彼女にプラモデル組ませるだけの趣味全開の短編

さかきばら

第1話

 家具の配置は重要だ。私室として、俺の中に譲れない条件が3つあった。


 第一に、長時間楽な姿勢のまま作業机を眺めることができること。


 部屋は諸君らがイメージするような四角形になっていて、ちょうど左側に薄いカーテンレースと窓がある。

 作業机はそこにぴったりとくっついていて、デスクトップに接続されたモニターから覗き込めば、眼下にせわしない国道を望むことができた。


 ここはマンションの4階。胸を張れるタワーマンションではないが、1階にファミリーマートが併設されているのがウリだ。


 だから四角形のちょうど右側。ここに俺はキングサイズのベッドを置いていた。


 このベッドは上京する際、智咲ちさきと折半して買った思い出の結晶みたいなものだ。


 智咲の部屋もあるにはあるが、それでも眠る時は必ず俺の部屋で並んで目を閉じる。故に寝室や私室には必ずこのベッドを置けるスペースが欲しかった。これが二つ目の条件。


 そして三つ目。プラモデルを見栄え良く並べるためのコレクションラックを置くためのスペースがあるかどうかだ。


「……」


 俺は釈迦のようにベッドへ横たわりながら、智咲──俺の彼女。小学生時代に少年バスケットボールクラブで知り合ってからずっと一緒にいる女。広義の幼馴染になるのだろうか──の背中を眺めている。


