第24話 シンのお仕事

「良し、ヘルミーナはきちんと出かけたな」

 初等部棟の廊下から、女子寮の廊下を見る事が出来る。


 浄化魔法を撒き散らかしながら、歩いて行くシン。すごい勢いで廊下が綺麗になっていく。

 時に火の混じった暴風が、舞い上がった埃を消滅をさせて、周囲を綺麗にしていく。


 今日は、教養のテスト。

 雨天練習場の二階で集まり、ダンスを披露していく。

 適当に相手が決まり、挨拶が始まる。


 カーテシーとボウ・アンド・スクレープで互いに挨拶を行う。

「私は、マティーノ男爵家長男。バルダッサでございます。よろしくお願いいたします」

 テストの相手は、すかした感じのいやな奴。だが、ここは社交の場。

 自身の意識を切り替えるヘルミーナ。

「私は、シュワード公伯爵爵家。ヘルミーナ。よろしくお願いいたします」


 心の中で、いざと気合いを入れ、曲に集中をする。

 基本姿勢を取り、ホールドをして手を組み…… うっ、手が汗ばんでいて気持ちが悪い。

 お兄様とは違う……

 シンお兄様は、まるで何十年も踊っていたかのように安心感があり、耳元で「リラックスをして」とか言って、優ししくリードをしてくれる。


 でもこの相手、余裕を見せているけれど、緊張が伝わる。

 ヘルミーナは、そっと魔力を錬り、身体に行き渡らせる。


 曲と共に動き始めた姿は、習った事を完璧にトレースをする。

 そこに一ミリの妥協もない。


「くっ」

 加速についていけない。

 なっ、なんだこのクイックなターン?


 バルダッサは、この年にしては上手いと自負をしていた。

 社交界で浮名を流した父親から、女性へのボディーコンタクトと振動。目配せに囁き。

 貴族の男子として、必要なテクをたたき込まれていた。


 だがその歪んだダンスは、ヘルミーナにとっては悪手。

 彼女は考える。ボディへの距離が近い。

 フォワードロックで、なぜ私の足に足を絡ませる?

 その、余分な動きのため、いらだつヘルミーナはドンドン加速をしていく。

 そう。相手に、余分な動きをさせないスピードを保つ。


 余分な動きをする。そう、それは挑戦。彼女はそう受け取り、己の力を解放をしていく。

 その姿は、びしっと気高く美しい。

 

