第60話 そのパジャマ似合ってるね

「ほんっとうに、すいませんでした!」


 俺と優月の謝罪の言葉が、学童保育所にこだまする。


「そんな、頭を上げてください。お2人とも」


 学童指導員の戸辺さんが恐縮したように頭を上げるように促してくる


 買い出しに荷物が盗まれて、警察に被害届を出したりした後に、俺と優月は学童保育所に謝罪に訪れていた。


「でも、保育所の予算で買ったバザーの物品を全て盗まれてしまうだなんて……」


「荷物を離れたのも、絡まれている楓さんを助けに向かったからでしょう? 致し方ありませんよ。優月さんだけ荷物番をしていたら、それこそ危ない目に合っていたかもしれません。ケガなどが無くて本当に良かった」


 うう……戸辺さん。


 学童保育の指導員をしてるだけあって、優しすぎるだろ。

 間違いなく仏の類。


 こんな慈愛に満ちた神様なら、俺も喜んで信仰するのに。


「そうよ。気にしないの。ミスは誰にでもあるんだから」


「そもそもの発端は、お姉ちゃんが私たちに自分の仕事を手伝わせたからでしょうが」

「楓さん。貴方が一番の年長者なのに、喧嘩っ早く、いの一番にトラブルを巻き起こすなんて、大人としてどうかと思いますよ」


「う……愚妹はともかく、篤志さんに正論で説教されるのはキツイな……。いや、私は七光りボンボン君に、気にしすぎるなと言いたかっただけで……」


 おっと。


 慈愛の戸辺さんと思いきや、直すべき所はちゃんと説法をして解らせる。

 これは、ますます仏様じみて来たぞ。

 語尾がウザい某女神様は戸辺さんから、よく学んでほしいものだ。


「盗まれた物品については、学童保育所のサイトに事の顛末を書いた記事を投稿したら、あっという間に必要物品が、いつもの大口の寄付者の方からいただけましたよ。本当にありがたいことです」


「本当、神様っているもんなんだな」

「よかったねーお姉ちゃん」


 感嘆する戸辺さんと楓さんの横で、棒読みで話を合わせつつ、優月がチラリと俺の方を見る。


 今回は、こっちの落ち度だしな……。

 少々ご都合主義的な展開すぎる気もするが、ここは許してほしい。


「でも、物品が届くのは2日後か。これじゃ、バザー当日までにラッピングが間に合わないぞ」


 そう。


 流石に、学童保育所のSOSもなくエスパーばりの先読みで物品が届いたら不自然すぎるし、嬉しいというより寧ろ恐怖なので、現実的な期間をあけての物品の到着予定日としたのだ。


 しかし、そのせいで作業スケジュールに影響が出てしまう。


「本来は、明日から子供たちにも手伝ってもらって、ラッピングをするつもりでしたからね」


「となると、前日に徹夜でやるしかないか」


「それなんですが、前日は僕はバザーの実行委員会の方の準備もあって、あまりこちらの作業が出来ないんですよね」


 う~ん……と、戸辺さんと楓さんが悩み込んでしまう。


 それを見て、俺はたまらずに、ある提案をした。




◇◇◇◆◇◇◇




「で、セックスしないと出られない部屋で内職って訳ね」


「ゴメンな優月。相談もせずに提案しちゃって」


 ちまちまと、子供たちが作ったビーズアクセサリー等の手作り品を、個包装用のビニールで包みながら謝る。


 戸辺さんから預かった在庫分は結構な量になっている。


 これを全部、明朝から始まるバザーで売り物として並べるために、袋づめする必要があるのだ。


 こんなの、戸辺さんと楓さん2人じゃ、絶対に間に合わない。


「いいのよ。それよりも、一心。私の格好を見て何か言う事はないの?」


「え……ああ、そのパジャマ似合ってるね」


 優月が着ていたのは、ワインレッド基調のおちついた色のパジャマだ。


 セックスしないと出られない部屋に来た早々に着替えたいと優月が言い出した時には、またエッチなナイトガウンにでも着替えてアピールしてくるのかと思っていたが。


「フフッ、なーに一心? セクシーな下着にでも着替えるとでも思った?」


「え!? や……別に」


 俺は慌てて否定する。


 これは、何も自分のスケベ心を指摘されて、反射的に否定している訳ではない。


 そりゃ、スケスケのネグリジェ姿とかもドキドキするだろうけど、こういう気の抜けたパジャマ姿の方が落ち着くし、後、その……何というか色々と想像させられてしまう。


 何でだろう? 自分でもよく解らない。


「やっぱり一心には、こっち方向で攻めた方がいいんだ」

「う……バレてる」


 俺の反応を見て、優月に俺の好みが気付かれたようだ。


「ねぇ一心。この格好はね。私のことを抱いてくれた時の格好なんだよ」


「そ、そうなの⁉」


 何と言うか意外なタイミングで新事実発覚だ。


 っていうか、先ほどからの優月の何気ないパジャマ姿がやけに気になったのは、その時の記憶が身体に染みついていたからか⁉


「うん。その頃の私達は、セックスはしてなくても、なんやかんや新婚さん夫婦みたいに仲良く生活してたから。それで、こんな生活感あふれる感じで私もOFFモードでくっついていたら、いつもと違って一心がヤル気ビンビンっぽかったから、私はすかさず拝み倒して」


「ス、ストップ優月。その先は生々しいから説明要らない……まだ内職作業は全然終わってないんだよ」


 当時のプレイ内容を聞かされそうになったので、俺は慌てて優月の話を遮った。

 特に、その時と同じ格好を優月がしているなんて聞いたら、恥ずかしくて優月の方を見られない。


「別にこの部屋では現実の時間は進まないんだから、ゆっくりやりましょ。さ、一心も着替えてパジャマパーティーのスタートよ」


「なんか、パジャマパーティが全然違うエッチな意味に聞こえてしまうんだけど……」


 パジャマパーティって、女の子たちがお菓子食べながらおしゃべりする平和な物じゃないの?


 こんな、獲物を狙う猛獣みたいな視線に相対する物だっけ?


「たしかに、2人だけじゃパーティというのは変ね。でもね、一心。私、現実世界に戻ってからもいっぱい勉強したから、前回した時とは比べ物にならな」


「いや2人じゃねぇぜ」

「また盛ってる……。優月はもう」


「って、白玉さんに瑠璃!? なんで」


 鼻息が徐々に荒くなっていた優月は、突如現れた2人に驚く。


「いや、そりゃ一心に呼ばれてな」

「この部屋で優月とお兄ちゃんを2人きりになんてする訳ないでしょ」


 ニヤニヤしている珠里と、呆れ顔の瑠璃が種明かしをする。


「別に、私と一心のポカなんだから、2人でやればいいのに……」


 俺の方を見ながら、優月は不満そうに頬を膨らませる。


「ありがとう2人共、手伝ってくれて」

「空手の全国大会も終わってヒマだからな。人手が多ければ、この手の作業はすぐ終わるぜ」


 腕まくりをしながら、珠里が早速、作業に取り掛かる。


「歌姫の私が内職ね。私の時間を時給換算したら高いわよ? お兄ちゃん」

「アハハ! 残念ながらチャリティー目的のバザーの品物だから、労働単価は0円だぞ瑠璃」


 何だか、文化祭前日で居残り準備をしているような楽しい雰囲気で、俺たちは作業を開始した。


 しかし、俺はこの時に考えもしなかった。

 こんな和気あいあいとした空気なのに、この後、あんなことになるだなんて……。



 ここはセックスしないと出られない部屋。



 その恐ろしさを俺はまだ真の意味で理解していなかったのだ。

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