 しゃりしゃりと、氷を削るような音が耳に心地いい。作業机の傍らに置かれた空気清浄機が、健気に働き続けている。


 智咲は軽く伸びをすると、肩口がバキバキと鳴った。親父臭いと指摘すると拗ねるので、思うだけで言わないようにする。

 だがたまにそれすら見破ってくるので侮れない。

 普段は化粧品を売り場へ並べている華奢な腕が、今は600番手のスポンジヤスリを握っていた。


「あああー……」

「どこまで出来た?」

「だるーい……」

「どこまで出来た?」

「だるいよー……」

「聞いてるんだけど」

「言ってるんだよ。いいじゃん、ちょっとゲート跡残ってるくらいさぁ。ここ見えないって」


 智咲はハエを追い払うみたいに右腕をぷらぷらと休ませた。そのまま背もたれに体重を預けて、風呂上りの親父みたいにだらけまくる。


 俺は苦笑した。


「俺は別にそれでもいいけど、智咲、手に取って遊ぶじゃん。ちらちらシルエットに変な突起見えるけど、それでもいいなら構わないぞ」

「うぇー……」

「ほーら。作りたいって言ったのは智咲だろ。頑張れ」

「がんばるー……」


 国道前の横断歩道が青くなったのか、呑気なカッコウが流れていた。俺と智咲はこの音を肴にぼーっとチューハイを飲むの好きだった。



 ことの発端は先月まで遡る。


 いつものようにアマゾンプライムで映画を眺めていた。交互にそれぞれの趣味の映画を鑑賞することが暗黙の了解で、今日は俺のターンだった。


 昔からぼちぼちプラモは作っていた。

 そのコンテンツが好きだったのもあるし、純粋に指を動かしていると頭の体操にもなる。

 様々なテクニックを実践すると、目に見えて作品のクオリティが高まっていくのが楽しかったのも大きいだろう。

 とはいえ同棲し出してからは、流石にごちゃごちゃと飾るわけにはいかないから、今は少し離れている状態だ。

 アルティメットも、タミヤも、コトブキヤのジョイント群も、全部引き出しか押し入れにしまい込んである。


 当初、智咲はそういう俺の趣味を「男の世界だねぇ」と一定の距離を置いてくれていた。


 世の中には問答無用で捨てる女が存在する手前、かなり良い女が傍にいてくれたものだと思う。


 だが今日に限って、智咲は男の世界に関心を示したらしい。


「これ作りたい」


 俺の腕の中で、先月飲酒運転がバレて免許失効した幼馴染は言った。カルピスのコップから伝った結露が俺のジャージにしみを作った。


「どれ」

「あ、これこれ。分身したやつ。プラモあるの?」

「あるけど。どうしたんだよ突然」

「カッコイイじゃん。分身して、羽からエネルギーの翼が生えて、大きい剣振り回しながら手からビーム出して」


 カルピスのコップをテーブルに置いて、智咲はロボットのポーズを真似た。

 子供っぽい女性だ。こんな子と赤ちゃんが出来たら籍を入れる話を進めている事実に、何だか隔世の感が込み上げた。


 スマホを取り出して、件のモデルを調べる。映画の影響かかなり高騰していたが、まあ買えない額ではない。


「買ってやってもいいぞ」

「え? いいの? いいの?」

「道具は俺のあるから。自分の欲しいならついでの買ってもいいけど」

「どうせならマイ工具欲しいよねぇ。にひひ」

「わかった」


 どうせ一回しか使わないだろと思ったが、どうも俺はこのドヤ顔に弱かった。


 それに趣味の話はしたい。

 インターネットで話し合うのと、実際に声に出して語らうのとでは天と地ほどの差がある。発声は感情とダイレクトにつながっているものだ。


 神ヤスのスポンジやすりセット10000番手までとピンセット、後はタミヤの先細薄刃ニッパーをカートへ。

 最後にキットをカートへ入れて、トイレットペーパーを買うのと同じ操作でクレカ決済した。

 定価の倍くらいしたが、メルカリとかだと定価の3倍。所詮目クソ鼻くそだ。


「注文した」


 スマホを見せると智咲は映画を止めた。

 俺のスマホを乱暴に奪い取り、水晶の光の反射でも観察するみたく、矯めつ眇めつ眺める。


「なんか、なんかね。サンタさんに欲しい物言っておきなって、お父さんに言われたこと思い出した」

「ああ。昭義さん元気? なんか去年は腰が痛いとか言ってたけど」

「盆過ぎたら楽になったって。私らが泊まる部屋片付けたからだよ」

「うっわ。じゃあ俺らのせいじゃん。今年は手土産増やすか」

「焼酎でいいんじゃない?」

「焼酎あったらイクラとホッケばっかりツマミにするからさ、痛風やらかさないか不安なんだけど」

「じゃあ青汁にする?」


 本当は異議があるが、建前上は礼を言わなければならない不本意な義父の姿を想像し、俺は噴き出した。智咲も釣られて噴き出した。



 それが先月の話。



 そして今度は3週間前の話になる。

 土曜日の14時過ぎたくらい。

 ウーバーイーツかと思って玄関のドアを開けると、緑色の制服のヤマトの兄ちゃんがいた。

 彼は事務的な手つきで智咲にサインを求め、舌打ちでもしかねない様子で去っていった。


「なにこれ」

「プラモだろ。注文したやつ」

「あー……え?」

「……その場のテンションだったのか。合計で7000円くらいしたのに」

