想う

イエスあいこす

終章 おわり

星空が巡る。

地球が回っている。

夜空を眺めて私は何を黄昏ているのか。

それは分からないけれど、私を駆り立てる感情がこの胸の中に確かにあった。

そしてその感情のままにメッセージアプリを開いて「あいしてる」と打ち込むが、送信ボタンを押す前にどこか億劫になってアプリを閉じた。

「~~♪︎」

好きな歌を歌う。

歌い終わったら、見上げた星空がまた少し動いた気がした。

やっぱりメッセージアプリを開いて、今度は電話ボタンを押すことにした。音声通話かビデオ通話かを選ぶ選択肢が出てきた。ここで戻るボタンを押せば引き返せる。でも今度は億劫にならなかった。

6コールくらいで彼は出た。顔は見えなくても画面の向こうで目を擦っているであろうことは察せられた。

「もしもし」

「もしもし。こんな時間にどうしたの?」

「いや、お話したくて。寂しかったからさ」

「寝てたんだけど……」

ささやかな抗議が返ってくる。

「起きちゃった君の負けだよ」

「むぅ……まぁいっか。何かあったの?」

「こっちに来れば分かるよ」

「……この時間に起こされた上に展望台まで駆り出されるの?僕」

「察し良いじゃん」

「なんでちょっと誇らしげなの」

「さぁ。私にもわかんない」

「とりあえず歩いてここまで来てよ。手ぶらで良いからさ。ああ、通話は切らないでね」

「はぁ……はいはい」

ゴソゴソと布団から起き上がるらしい音が聞こえる。それから少ししてからガチャッとドアが開く音がした。

「あのさ」

「なに」

「今日は何してたの?」

「曲書いてた。良いフレーズが浮かんできたからさ。大枠が出来たから一旦落ち着いて寝てたら叩き起こされたんだけどね」

「ふーん。ごめんね」

「謝るくらいならサイダー奢ってよ。今だってめちゃくちゃ眠いんだから」

「そっちじゃなくて」

「逆にそれ以外ってどれなの」

「曲のこと」

「なんで君が謝るのさ」

「もう要らないから」

「……なに言ってんの?」

「要らないってのは言い方に棘がある気もするけど、実際そうなんだよ」

「どんな事情かは分かんないけど、詳しく聞かせて」

「まぁ。とりあえず私の話を聞いてよ」

「いや、だか「私さ」」

「君のことホントに好きだよ」

「……急になにさ」

「えー?告白への返しじゃなくない?」

「それどころじゃない感じにしたのは君の方だろ」

「はは。確かに。でも本気だよ。あの日まで死んでた私は、あの日に君と、君の音楽と出会って生まれたんだ」

「それはお互い様でしょ。僕もあの日に生まれたみたいなものさ。でも、そうなんだったらさ……」

「ううん。それはまた別のお話だよ」

「じゃあどういう話なのさ」

「私は今日、ここで終わるの。十月二日、晴天の星空の下、この展望台で」

「……………………なに言ってんのさ」

「そのままの意味だよ。最期に君と話したかったし会いたかった」

階段を駆け上がる音が小さく聞こえてくる。

私は細い細い、老朽化した柵の上に立ち、展望台へ入るための扉の方を向いた。少々体重を後方へと傾ければ私は転落し、苦楽を感じ得ない肉塊になる。

「あのね」

駆け上がる音が近づいてくる。お構い無しに言葉を紡いでいく。

「私、ずっとずっと、君のこと」


ガチャリ


「あいしてる」



酷い顔の彼をこの目に焼き付けて、私は自由落下を開始した。

命を手放すその時、一瞬走った激痛が、二度目の生の実感だった。

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