第59話 東横のルール

「ちょっとお姉ちゃん! 何してんの!?」


 少年少女が集まった広場に怒声が響き、皆の視線が一方向へ集まる。


 怒声のした方へ慌てて俺と優月が向かうと、そこには興奮から顔を紅潮させている楓さんがいた。


 手には、カップに入ったダブルのアイスクリームが3つ抱えられていた。


「こいつが、急に私の服を引っ掴んで、物陰に引き込んで、服を脱げと言ってきやがったんだ!」


 楓さんの怒気はどうやら、目の前に相対している相手に向けられているようだ。


 って。


「ふ、服を!?」


 楓さんの言う事が本当であれば、道端でいきなり服を脱げと言われるなんて、いくら何でも治安が悪すぎだろ。


 内容が内容だけに、俺の方も警戒レベルを最高レベルに上げて、目の前の相手を見やる。


「ち、ち……違います、違うんです!」


 アセアセと、楓さんの目の前にいる少女が必死に否定する。


 身長は、楓さんと同じくらい小柄な子だが、かなり厚底の黒のレザーシューズを履いているので、楓さんが見上げる形になっている。


 服装は、この広場にいる少女や楓さんと同じくピエン系のフリルのついた黒基調のワンピで、ピンク色の髪が黒のリボンでツインテールに結われている。


 髪色は派手だが、黒が好きなのか?


「あなたの着ているブランドは、この広場のルールでキングのお気に入りの女の子たちしか着ちゃいけない物なんです」


「キング? ルール?」


 キングって、街のギャングの頭みたいなもんか?


「こ……こ……この広場のルールなんです。たまたま、今はキングたちが不在ですが、見つかったら大変なんですよ!」


「大変って?」


「裏に連れて行かれてボコられたり、慰謝料名目でお金を取られたりします」


 あまり初対面の相手と話すのは苦手と思しき少女は、つっかえつっかえながら、必死に身振り手振りを交えて話してくれる。


 その必死な様子から、どうやら本気でこちらの身を案じているというのは伝わって来た。


「ああ、そう。要は、私があんたらの禁忌に触れるファッションをしているから忠告してくれた訳ね。っていうか、それならそうと説明してくれよ。いきなり、服を脱げなんて、痴女の類かと思ったぞ」


