第22話 妻VS弁護士
「初めまして、奥様の莉菜さんですね?私、弁護士の東求堂と申します」
東求堂さんが莉菜に対し、名刺をそっと机の上に差し出して挨拶をする。
その顔は俺に微笑みかけたものやクールな表情から一転し、まるで汚物を見るかのような軽蔑したものになっていた。
そんな東求堂さんの挨拶に、酷く狼狽える莉菜。
「えっ······べ、弁護士······?な、なんで······?」
訳が分からないとばかりに混乱しているようだ。
珍しく莉菜の顔が真っ青になっており、事態の状況を飲み込めていないらしい。
そんな彼女に、俺は一呼吸置いて一言だけ告げる。
「莉菜、離婚しよう」
「は······?」
俺は前もって市役所から貰ってきた離婚届を取り出し、机に置く。俺の欄は既に記入済みだ。
しかし莉菜は目を丸くし、口をぱくぱくさせてそれをただただ見つめていた。
真っ青になっていた顔はさらに顔色が悪くなり、まるで今にも倒れそうなくらいに酷いものになっている。
まさか俺から離婚を切り出されるとは思っていなかったのだろう。どこまでも俺を舐めていたらしい。
「り、離婚······?えっ······?嘘······な、なんで······?」
突然の俺の離婚宣言が信じられないのか、莉菜は頭を抱えて身体を震わせる。
その目には涙が浮かんでおり、莉菜の泣き顔を見るのも初めてかもしれない。
だが、その涙は俺の心には何も響かなかった。
「じ、冗談よね······?あ、あんたが私を捨てようなんて······質の悪い冗談、だよね······?」
これ以上言葉を交わしたくなかったので、本気を示すために極力冷たい目を莉菜に向ける。
でも、それは予想以上に莉菜の心に傷を付けたようだ。
彼女は先ほどよりさらに身体をがたがたと震わせ、涙を流した。でもプライドが邪魔するのか、泣き叫ぶことはしなかった。
その代わり、縋るように俺に再び触ろうとする。
だが、俺はそれをまたも拒否するため、莉菜の手を叩き弾いた。
「っ······!?」
「触るな、汚らわしい」
「ま、誠······!?」
俺から暴言が飛び出したのが信じられなかったのか、弾かれた手をさすりながら酷く狼狽する莉菜。
つい口に出してしまったが、その言葉は莉菜をさらに傷付ける結果になったらしい。さっきよりも涙の量が増えた。だが、俺と東求堂さんは容赦しない。この日のために、色々と準備をしてきたのだから。
「内田莉菜さん。失礼ですが、あなたが拒絶されるのは当然です。あなた、前に彼にしたことを覚えていないのですか?」
「はぁ······?なに······?あんたには関係無いんだから、放っておいてよ······!」
東求堂さんの乱入に気が障ったのか、ちょっと強気に戻る莉菜は彼女に食ってかかる。
こいつ、馬鹿なのか?関係あるに決まっている。
この人は俺と莉菜を離婚させるために、わざわざこんな汚い場所まで足を運んだのだから。
そもそも俺の弁護士だ、関係無いわけ無い。
しかし俺が反論するまでもなく、東求堂さんは目を細めて莉菜を睨む。
「そうはいきません。私は、内田誠さんに依頼された弁護士です。それだけで大いに関係あります」
「ぐっ······ふ、ふざけないで!何が離婚よ!どうして私が離婚されなくちゃならないの······!?」
相手が俺ではなく東求堂さんだからか、また強気の莉菜に戻ったようで語気を強めて叫ぶ。
そんな莉菜を冷たく見据えながら、東求堂さんは溜め息を吐いた。
「あら、さっきまでの弱々しいお姿はどこに?大した二面性をお持ちのようで」
「っ······こ、の······うっ!」
いきなり叫んだせいか、莉菜は気持ち悪そうに口に手を当て急にこの場から走り去った。
あぁ、おそらくトイレだな。まったく、酒弱いくせに呑み過ぎだ。まあ、呑まなきゃやってられなかったのだろうが······。しかし、同情の余地は無い。
「······東求堂さん、すみません。莉菜があんなんで」
別れるとはいえ、身内の醜態を晒したようで恥ずかしさを覚えた俺は彼女に謝る。
「いえ、謝るべきはこちらです。少し大人気なく発言してしまいましたね。ですが、こちらとしては容赦致しません。よろしいですね?」
「はい······完膚なきまでにお願いします」
俺が再びお願いすると、東求堂さんは少し微笑みながら首を縦に振った。
そうしてしばらく待っていると、吐いてすっきりしたのか少し顔色が良くなった莉菜が戻ってきた。
「······で、どういうこと?どうして私が離婚されなくちゃならないの?」
東求堂さんを睨む莉菜はいつもの調子に戻りつつあったが、やはり本調子ではないのか言葉に覇気は宿っていなかった。
そんな莉菜に、東求堂さんは俺の依頼通りに容赦無く畳み掛ける。
「離婚される理由が思い付かないと仰るので?」
「あ、当たり前よ······!そんなの、絶対許されるはずがないわ」
「許す許さないの問題ではありません。それは理由にはなり得ませんよ」
「う、うるさい······!私が許さないって言ったら許さないのよ······!」
出た、莉菜の傍若無人振り。
都合が悪くなると、すぐこれだ。自分が女王様のような態度は、初対面の人にもするらしい。
呆れていると、莉菜は何を思ったのか潤んだ瞳で俺を見つめてきた。
「ね、ねぇ······あなた?こんなのやっぱりおかしいよ······?今なら冗談って言えば許してあげるから······。だから、また前みたいなラブラブな関係に戻ろうよ······?」
「は······?」
なに言ってんだ、こいつ?
弁護士に口で勝てないと分かると、今度は俺に泣き落としか?しかも、随分と上から目線だ。それが余計に腹が立つ。
しかし俺が口を開くより先に、冷たい眼差しのままの東求堂さんが追撃をする。
「ですから、これは冗談ではありません。冗談で私が居るわけないでしょう」
「あんたはうるさい······!黙ってて······!」
「いえ、黙りません。私は旦那様から依頼をされて来たのです。冗談じゃないのは一目瞭然かと」
「だから、あんたは······!」
「離婚される理由が思い付かない、でしたっけ?ならば、その理由を叩き付けてあげましょうか?」
東求堂さんはかけていた眼鏡を手でくいっと位置を直すと、持っていた封筒の中を漁り始めた。
さあ、ここからが反撃だ。覚悟しろ、莉菜。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます