第98話 もう泣いてんじゃん

『これより文化祭の開催を宣言いたします』


「よっしゃ、頑張るぞ!」


「おお~~!」


 校内アナウンスから流れる文化祭実行委員長の開催宣言を、俺たちは学校の中庭にある屋台テントから聴きながら、クラスが一致団結する。


「うぐっ……ぐずっ……」

「なんだよ一心。これから文化祭のスタートだって言うのに、もう感極まって泣いてんのか?」


 泣きじゃくり、目と鼻から体液を垂れ流す俺の肩を抱きながら、蓮司が笑いかけてくる。


「ち、違わい……」

「照れるな照れるな。これぞ高校生の青春だよな」


「いや、玉ねぎをひたすら刻んでるから、目に染みてるんだよ!」


 誰が、文化祭開催直後に泣くかよ。

 あ~、しんど!


「おい、蓮司。お前が、クラス屋台のリーダーだよな?」


「おう、そうだよ」

「なんで、焼きそば用の食材を切る役が俺だけなんだ?」


 今、俺は屋台のテント裏の目立たぬ場所で、キャンプ用の簡易テーブルの上でひたすらに包丁を動かしていた。


「フランクフルトとか、他のメニューもあるからな」

「フランクフルトなんて、ただ焼くだけだろ。っていうか、焼きそば用の野菜なんて、前日とかに刻んでおけばいいじゃないか」


 ちゃんと冷蔵庫で適切に保管すれば、1晩くらい問題ないはずだ。


「いや、うちの焼きそばは鮮度を売りにしてるから。あと学校の冷蔵庫もスペースが空いてなくてな」


「冷蔵庫は、肉とか、常温保存するとヤバいのが優先だからな。ほれ、豊島。文句言ってないで手を動かせ。玉ねぎの次はキャベツ刻みが待ってるぞ」


 俺の横で、玉ねぎの皮を剥く足柄先生が、俺に発破をかけてくる。


「足柄先生も刻むの手伝ってくれたらいいのに」

「私はあいにく食う専門で、料理はほぼほぼ千百合に任せっきりだからな」


 ちっ、この亭主関白妊婦め。役に立たないな。


 おかげで、琥珀姉ぇのダンス教習用動画編集からのデスマーチ再びである。

 いや、作業をすること自体は別にいいんだけど、この涙だけは如何ともしがたい。


「しかし、流石に俺1人で食材カットとか無理があるだろ」

「いや、女子は一心と一緒に作業なんて生理的に無理だって言うし」


「……泣きたい」

「もう泣いてんじゃん」


 これは玉ねぎのせいじゃない涙なんだよ、ちくしょう!

 蓮司の奴も、もうちょっとオブラートに包んで俺に伝えろよ!


「なお、何人かクラスの男が食材カット役に利候補してきたけど、私が却下しといた」

「何でですか⁉」


 この状況でせっかくの労働力を、みすみす逃すなんて、足柄先生は何を考えてんだ。

「いや。このクラスの野郎どもに刃物を持たせて、豊島と一緒の空間に居させたら、発作的に後ろからブスリ! だろが。」


「……先生。俺、一人で頑張ります」


「おう、そうしてくれ。これから子供も生まれてお金が入用なのに、担任クラスでそんな不祥事が起きたら、私が学校クビになるからな」


 という訳で、俺は大人しく担任の足柄先生と一緒に裏方作業となったわけだ。

 完全に、クラス内で浮いてるボッチ生徒が先生とペアを組まされているのと同様な扱いで泣けてくる。


「んじゃ、切った具材は持ってくから。引き続きよろしくな一心」

「わかったよ」


「う……玉ねぎの皮ばっかり剥いてたら、臭いに当てられてツワリで気持ち悪くなった。ちょっと保健室で千百合に看病して貰ってくる」

「はいはい」




 屋台裏で一人になった俺は、その後ひたすら玉ねぎとキャベツを包丁で刻んでいく。


「ふぅ~、とりあえずこんなもんで」

「お、切れたか。すぐ持ってくから、次お願いするぜ」


 全部刻み切って売れ残ったら廃棄になるので、段ボールにある野菜の半分ちょっとくらいを刻みきって一息ついていた所に、再び蓮司がバックヤードに顔を出す。


「なんだよ。もう無くなったのか」

「ああ、予想以上の大盛況で、鉄板で焼く係も配膳係もフル稼働だよ」


 そう言って、慌ただしく蓮司が在庫をチェックする。


「野菜は、もうこれだけか?」

「そうだな。このペースだと完売できそうじゃん」


 廃棄の心配がどうやら無さそうだという事で、俺は再び残った野菜を刻む作業を再開する。


「っていうか、このペースだと午前中に売り切れちまうな……。これから昼食の時間帯になるのに、これじゃあ後半の屋台担当達の仕事が無くなっちまう」


 今日の屋台運営はクラスを2つのグループに分けて、俺は前半シフト担当のグループだ。


 たしかに、前半グループだけで材料を消費しきってしまったら、後半シフトのグループはやることが無く閉店となり、これでは文化祭を半分しか楽しめない事になってしまう。


「材料を追加で調達しに行くか?」

「とは言え、屋台は今、まさに戦場で買い出しに人を割く余裕が無くてな」


 蓮司も解決策を模索しているようだが、いい案が浮かばずに珍しく焦りの色が見える。


「わかった。材料の方は、俺の方で何とかする」

「出来るのか? 一心」


「うん、アテがあるから任せとけ。お前は安心して、客をドンドン呼び込め」


 俺は自信満々に胸を叩いて、半信半疑の蓮司を屋台のバックヤードから追い出した。




◇◇◇◆◇◇◇




「うひょ~! やっぱり業務用調理器は速いな~!」


 業務用の玉ねぎスライサーがキュイン! キュイン! と音を立てながら、玉ねぎのくし形切りを吐き出して行くのを眺めながら、俺は感嘆の声を上げてしまう。


「これで涙に悩まされる心配もないな。キャベツを刻む業務用スライサーも快調、快調」


 デカいボウルに切れた材料を貯めていく。

 これなら、大して労せずに材料の準備を終えられる。


『ここは、セックスしないと出られない部屋です。脱出するには、セックスをする必要があります!(憤怒)』


「分かってるよ、セッ部屋さん。でも、今日は文化祭だから目をつぶっておくれ」


 相変わらず不機嫌そうに聞こえる気がする定期アナウンスに、俺はそう言い訳をしつつセッ部屋さんの力で注文した豚肉と焼きそばの麺を整理した。

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