「え!? え? でも、すぐ注文してくれたし……3000円くらいかと思ってた……」

「いま高いんだよ、このシリーズのプラモ。正規で入手するのに、店並んだり、後は予約争奪戦しないといけないから。今回みたいに急に欲しくなったってなると、高くつく」

「えー……あ、じゃあ、作る! 作るよ私!」

「無理すんな。忘れてたんだろ完全に。なんなら俺が自分で組み立てるよ。気にするな」

「うわー……ごめん。ごめん」

「そう思うなら責任持って組み立てろ。今じゃなくていいから」

「うぇー……ハードルがぁ。胃痛がぁ。罪悪感がぁ。駄目な彼女でごめんねぇ……」

「慣れた」


 智咲はお世辞にも賢い人間とは言えない。

 顔や態度にすぐ出て嘘を吐けないため、却って信頼できる人間であるのが皮相めいた構図だった。



 そして最後に今朝の話。



 電動歯ブラシの調子が悪くなったのでスマホで調べていると、智咲がひょこひょこと洗面所に入ってきた。


「おはよう智咲。悪いけど朝冷凍食品で良いかな。昨日残業あったからダルい」

「作るよ」

「あ?」

「作るよ。運命。作るよ!」

「え? ……あー、あったな。え、なに。作るの」

「作るよ! 君の愛に満ちた7000円をどぶに捨てるのはちょっと……あの、良心の……なんだっけ」

「呵責」

「そうそれ。良心の呵責があるし、後はこれ見た。見て見て」


 智咲がずいとスマホを突き出してくる。

 結局直らないらしい歯ブラシをゴミ箱へ放ると、彼女の手帳型のケースを手に取った。角の丸くなったパスモが裏地に挟まっている。


 画面には模型系youtuberの作例と、制作手順を簡潔に説明した動画が流れている。制作しているキットは、俺が買ってやったものと同じだった。


「どうかな」


 智咲は目をきらきらとさせているので、若干気が引けた。


「youtuberみたいな模型作例だったら、エアブラシとかスジボリ用の道具とか必要だぞ」

「え? あれだけじゃ駄目なの? マジで?」

「マジ。あの……あれだ、パーツの表面を掘ってディティール追加する用の工具とか、後は塗装するための塗料とエアブラシもいる」

「エアブラシってなに?」

「塗料版の霧吹きみたいな感じ。確か押し入れにあったから、俺の借りるか」

「……何か大変そうだなぁって。智咲ちゃんには難しくないっすかね」


 罰が悪そうに笑う智咲。予想出来ていたので何の感情も湧かない。


「でもやる」

「え、マジでか」


 意外だった。いつもならへこたれてやーめたと流すのが智咲という女だったが、今回の突発的衝動には思いのほか根性を見せている。


「だって……せっかく買ってくれたんだし。あと、えっと、あの、あ、そうだそうだ。記事に書いてあった。彼氏の趣味に理解ある彼女の価値について」

「ああ……うん。嬉しいよ」

「役に立ちたいです! 好かれたいし愛されたいです! どうせなら!」

「欲しがりません勝つまでは、みたいなイントネーションだな」

「え、なにそれ」

「マジかよ……」


 ともあれ影響されやすい性格なのは今に始まったことじゃないが、水素水や怪しげな健康食品やアムウェイなどの分別がつくのは本当にありがたい。

 俺の彼女は奇跡的なバランスの上で成り立っている。


 そうして現在に至るわけだ。俺はベッドで寝転がって智咲の背中を眺め、智咲は引き出しの奥深くに封印されていた作業用のメガネを取り出した。


「ねー」

「んー?」

「2度切りってしなきゃダメなのー?」

「さっき言ったろ」


 基本的な作り方については教えてある。

 やすりは番手の低い順から順にかけていくこと。

 メラニンスポンジにやすりを擦り付けると切削力を取り戻せるので、簡単に交換するなということ。神ヤスは消耗品なので頻度が高いとかなり財布を圧迫する。

 ゲートは2度に分けて切り出した方が、パーツの白化を回避しやすくなるということ。


「ちょいさぁ、これ残して切った方がやすりかけやすくない?」

「お。いいじゃん。そうそう。ミリ単位でゲート跡残した方が、案外奇麗に処理できたりする。才能あるかもな」

「ふぅーん」

「いまどこ作ってんの?」

「肩のブーメラン。これ取れやすくない?」


 玄関の方から甲高い声と激しい足音が聞こえてくる。

 上の階に住んでいる大家族の子供達が、たまにマンション全体の廊下で鬼ごっこをしていることがあった。


 俺は立ち上がって、戸棚を漁った。

 俺のプラモ道具一色は上から二番目の引き出しに仕舞いこんでしまっていた。


「あったあった。これ接着剤。気になるんならこれでくっつけろ」

「タミヤセメントって書いてあるけど。セメントってモルタルとかじゃないの?」

「それは俺も知らない。でも接着剤だからくっつくっちゃくっつく」

「私らみたいに? ぷっ……ぷぐぐぐっ、うまくこと言えた……ふふっ、うまいこと言えた……」


 俺は無視した。


 このキットの特徴として、高い可動範囲と豪華な付属品が挙げられる。


 羽から出力されるエネルギーの翼を表現したクリアーパーツ、そして肩のブーメランから発生するビームを表現したパーツなどが完備してあるため、非常にプレイバリューの高いキットだ。