 すべての動きが、デジタル化されたようにオンオフが繰り返される。

 だが、動きはあくまでも優雅に、そしてクイックに……

 移動。ターン。移動、移動、移動。

 ターン。


 小さな子ども向けの、二分の二拍子だったリズム。

 それが、四分の四拍子へと倍速化して、それはさらに高速化をしていく。

 最初は、一小節に対して、二拍。はい、いちとーに、だったリズムが、一と二と三と四となった。

 フォックストロットだったものが、一組だけクイックステップへ。

 その速度は上がっていく。


 あっちへ、移動移動移動、ターン。

 こっちへぶんぶんターンと。そのダンスはどんどんと高速に。

 生身の七歳対、身体強化がガシガシに効いたヘルミーナ。

 バルダッサは、当然ついて行けずに、足を滑らせて飛んで行く……


 幾人かの組を巻き添えにして……


 一瞬、どうしても気持ちが悪かったのか、体に浄化を行い、一人で優雅にダンスは続く。

 パートナーが居なくとも、全く問題なく……


 ダンス講師、オードルヌ=ノーブルは目を見開く。

「これで七歳? ヘルミーナ? シュワード伯爵家…… ああ、あの」

 武術と、ダンス。

 確かに、通じるものがある。

 身体操作の極みね。

 うむうむと納得をする。


 その頃。

「おい、足をふむな」

「やかましいわね。あんたが躱しなさいよ」

「ちっ」

 モニカも、なんとかなっているようだ。



 そして。

「オラァ。掃除が出来てねえぞ」

 清掃人の控え室に、中等部の生徒がやって来る。

「おらぁ? 何処の田舎者だ?」

「何処でも良いだろ。二階のトイレだ。誰かこいよ」

 いつもの事なのか、父親が騎士爵のヴィートが立ち上がろうとする。


 だが、シンがそれを制止する、ピッと右の掌一つで。

「僕が行ってきます」

 そう言ったのは、奴らの後ろにデューラーが見えたため。

 この短い間に、グループを造り上げたようだ。


「だが……」

 ヴィートが、心配そうな表情を見せる。

「大丈夫です」

 そう言って、さっさと出て行ってしまう。


 周りを囲まれながら、中等部の建物を上がっていく。

 その先のトイレには、先客が居る。

「七人。いや八人か。トイレにこもって何をしているんだ?」

 呆れたように、わざわざ声に出す。


 待ち構えている事がバレ少し焦ったようだが、奴らはトイレの中へシンを突き飛ばす。

 一応トイレは、小便器がいくつかと、個室が三つほど。それほど広くはない。

 浄化槽へと配管が繋がっており、水洗ではないが、よく田舎にあるくみ取りでもない。おかげでよく詰まる危険なトイレ。

 

 こけるのを期待した感じで突き飛ばされたが、身体能力はこいつらよりも圧倒的に高い。


「何処が汚れて……」

 そう言いかけたシンだが、状況を理解して、無駄な茶番に乗る事はないと理解をする。そして、悪い笑みを浮かべる。

 そう、ここに居るのは、デューラーが知っている、泣き虫で弱っちいシンではない。

 幾度もの戦地で、死線を乗り越えた英雄。

 一二歳やそこらのガキとは違うのだよ。


「そうだな」

 そう言った瞬間、部屋の中に魔法による雨が降る。


 無論シンは、シールドの中。

「ばい菌が居るだろうから、綺麗に退治をしないとなぁ」

 そう言った瞬間、死にはしない位の高電圧がかかる。


 濡れていると、ダイレクトに効く。

 かなり控えめだが、皆の髪が逆立つ。


 弱めに周囲の連中に高電圧をかけた後、これ見よがしに光り輝き放電をする、球電と呼ばれる電気の塊が空中に浮く。

 さっき、感電をしたばかり。

 流石に、その痛みは忘れていないだろう。


「ひっ。うわあぁぁ」

 そう言って、逃げ出してしまった。

 デューラーまでいなくなったところを見ると、奴は雷が使えないのか?


 まあ濡らした、トイレを浄化する。


 すると、なんという事でしょう。

 単に浄化をするより綺麗になった。

 汚れには、水と浄化。物理と魔法の併用が良い様だ。

「これは知らなかったな。内緒だよ」

「はひぃ」

 トイレの一番奥。個室から声が聞こえる。


 元々彼が虐められていて、奴は、俺の事を思いついたのだろうか?

 余計なお世話だろうが、声をかける。

「変わりたければこい。教えてやる」

 その声に、奥に居た者は反応して、顔を出す。


 その男の子は、あっという間に相手を追い払い、自分に手を差し伸べ、そんな事を言ってくれた相手。

 期待をして覗いたが、見た目が九歳の男の子だとわかり、愕然とする。


 すぐには来なかったが、数週間後。

 彼は、泣きながらシンの元にやって来る。


 クリスティアーノ=ベイエルス、一二歳。

 弱小男爵家の、次男坊。


 かれは後に『絶氷の貴公子』と呼ばれる術士となる。

 この時の彼はまだ、優しくて気弱。自然が好きなだけの田舎者。

 男だが、女性にも見える中性的な風貌。

 

 だが、シンに出会い、教えを請う。

 『物事の本質を見極めろ』

 その教えに従い、渾身のギャグさえ凍らせる。そんな男へと変貌をした。


 そう、彼は『絶氷の貴公子』。

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