第81話 私の方が先に好きだったのに……

「なぁ、一心。ネクタイって、どうやって結ぶんだっけ?」

「なんで、いい歳したオッサンの癖にネクタイの一つも結べないんだよ」


「バカ野郎! 小説家は、ネクタイをしめる職になんて就きたくないから、小説家を目指すんだぞ」


「堂々と開き直るな。あと、他の小説家さんを巻き込んだことを謝れ」


 父さんの首元でネクタイを結ぼうとするが、自分で自分のネクタイを結ぶのと、他人のネクタイを結ぶのは勝手が違って、思ったより苦戦してしまう。


「うぇ~、この首がしまる感じは、いつ着けても慣れんな」

「我慢しろよ。母さんの会社の創立パーティなんだからな」


 何で、息子の俺が親父殿のネクタイを締めてんだよ。普通、父親が息子に指南するもんじゃないのか?


 親父殿のネクタイを結びなおして、キチッと長さも調節してネクタイピンでとめさせる。


 これで準備完了だ。


「さて、手間取ったけど男性陣の準備はこれで完了っと」

「お待たせー」


 父さんのネクタイをしめるのに四苦八苦していたおかげか、準備に時間がかかりがちな女性陣と、ちょうど同じタイミングとなった。


「どう一心? ドレスアップした私は?」

「赤いドレスか。優月に似合ってるよ」


 赤い宝玉と言われるのは嫌がっている優月だが、黒髪と燃えるような紅い瞳に、深紅のワンピースドレスと髪飾りが、赤は彼女のための色だと言わんばかりの主張の強さだ。


「ちょっと丈が短いワンピだったかな。あと、スリットけっこう深いし……恥ずいぜ」

「珠里は白のタイトワンピースか。綺麗じゃん」


 着慣れぬドレス用ワンピを着た珠里がモジモジとしながら恥ずかしそうに出て来た。


 白玉の姓のとおり、白のワンピとパールのネックレスが、褐色の肌と白に近い銀髪とが調和してスラッとした印象を与える。


 白いワンピのスリットが深くて、空手で鍛えられた太ももが露わになっているのは、たしかに目のやり場に困る。


「2人共、綺麗でしょ一心?」


 2人の後ろから、母さんがドヤ顔で出てくる。


「ハナちゃんのシックなドレス姿も素敵だよ!」

「ありがと一刻さん」


 父さんからの合いの手に、母さんは手を振って応える。


「こんなドレスを準備してたんだね母さんは」


「休暇中に仕事のパーティに出席させられるんだから、家族の分も含めて衣装のレンタル代くらいは出せって、会社の総務課と交渉したのよ」


 へぇ~、そうなんだ。


 となると、一つ大きな疑問点がある。


「あの、なのに何で俺は学校の制服なんでしょう?」

「男の衣装なんて種類も大して無くてつまらないから選んでも楽しくないし。どうせ何着ても一緒でしょ」


「ひでぇ!」


 俺が制服なのは母さんの一存かよ。

 いや、別に俺もタキシードとかを着たかった訳じゃないけどさ。


「一心も窮屈な恰好するより、着飾った女の子を愛でる方がいいでしょうに」

「ま、まぁ、それはそうだけど」


「本当にありがとうございますお母様。こんな素敵なドレスを見繕っていただいて」

「一心ママさんチョイスのドレス、素敵です。ただ、私のはちょっと露出が多いかも……」


 で、俺と瑠璃が使わなかった貸し衣装の権利を使って、優月と珠里が母さんの趣味でドレスアップされたという訳だ。


「ほら一心。ボヤボヤしてないで、きちんと美女2人をエスコートしてあげなさい。これから、オーガ化学工業の創立125周年パーティなんだから」


 オーガ化学工業は、日本の三大化学メーカーで、化学プラント技術者である母さんの勤め先だ。

 しかし、いつ聞いても厳めしい企業名である。


「5年ごとに開催されるパーティだっけ?」

「そうよ。前回のパーティにも家族で行ったわよ」


「憶えてる憶えてる。当時は小学生で、パーティ中は他の子供たちと遊んだりしてたんだよな。懐かしいな」

「そうよ。初対面なのに、子供達同士で急激に仲良くなって、パーティ会場を仲良く走り回ってたわよね」


 パーティはたしか立食形式だったんだよな。


 で、大人が仕事に絡んだ談笑しているのを聞いててもちっとも面白くないから、一緒に子供達で固まって遊んでたんだった。


「久しぶりの再会……当時、小学生で仲良く遊んだ綺麗な想い出……立派に発育した男女……。何だか猛烈に嫌な予感がするわね」


「ああ、優月っち。同感だぜ。これは、このパーティ、心してかからねぇとな」


 なんで優月と珠里は綺麗なドレスを着てるのに、やおら戦闘態勢になってるんだ?

