解することをお勧めします。
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