 状況を理解した楓さんが、頭をボリボリとかく。


 どうやら楓さんも、この言葉足らずな少女に悪意をもって絡まれたわけではないという事が解ったようだ。


「忠告ありがと。ええと、あんた名前は?」


「|東横≪とうよこ≫|牡丹≪ぼたん≫と言います」


「東横さん。そもそも、私は別にこの広場に所属するつもりはないんだけど」


「え、そうなの? 髪色も白髪で、赤のカラコンしてるし服装もピエン系だし、たくさんの荷物抱えてたし。私ったらてっきり」


「髪と目は生まれつきだ。ファッションは、私に似合っているからしているのだよ。っていうか、歳も21歳だからな」


「うぇぇ!? 年上⁉ てっきり私と同じ中学生かと」


 東横さんは驚愕といた様子で、口元を抑えて絶句してしまう。


「お姉ちゃん。ファッションは個人の自由だとは思うけど、流石にその歳で中学生と同い年だと思われるのは、ちょっと……ねぇ? 一心」


「まぁ、似合ってはいるけどね」


 苦笑しつつ、俺の方は一応、楓さんをフォローする。


「んだ、ゴラァ! 人がどういう格好をしようが私の勝手だろうが! ちっ、これだから愚妹と七光りボンボンは。クリエイターの自由な翼にケチをつけおって」


 ぶつくさと、楓さんが文句を言う。


「ええと、楓さんでしたっけ……とにかく、この広場ではあなたの着ている服のブランドで闊歩するのはマズいです」


「そんな窮屈なもんなのね。好き勝手に広場にゴミを散らかして自由気ままに生きてるように見えるけど、案外窮屈な世界にいるのねアンタたちは」


「はは……」


 楓さんに言われて、東横さんが言葉に詰まっているのは、本当は自分もそう思っているからだろう。


 外から見ると、ただダラダラとしている子供たちの世界に見えるが、下手したら現実以上に厳しい世界でもあるようだ。


「私達はたまたま通りがかっただけだから。ご忠告どおりアイスを食べたらとっとと退散するよ。悪かったね、声を荒げてしまって」


「い、い、いえ……私も口下手で、誤解させるよう言い方しちゃって」


 話は終わりという所で、2人が謝罪し合い、これで場が収まるかと俺も胸を撫でおろした。



「おやおや~。ここのルールを知らない子が紛れてきてるなぁ」


「夏休みだし、どっかの田舎からのおのぼりさんでしょ~」


「これは解らせないとだね~」



 声を掛けられた方を見やると、複数の女の子を侍らせた20歳前後と思しき男が、悠然とこちらに歩み寄って来た。


「ひっ……! キ、キング……」


 東横さんの、声帯を引き絞ったような悲鳴じみた声を上げて慌てて俺達から離れて行く様子を見て、目の前にいる男が例のキングかと悟る。


「まぁまあ。間違いは誰にでもあるし、知らない事を教えるのは、先輩としての義務さ」


 そう言いながら、キングと呼ばれた男は品定めをするように、楓さんと優月を足のつま先から、頭のてっぺんまで嘗め回すように眺める。


 俺の横に居る優月は眉をひそめて、不快な感情を露わにする。


「え~。|楽伍≪らくご≫ってば、可愛い女の子だからって甘くな~い?」

「この間来てたブチャな子は、野良犬みたいに追い払ってたのに」

「ねぇ~。この間なんて王城さんってば、ブチャな子に一気飲みさせて潰して、危ない立ちんぼのエリアに捨ててくるとかしてたよね~」


 キングは王城楽伍という名前なのか。

 苗字からしてキングな訳ね。


 で、いきなり悪行について暴露されて、キングはさぞ慌てるのかと思ったが。


「いや~、そうなんだよね。俺って、みんなみたいに可愛い子以外に興味無いからさ」


 連れの女の子の前で他の女を品定めしていたことを悪びれもしない所に、この男の余裕を感じさせた。


「もぉ~、楽伍ったら調子いいんだから」


 言葉の裏で、自分たちは可愛いの方にカテゴライズされているという選民意識が、彼女たちのプライドをくすぐったのか、少々雑な扱いをされているのに嬉しそうだ。


 彼女たちが開口一番、この男の悪行について喋ったのも、新たなライバルになりかねない楓さんや優月への牽制のためだったのだろう。


「おっと、ごめんね内輪で喋っちゃって。それで、ここの仲間に入りたいなら、色々とルールがあるんだけど」


「いや、私たちはただの通りすがりだから。サル山のルールなんて説明不要よ」


 楓さんがイラっとした顔でバッサリ切る。


「おや、そうかい。ああ、よく見たら男連れだったか。これは失礼」


 ここでようやく、傍らにいる俺の存在に気付いたようだ。

 すいませんね、モブ顔で。


「こう見えて一心は、空手の有段者で全国大会上位入賞の猛者よ」


 なんで、このタイミングでそんなマウンティングみたいな事を優月!?

 ああ、言ってもここは俺たちにとってアウェーみたいな物だから、ちょっと怖いのか。


「あ~、フェミニン系のお姉さんの彼氏さんだったんだね。こりゃ失礼。けど、妹さんの方は素質あると思ったんだけどな」


「私が姉よ! 失礼ね! これでも歳は21歳よ!」


 まぁ、初見ならどっちが姉で妹か、全員間違えるよな。


「あ、君がお姉さんなの⁉ 成人してるんだ。見えないな~ 俺とタメじゃん」


 楓さんのキレ気味な返答に、キングは大げさに驚いて見せる。


「私が子供っぽいって言うわけ?」


「いやいや、若いって意味だよ。お姉さん、うちの店に来る女の子たちと変わらないかなって思った」


「お店?」


「ああ。俺、仕事はこういうのやってるんです」


 そう言って、キングが出してきたのは名刺だった。


「え~と。メンズコンカフェ?」


「言うなれば、コンカフェの男版です。数々のメンズが、リクエストされたコスプレして一緒に楽しくワイワイやる所ですよ。新しくできた店で綺麗ですよ」


「メイド喫茶の男版みたいなもんですか?」


「そっちより、もっと緩いっすね。お兄さんも興味あります? 結構、ガタイ良いから稼げそうだな」


「あ、いえ未成年だしバイトは学校から禁止されてるんで」

「未成年となるとバックでの勤務になっちゃうか。ま、興味あったら、客として来てみてよ」


 年下と知ってか、急にフレンドリーに肩をバンバンたたきながら名刺を半ば強引に渡される。


「やば、アイスが溶けて来た! んじゃ、そっちの荷物がたくさん置かれたベンチで食べたら、この広場から消えるから」


「はいはい。ん? 荷物をたくさん置かれたベンチって?」


「え? あっちの方の……って、荷物は?」


「え……?」


 見ると、ベンチに置いていた買い出しした買い物袋たちがきれいさっぱり消えていた。


「アンタたち、こっちに来る時に荷物を移動させた?」


 わずかな希望にすがるように、楓さんがギギギッと軋んだ音が聞こえてきそうに、強張った動きで俺と優月に振り返る。


「い……いいえ」

「お姉ちゃんがトラブルでも起こしたのかと思って、2人で向かっちゃったから……」


 多分、俺達も楓さんと同じく、強張った顔をしていただろう。

 荷物を置いたベンチに置きっぱなしだったのだ。



「ぬ……盗まれたぁぁぁぁぁああああ!!」



 その後、広場の周辺を探し回ったが一袋も物は発見できなかった。


 すごすごとベンチに戻ってくると、すっかり溶け切ったアイスにアリがたかっていて、俺達3人はさらなる失意のどん底に沈むのであった。

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