第96話 若いうちにしか出来ない恥ずかしい格好
「本当に終わってる……夢じゃなかったんだ」
「すごい……徹夜しても無理だと思ってた動画編集なのに、まさか差分バージョンまで作れてるなんて」
翌朝。
学校の視聴覚室で、完成したダンス教習動画を前に、俺と琥珀姉ぇはまだ目の前の成果物が現実であることを半ば信じられずにいた。
「こんなの、手作業で編集作業するなんてナンセンスです。コアの部分だけ編集して、その編集方針をAIに学習させて動画を自動生成。後は細部をチェックして直せば簡単です。各パートの差分バージョンも同様です」
「本当にありがとう翠。さすがは天才科学者」
「ありがとうございます小鹿お嬢様」
「学校では先生でお願いしますね」
呼び方に文句をつけつつも、褒められて嬉しいのか、翠の口元はニヤけていた。
「イッ君といい雰囲気の所を住居不法侵入してきた時には〇ねって思いましたけど、ありがとうございます」
「あれは不法侵入じゃありません。私はちゃんとイッ君の副担任の先生として、お母さんである花香さんから合いカギを預かっていたんです。正当な手続きを踏んでます」
いや、正当な手続って……学校の副担任だから、生徒の家の合いかぎを持てる理由になって無いでしょ。
なにやってんだ母さんの奴! もしかして、会社から脅され……いや、そんなタマじゃないわ。
単純に面白そうだから、翠に合いカギを預けただけだな。
夏休みに帰国している間に、昔馴染みの琥珀姉ぇはもちろんの事、新たに参戦してきた優月や珠里にまで分け隔てなく仲良くなっていたから、翠も同様なのだろう。
「それにしても、こんな小さい子がイッ君のクラスの副担任の先生だなんて」
「実力は昨晩の編集作業でお見せした通りですが?」
「それはそうですけど……で、小鹿先生は当然のようにイッ君狙いな訳ですね?」
「貴女は、たしかうちの実家でスポンサードしている芸能事務所からデビューした新人アイドルの福原さんですね。一心君とは幼馴染だと瑠璃さんから聞いてますよ」
バチバチと、2人の間に火花が散る。
「動画を手伝っていただいた事はありがとうございます。事務所の大事なスポンサー様だという事も承知しています。ただ、イッ君についての事は別です」
「ええ、それで構いませんよ。学校では生徒と教師として、男の前では一人の女性として、正々堂々と戦いましょう」
毅然とした琥珀姉ぇの宣言を、余裕を持って翠が打ち返す。
「あ! 一心こんな所にいた!」
「ゆ……優月っち。やっぱ恥ずかしいよ……」
静かな女の戦いの中に、祭りの喧騒が割り込んで来た。
「お、優月と珠里……って、その格好は!」
「じゃーん! 呼び込み用のメイド服で~す」
エプロンに、ロングのスカートにカットブーツと言う瀟洒なタイプのメイド服姿の優月が、スカートの裾をつまんで広げるカーテシー作法の挨拶で、得意げにお披露目する。
「お~、可愛いじゃん。2人は客の呼び込み要員って訳ね」
優月の光沢のある黒髪がクラシカルなメイド服と合わさって、上品な印象を与える。
見た目は、頼れるメイド長といった感じだ。
「そうなの。ちなみに、このメイド服は小鹿先生から提供いただいたの」
「邸宅にはメイドさんが何人もいらっしゃいますからね」
流石はオーガ化学工業の創業者。
コンカフェとは違って、ちゃんと本物のメイドさんがいるんだなぁ。
「ほら、白玉さんも私の後ろに隠れてないで」
「うう……メイド服ってだけでも恥ずかしいのに、何で私のはこんななんだ」
優月に促されて、羞恥に顔を赤らめながら、珠里がおずおずと現れてその姿をこちらに晒す。
「これは随分とその、スカートが短いというか……」
「褐色肌には、やっぱりミニスカメイドでしょ」
その点に関しては、優月に同意である。
あ、でもギャルっぽい見た目だけど、フォーマルに着こなしてるメイド服姿もいい。
要は、どのメイド服も尊い。
「ふむ……我が家では最終選考で惜しくも不採用になったタイプのメイド服ですが、白玉さんが着ると、やはり悪くないですね」
涙目で、太ももの絶対領域を隠そうとする珠里のメイド服は、ミニスカで胸元がザックリ開いた、露出度の高い物だった。
小鹿家で一度でもメイド服の採用案として挙がったのが驚きである。
「私も優月っちみたいなオーソドックスなタイプのメイド服がいい!」
「ほら、白玉さんは回し蹴りとかするから、ロングのスカートじゃむしろ危ないでしょ」
「ああ、確かに。珠里得意の上段周し蹴りを繰り出す時には、ロングスカートじゃ不利だな」
「なんで文化祭の屋台の呼び込みに上段回し蹴りが必要なんだよ!」
涙目で抗議する珠里を皆で弄り倒しながら、和やかな空気が流れる。
お祭り準備のこういう雰囲気ってやっぱりいいね。
「い、いかがわしい! イッ君! この姿は高校の健全な文化祭としてはアウトなんじゃない!? ねぇ!」
と、ここで、今まで傍観していた琥珀姉ぇから物言いがつく。合わせて、俺に文化祭実行委員として、これは看過できる問題なのかと問いかけてくる
確かに、お祭りだからとはしゃぎ過ぎるのは確かに良くない。
そのためのブレーキ装置が、俺が今腕章でつけている文化祭実行委員の役割なので、これは中々に判断に迷う問題である。
「う~ん。小鹿先生はどう思いますか?」
「ありで。若いうちにしか出来ない恥ずかしい格好をするのも青春の一ページになります」
ここら辺は、意外と翠は柔軟である。
流石は、身体は18歳で頭脳も大人なだけある。
論理的に、答えを導き出している。
「先生もこう言ってるし大丈夫だよ琥珀姉ぇ」
「福原先輩は生娘ですからね~。潔癖なんですね~」
「そ、それは関係ないでしょ!」
優月の挑発に、分かりやすくアテられた琥珀姉ぇは、顔を真っ赤にして引っ込みがつかなくなった。
「こ、こうなったら文化祭実行委員長に直接、抗議を……」
「それは、小鹿家のメイドがいかがわしい存在と思っているということですか? 芸能事務所サンノーブル所属タレント 福原琥珀さん?」
「が、学校では、そっちの立場を出さないで正々堂々とって、さっき言ってたじゃないですか……」
がっつりとスポンサーとしての立場を使ったパワハラを仕掛ける翠に、琥珀が尻すぼみながら抗議の声を上げる。
「横暴に曝される担任クラスを守るのは教師の務めですから、使えるものは何でも使うのです。あと、こういうチャンスが無いと、私もメイド服を着る機会はないですし……」
そっちが本音かよ。
っていうか、翠も着るのねメイド服。
尚も食い下がる琥珀姉ぇと、それをあしらう翠を眺めながら、俄然文化祭が楽しみになった俺なのであった。
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