第28話 帝都の異変

「もう夜なのに、空が明るいわね」

「おかげで、君の体がよく見える」

「もうっ。あなたったら。えっち」


 一応、住人には重要な実験を行うと通知はされていたが、内容は秘匿されていた。

 そのために、なんだか夜なのに明るいと、人々が気にする。


 ガラスなどを窓に使っているのは、金持ちだけなので、家の中には居れば一般の民には関係ない話。

 ろうそくを灯す必要が無くて、ありがたいくらい。

 

 だが、それでも一晩二晩と続くと、やはり不安になってくる。

 そして、発熱をしはじめる者達が出てきた。


「あんた、大丈夫かい?」

 人の良さそうなおばさんが、道に倒れている若い男の様子をうかがい、コイン入れを盗んで、そそくさと離れる。


「おっ。意外と持っているじゃないか」

 袋の口を開き、中を見てほくそ笑む。

「せっ…… かえせっ」

 振り向くと、さっきの若い奴が、起き上がっている。

「ちっ。何を返せって?」


 次の瞬間。

 彼は一瞬で目の前へ移動をしてきて、おばさんの腕ごと彼の爪により切り裂かれる。コイン入れが、ガシャッと音を立て地面へと落ちる。


 あまりに切れ味が鋭く、おばさんは、何かが腕に当たったくらいにしか、感じなかったようだ。

 やってくる痛みと、噴き出す血。

「ぎゃああぁ。何をすんだい」

 あわてて腕を拾い、土が付きジャリジャリだが、気にせずにくっ付けようとする。

 だが人間の体は、そんなに便利な作りになっていないようだ。

「これじゃあ、仕事が出来……」

「やかましい」

 そう言って、彼は手を振るったのだろう。


 それは、常人には見えなかった。

 自身の動きにより、彼自身の筋肉は、せん断や断裂を起こした。

 だが、あっという間に修復をされ。元よりも強化される。


「ああ、畜生。帝都も物騒だな。油断も隙もあったものじゃない」

 その若者は、ぶつぶつと言いながら、その場を離れていく。

「妹の結婚祝いを買わないといけないのに。しかし…… 何を買えば喜んでくれるだろう」

 そんな事を言いながら……


 そして、帝都近くの街道では、人々が溜り騒いでいる。

 道の真ん中。そこに見えない何かがある。

 夜ならば、光っているために分かるが、昼間だと気を付けないと見る事が出来ない。


「これで、三日目だ。一体どうなっているんだい?」

「おらの売り物が、もうだめだ」

 行商の人間達。

 生鮮物は、日持ちが厳しいのだろう。


 だが、彼らはその日。

 見えない壁がある事を喜んだ。


 近くの森から、デスベアー。そう、モンスターがやって来た。


 それは良い。よくある事だ。

 壁の外側では、壁がある事に安堵をする。

 だが向こう側では、人々が逃げ惑う。

 その中で、探索者達が動き始める。

 依頼を受けて、付いてきていた連中。


 身なりと装備を見ると、余りたいした連中ではないと、壁のこちら側では判断をした。

 これから起こるだろう、むごい有様を想像をして、つい目を伏せる。

 だが、そのボロい刀が、三メートルもあるモンスターを両断する。

 切った本人達は、体調でも悪いのかふらついている。


 近くで商人らしき男が、モンスターの返り血を浴びて、げはげはとえずいている。

 モンスターの突進に驚き、口を開けていて、血をかぶったために飲んだのだろう。


 商人は跪き、うつむいて何かをしている。

 だがその後、いきなり服がはじけて、角が生える。

「なんだありゃ?」

 どちらかと言うと小柄だった男。

 変化をしながら、モンスターにすがりつき、喰らい始めた。

 それと共に、体は大きくなり肌の色が黒くなってくる。


「ありゃあ、オーガじゃないか?」

 衝撃の事実。

 目の前で人がオーガへと変化をした。

 そいつは、凶悪で強かった。


 充満をしてきた魔素と、モンスターの体液。

 本当にたまたまの事故だが、それを摂取をして、急激な変化を起こしてしまった。

 人々の常識から外れた事実。

 そんな事が、人々の目の前で起こってしまった。

 それは情報として記録される事になる。


 だが大多数は、緩やかに魔人へと進化をした。


 そんな混乱の中、ダンジョンからモンスターが湧き始めた。


 施設自体が、ミスリル化されて偶然とはいえ、強化され耐えているが、とっくに設計性能は越えている。

 シールド内に、たまり続ける魔素。

 高濃度の魔素を変換して、シールドは強化され、聖魔法が降りそそぐ。

 魔人化した者達が居る一方、聖魔法に反応して変化をする者が現れた。


 あるものは翼を持ち、魔素を吸収をして、あふれ出した聖的な光が、体からにじみ出て光る。

 ただ、変化による影響か、体から色素が抜ける。

 だが、その目は赤ではなく、金色に輝く。


 同じく、魔素に特化した者にも、翼が生えた者達が現れる。

 なぜか目は赤く、体は強化されて黒くなっていく。


 後に分かるが、両者は数百年以上の時を生きる事になる。

 そして強かった。


 施設が、耐えきれず自壊をしたとき。

 シールド中に居た人は、白か黒。どちらかのタイプに変化をしていた。

 事故による、強制的な生物としての進化が発生。

 女神の望んだ、高位の魂を持った生物が発生をした。


 その者達は、お互いに手を組み、ダンジョンからあふれ出たモンスター達を倒していく。

 どうやら、変化の具合によって強さも違う様だ。


 どちらも、翼を持つ者が最上位。


 その日から、イングヴァル帝国内では動乱が始まった。

「低位の種族は、下がって貰おう」


 強制的な皇帝の退位。

 各地を治める、王達の追放。


 そして、白きものと黒きもの。

 互いの意見が割れ、国は二分されていく。



「そんな感じで、帝国はしばらく危険ですね」

「そうか。種族的変化のう。ありえる話ではある。遺伝子の変異か……」

「はい? 遺伝子?」

「ああ、体の中に設計図があるのじゃよ」


 そう語るシンの横で、渡されたメモを見ながら、マッテイスはぷるぷるしている。

「えーと、シン。ディビィデ山脈の廃坑に、倒せなかったモンスターを封じたって、なんですかこれ?」

「ああ、質が悪くてな。多分スライムの変種だと思うが、倒せなかったのだ。わしらも若かったしなぁ」

 スライムの亜種。

 そいつは、女性を襲う。

 だが、殺す事はしない。


 食事として、人間の出す体液をむさぼる。

 解放された女性は、再び捕まりに行く。

 捕まっているとき、それはもう、ものすごく気持ちが良いらしい。


 依頼を受けて、退治をしに行って、丁度その食事中を見てしまった。

 そう、じっくりと……

 彼らはどうしても、そのスライムを殺す事が出来なかったそうだ。

「流石に、もう死んだじゃろ」

「そうですかねぇ。それと、勝手に宝剣を持ち出して、壊したって……」

「時効じゃ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る