 だから接着剤はもったいないかもしれない。


「取れなくなるかもだから、遊ぶんならエポキシで盛るとかの方がいいかもな」

「エポキシってなんです? 私のわからないことを言わないでください!?」

「なんで若干疑問形なんだ? エポキシって……あー、なんだろ。パテってわかる?」

「わかりません……」

「そうだなぁ……」


 俺は作業机の上に横たわっているモデルを見やった。


 完成した部位からくっつけて合って、首と胴体だけの物体が鎮座している。懐かしい気持ちになった。


 慣れたモデラーだと完成前にデカールを張ったり表面処理、合わせ目消し、後ハメ加工などの工程を行う。

 そのためやりやすいように部位毎に補完し、人型に組み立てるのは最後の〆になることが多い。


「あの……壁の穴とか車のひび割れとか直すやつ。あれで肉盛るの」

「めっちゃ干渉してぎっちぎちになって動かなくなるんじゃないの?」

「割と簡単に調節できる。ねるねるねるねみたいに粉と水あめみたいなやつを混ぜて、乾いたらやすりで削って整える」

「え、それクソ面倒臭くない?」

「めんどくさいな」

「じゃあいいや……」

「そうか」


 ちょっと風が強くなってきたので、智咲は網戸をごと窓を閉めた。

 そのままカーテンレースを元に戻す。絶え間なく風になびいていたので、邪魔で仕方なかったのだろう。


 そしておもむろに部屋を出ていった。お手洗いかと思ったが、スマホを片手に戻ってくる。


『こうやるんだー!』


 映画の切り抜きを見ていた。腕を組んで、何やらうんうんと頷いている。


「あ、これアンテナの色が違う!」

「映画のは改修されてるし」

「え? えー……どうしよう。これ違う機体なの? 7000円もしたのに?」

 不安げにきょろきょろと見てくるので、俺は嘆息した。

「まあ……そこくらいだったら俺が塗装するよ。頭だけ置いとけ」

「えー!? いいのー!? マジでー!? やったー! 大好き超好き結婚するマジで」

「うん」

「なんでそんなクールなの? 中学生の頃は期末テスト前は昼に帰れるからって大喜びしてたとかあったじゃん」

「照れてるの。恥ずかしいの。あんまり見ないで」

「うおっ……私の彼ぴかわいすぎんか……?」


 智咲はスマホをほっぽって俺の頭を撫で始めた。

 凄まじく心地がいいのでされるがままになる。

 そういえば智咲が俺の頭髪に文句をつけ始めたから、わざわざシャンプーの後に高いリンスをつけはじめたんだっけか。


「んー……俺のことはいいじゃん。さっさと筆塗りするから、頭プリーズ」

「うう……頭外すの、罪悪感ある。ごめんね。ごめんねぇ……」


 樹脂に謝りながら頭部だけ差し出してくる智咲。

 昔道徳の授業ではだしのゲンを観させられたが、こいつは感情移入が過ぎて泣き出してしまったことがあった。俺はそういうところも気に入っている。


 俺はスマホで説明書のPDFをダウンロードすると、機体の基本色と近い色の塗料を取り出した。

 こっちでやるのは臭いが気になるだろうから、換気しやすいリビングの方でやろう。塗装ブースを取り出すのは面倒臭いが極まっているのでやめておいた。


 ニトリで買ったテーブルクロスをどけてから、俺はペトリ皿に塗料を垂らす。


「あ、やべ。薄め液忘れてた」


 塗料はそのままでは粘度が高すぎるので扱いづらい。

 薄めないままエアブラシに注いだら、内部で硬化して一発で壊れてしまう。


「ねー、腰の部分なんだけど。このふんどしみたいなの」

「ああ」

「任意で切り取るってなに? これ切り取ったらどうなるの?」


