キミの瞳に刻む才

霞玉兎

プロローグ 世界にさよなら

 物心ついた頃にはもう、俺は、いじめられていた。


 殴る蹴るの暴力は当たり前。


 物を隠されたり、壊されたり、捨てられたりするのも当たり前。


 向けられた悪意は数知れず。


 さらには、家族からも嫌われ、疎まれていた。


 家でも怒鳴られ、学校でもいじめられ、


 そんな俺の行き着いた先は、『《自殺》』という選択だった。


 俺は今、自宅の天井に吊るした縄の輪を首に掛けて、椅子に立っている。


 椅子を蹴り倒せば、こんなクソみたいな世界からさよならできるだろう。


 幸い家族は旅行中だ。


 椅子を蹴り倒した音で部屋に入ってくることはないだろう。


 ああ……なんと短い人生か。



 齢15、今日は俺の誕生日で、命日だ。



「……さよなら、クソ共」



 椅子を蹴り倒して、縄によって空に身体が浮く。


 それと同時に縄が首を絞めつけ、呼吸ができなくなる。


 首が軋み、痛み、圧迫感のような苦しみが襲ってくる。


 その痛みに思わず抵抗しそうになるが、身体を律し、死ぬまで、意識が飛ぶまで……、



 外しちまったら、死ぬ覚悟を決めた意味が、無くなるじゃねぇか。



 ああ、意識が冷えて、朦朧とする。


 ああやっと……世界にさよならだ。




 ◇        ◆       ◇




 ん? ……意識がある。


 俺は確かに死んだはず……。


 何故? 何故、何故、何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故……。



 ……ようやく、死ねたのに。


 ……さよなら、できたのに。



「おやめ下さいっ、旦那様!」

「まだ言うか、マリア。こいつは“紋なし”だ。由緒正しきグランフェルト家にいてはならないものだ。それがたとえ、長男であってもな」



 なんだ? 声が聞こえる。


 会話からして、何か言い争っているようだが、俺には関係ない。


「ですがっ、捨てる必要はないんじゃっ……!」

「ええい、やかましい! 言い縋るな! そこまで言うなら、お前とて解雇するぞ!」

「そ、それは……、……わかりました」

「ならば良い。それでは私は、こいつを近くの森に捨ててこよう」

「…………ッ」



 ようやく終わったか。


 何の事で揉めていたか知らないが、やはり世界は理不尽、これは変わらんようだ。


 ってか、ここってどこなんだろうな。


 やはり死んだからには異世界か?


 異世界でも、世界の真理は変わらんか。


 ……うおっ、なんだ。身体が勝手に動く。


 いや、運ばれているだけか。


 と言う事は、先程のあいつとやらは俺で、俺は捨てられるようだ。


 動かない身体に、転生。


 なるほど。俺はどうやら死んで赤ん坊に転生したらしい。


 そして“紋なし”だから、捨てられるようだ。


 由緒正しきグランフェルト家とも言っていたし、おそらく貴族の父がメイドの母に産ませたのだろう。


 そして俺は、長男。


 まあ捨てられる俺に関係はないが……。


 まあそれより、やはりか。



 世界とは理不尽で、とても不自由だ。


 だが、これは二度目の人生。


 また周りに“殺される”ような人生は嫌だ。





 理不尽も、不自由も、俺を邪魔するものは何一つ残らず、ぶっ壊してやる。

 

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