 2人共、目が戦場に赴く兵士のようなんだが。


「何か面白い物が見れそうだ」


 そして、父さんはやっぱりこんな時でも、メモ帳を手放さない。

 本当にブレないお人である。


「こりゃ、色々と面倒な事になりそうだな」


 この予感は、残念ながら現実の物となった。




◇◇◇◆◇◇◇




「ね、ねぇ一心君、久しぶり。私の事、憶えて……」


「あ、一心見て見て! この料理変わった味付けだよ」


「そんな大声上げなくても、聞こえてるよ優月」


「食べさせてあげる。はい、アーン」

「いや、いい加減俺の両腕を自由にしてくれ、ムグッ」


「美味しい? また、一心の家でご飯食べたいな~。2人きりで」


「ちょ、優月。人前でそんな、って、珠里もそんな引っ付くなよ」

「別にいいだろ、これ位。身体が接することくらい日常茶飯事だろうが。また子供のために頑張るぞ」


 空手の組手は相手の身体に触れるからね。


あと、子供のために頑張るは、空手の大会に向けて幼年部の子供たちの指導を頑張ろうって意味ね。


 色々と省略過ぎて、端から聞くと別の意味にとられるぞ。急に日本語下手糞になってるぞ珠里。



「あ……あ……そんな……。私の方が先に好きだったのに……一心君はもうパパで……う、うわぁぁぁぁぁああん!」


 俺に声をかけようとしていた同じくらいの歳の頃の女の子が、ドレス姿で駆けて行ってしまう。


「ああ……また、一言もおしゃべり出来ずに行ってしまった」


「ふぅ、今ので何人目だ? まったくキリがないぜ」

「さっきので5人目ね。まったく、どこにでも沸いて出るコバエみたいね」


 一仕事終えたみたいな顔した2人は、談笑用の小さなテーブルに置かれたドリンクを飲み干す。


「あの、優月と珠里。いい加減、離してくれよ」


「ダメに決まってるでしょ! 私達がいなくなったら、たちまち、5年前に親のパーティで一緒に遊んだというだけで、幼馴染面してくる女どもが、一心に群がるでしょ!」


 俺の提案は、優月に秒で却下される。


「いや、別に向こうもただ、挨拶したり旧交を温めたいだけじゃ……」

「いいや違うぜ一心。どの女も綺麗に着飾っていたが、ハンターの目をしてた」


 珠里も頑なで、俺の話を聞いてくれる様子はない。


「まったく。こういう時間差で発動するフラグは、対処がしづらくて困るわ」

「っていうか、一心も無闇にフラグをバラまきすぎだろ。そこは、流石に泣いて帰って行った子たちに少し同情するぜ」


「いや、当時も一緒に遊んでただけだと思うんだけど」


 けど、泣いて去って行った女の子たちも、母さんの勤め先の関係者の娘さんとかなんだよな。


 大丈夫かな? 母さんの仕事に影響とか出たりしないよね?


「番犬役ご苦労様、優月と珠里」

「あ、瑠璃に琥珀姉ぇ」


 こちらのテーブルに、人の波が引く後を悠然と瑠璃たち御一行が来た。


「さすが歌姫ラピス。凄いドレスね」

「イメージが大事な職だから、一点物の奇抜なデザインで、目立って仕方がないのよね」


 瑠璃は、ダークブルーのレースに刺繡が施されたドレスに、まるで魔法使いのようなフード付きのローブを羽織っている。


「や、やぁ……琥珀姉ぇ。レモンイエローのドレス、似合ってるね」

「う、うん……ありがとうイッ君」


 この間のキスの時以来に会う琥珀姉ぇとはやっぱり、ぎくしゃくしてしまう。


「大変ですね~、福原先輩。芸能事務所の大手スポンサー様企業との付き合いのお仕事なんて」

「こういう場で突っかかってくるのは止めてくれるかしら赤石さん」


 すかさず優月のジャブが入ると、琥珀姉ぇも即応臨戦態勢だ。


「そちらはお仕事なんですもんね~。私は、福原先輩とは違って、一般人なのでお母様にご招待してもらいましたけど」


「私が芸能事務所の枠で参加するから、お義母さんが気を回してくださっただけよ」


 今日のオーガ化学工業のパーティは、俺たちは社員である母さんの家族枠で、そして瑠璃と琥珀姉ぇは、オーガ化学工業とCM契約等でかかわりのある芸能事務所サンノーブルへの招待枠でそれぞれ参加している。


「これからデビューする新人アイドルなんですから、こんな所で油を売ってないで、お偉いさん達に愛想でも振りまいてきたらどうです?」


「ここがお義母さんの会社が主催のパーティだってことを忘れないようにしなさいよ。お義母さんに恥をかかせる真似は私が許しません」


 バチバチと火花が2人の間に散る。


 こ、怖い……。


「ああ。先日街中で会った通り、お母様とは仲良くなってるから、福原先輩に言われなくても解ってますよ」


 お互いに綺麗なドレスを着てるから、余計に2人の水面下でのマウントバトルが激しく見える。


 うん。これは、俺はこの場に居ない方がいいな!

 決して、この場にいたたまれなくなったからじゃない。断じてない。


「こら、優月に琥珀。パーティで険悪にならない」


 そう判断した俺は、優月と琥珀姉ぇのバトルを瑠璃が仲裁し、女同士のバトルを見るのが苦手でそっぽを向いている珠里たちの隙をつき、さり気なく皆から離れていった。

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