 俺は言葉で説明しようと思ったが、片手に薄め液のボトルを持ったまま智咲に話すのはものすごく億劫なことのように感じられた。

 コレクションラックの中から適当なマスターグレードを引っ張り出して、フロントスカートを持ち上げてセクハラする。


「……なにしてんの?」


「切り取らないと、これが両側同時に動く。右足上げたら左の部分も同時に持ち上がる」

「あーそうなんだー」


 素直にボールジョイントの接続部分を切り落とす智咲。俺が初心者の頃は壊れるんじゃないかと臆していたが、こいつは躊躇うことなく切断する。

 たまによくわからないままコンセントごと引き抜いてバグらせたりするから注意が必要だ。


「あれ?」

「どうした」

「いや、今月ってもう引き落とされてたっけ」

「まだ。土日挟むから明後日じゃね」

「正直いくらくらい使ったのか覚えてないんだよね。ほら、入浴剤にハマってる時期あったじゃん。絶対水道代高いよ絶対」

「ああ、カプサイシンで汗ドバドバ出てくるやつな。あれ結局、全然効果なかったな。デトックスとか血流改善とか色々書いてあったけど」

「ああいうのって誇大広告とか景品表示法に反してないのかな。全然カプサイシンでもなかったじゃん」

「どっかに※マーク、効果には個人差があります……とか。後は必ずしもデトックス効果を保障するものではありません……とかあるよ。絶対」

「卑劣な……」


 俺は何となく作業シートの上に転がる機体を見やってから、リビングへ戻った。同棲しだしてから塗装などはしていないので、筆を握るのは前の家以来だ。


 キッチンはIHなのに水道だけは古めかしい果物みたいな形状をしたタイプだ。意味が分からないなと思いながら、蛇口を回す。


「ちゃちゃっと。ちゃちゃっと」


 サーフェイサ―吹こうか迷ったが、面倒臭かったので重ね塗りで妥協することにした。

 トップコートだけは缶のタイプを購入して置こう。

 智咲はブンドドしそうな気がしてならないので、絶対にアンテナの塗装を剥ぐ。


 特に苦もなく終わった。思い返せばアンテナを固定するためのパーツは絶対に上手く取り付けられなさそうだが、あいつは難なくやってのけた。


 もう全部流していいか。水で薄めれば全部一緒だ。俺はティッシュでペトリ皿に残った塗料をふき取ると、皿ごと全部流し台へ投げた。


 部屋に戻る。首ちょんぱの上半身と胴体だけが寂しげに転がっている。


「あのさ智咲」

「んー?」


 智咲はスポンジやすりの8000番を睨みつけていた。何か違うのこれとでも言わんばかり。


「化粧品並べるのって智咲やってんの」

「そうだよー」

「あれ難しくない?」

「頑張った」

「ふぅん」


 だから好きになったのかと思う。


 中学でも高校でも進学を危ぶまれていたが、それでも俺がいるところまで必死に食らいついて来てくれた。

 平然とした横顔を眺める。時計は15時を指し示して、レースから差し込む光も柔らかくなりつつあった。


「なに、急に。仕事で虐められてるかーとか心配してくれてるの?」

「虐められてる奴は先輩から旅行のお土産で味噌カツ貰わないと思う」

「あれ美味しかったねー。本当に全部に味噌つけるんだーってなった」

「あの味噌って何か違うのかね」

「知らねー。たぶん秘伝の調合レシピとかあるんじゃないかなぁー」


 クリアーパーツを切り出して西日に透かしている智咲を眺めながら、俺は淹れてきた珈琲を啜る。


 お歳暮で貰ったものだからさっさと消費しなければならないけれど、あまりにも不味い。風味も舌触りも最悪だ。骨が折れそうだなと気が滅入った。


「……」

「どうした」

「まだ出来てないのに気が早いとは重々承知しています。ですが、ですが……!」

「他のも欲しくなったか」

「え? なんでわかったの? エスパー?」

「実はそうなんだ。すごいだろ」

「……」


 智咲、二度目の沈黙。

 後は大剣を組み立てるだけの本体をゆっくりと置いて、事務椅子ごと俺を向いた。


「いつもありがとね。色々、迷惑かけちゃって」

「どうしたんだよ、急に」


 ぱちっ。やすりがけの終わったパーツをハメて完成させる音。


「昔からずっと、なんか、私のことばかり優先させちゃってるから……なんか、こうやって君にも喜んでもらいたいなって思ったんだ」


 智咲が見せてきたスマートフォンのサイトには、彼氏の喜ばせ方といううさん臭い内容が掲載されていた。

 その中の一つに、彼氏の趣味に理解を示してみるという記述がある。


「別に気にしなくてもいいんだけどな。結構手間暇かかるし、時間だってかかんだろ、プラモ。マイナーな趣味だと思うから、無理しなくてもいいぞ」

「無理しなくてもいいっていうのは私の台詞だよ」

「……悪い、どういうことか説明してくれないか」

「え? えーっとー……そのー、なんだろ。私は君にたくさんお世話になっております」

「ああ」

「で、君は私にそれはもうめちゃくちゃ気を遣ってくれるわけだよ。ご飯だって作ってくれるし、洗濯物もほぼやってくれるし、毎週掃除までやってくれるじゃん」


 俺は返答に窮した。


 昔からだらしない幼馴染の世話を焼くのは俺の役割だった。


 部活の遅刻しそうな智咲を迎えに行くのも、教科書の面倒を見るのも俺がやっていた。

 こういう関係に収まったのだって、こいつは一人では生きていけないタイプの人間だったという側面も大きい。


 だがそれは俺が選んだ道だ。

 別の選択をする権利もあった以上、智咲は責任を感じる必要などない。


「で、それだったら、君にばっかり負担がかかるわけじゃん? それは違うなってなるよね。うんうん」


 だが智咲だって何も考えていないわけではなかった。


 それだけの話だ。


 こいつがやるって言ったのだから、今度は色々やらせてみてもいいのかもしれない。


「次、作りたいものがあったら言って。今回みたいにネットで買うから」

「……! う、うん! あ、あれ! 金ぴかの最後に出てきたやつ! 日本刀持ってる」

「あれかよ。いま高いんだぞ……」


 まあいいだろう。俺も久々に組みたくなってきたところだ。

 俺は転売価格に顔をしかめながら、一応定価で買えるところはないか探して回ることにした。


「つーかほら、飲めよ珈琲。智咲が貰ってきたんだから、ちゃんと消費する義務があるだろ」

「え、それ不味いじゃん」

「捨てるのは忍びないだろ」

「うぇー……だるーい……」


 ちびちびとマグカップをすする智咲を眺めながら、テーブルの上へ視線を動かす。


 完成したばかりのそいつは自立できず後ろへ倒れている。


 智咲に作られたから、プラモにも締まらない部分が継承されてしまったのだろうか。


「……運命か」

「え?」

「なんでもない」

「珈琲まずい……」

「それな」


 時刻は既に17時。


 18時になったら夕飯の材料を買いにスーパーへ出向くのが俺たちのルーティーンだ。


 今日はついでに、ヨドバシでも寄ってみようかと思った。

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