第3話 二人っきりの部屋



「この本棚の組み立てを手伝ってほしいんだけど……」


「うん。わかった。こっち段ボール広げちゃうね」


 大きな段ボールがいくつかある部屋、里華の部屋はピンク色のカーテンとベッド、勉強机もシンプルなものだが可愛らしい小物が並んでいる。女の子の部屋に二人きりだという事実をできるだけ忘れるために俺は目の前の組み立てに集中する。


「怠惰シリーズ、すごくいいよね。私ドラマみて感動しちゃった。けど、原作ファンはドラマについてどう思ってるとかあるの?」


「あ〜、若干のキャラ変更とかはあったし原作ファンの中には納得いかない人もいるみたいだけど俺は特に楽しく見れたよ、DVDも出たら買おうかな」


「ほんと? 石橋くんが買うなら私はやめとこうかな〜、なんて」


 あまりにも彼女が綺麗に笑うので俺は自分の顔が熱くなるのを感じた。考えないようにしていたが、今は美女と部屋で二人きり、両親は1階のキッチンにいて俺たちは年頃の男女。何かあってもおかしくはない状態なのだ。


「そ、そっか。もしも買ったら貸すよ」


「ありがとう。あのさ、石橋くん。こういうのは初めて?」


「え? こういうのって……?」


 彼女がぐっと近寄ってきてふわりと良い香りがした。本棚を組み立てている俺を覗き込むようにして彼女は四つん這いになっていた。

 彼女の胸元は扇情的に中が見えそうでセーラー服のリボンが揺れる。


「きょうだい……ができること」


「え……?」


「つまりは親の再婚ってことなんだけど」


 彼女はそのまま俺がネジを止めやすいように板の端を押さえた。俺はさっきまでのおかしな勘違いをかき消すように木ネジをぐりぐりと入れ込む。


「再婚は初めてかも……」


「そっか、でも石橋くんは優しいね」


「優しい?」


 彼女の方を見ると少しだけ悲しげでなんだかワケありのようだった。説明書を眺めつつひっくり返してネジを止める。


「うん。私ね、きょうだいができるのはこれで3回目なんだ。最初の子は年下の男の子でママを認めてくれなくて仲良くなれなかった。2番目は同じ年の女の子で……嫌われちゃってそれで離婚の原因に。けど……石橋くんは他の子たちと違うなって思って」


 彼女の複雑な事情に俺は胸を痛めつつ、なんと返すべきかを考えて


「そうなんだ」


 と返事をした。「大変だったね」とか「俺は大丈夫だよ」なんて軽率なことは言えなくて一番良くない返事をしてしまったのかもしれないと言ってから後悔する。しかし、彼女は


「初めて挨拶する時にね、敵意があるってすごく怖いことなんだよ。それが石橋くんには感じなかった。間違って……ないよね?」


「俺は、宝城さんに敵意なんてないよ。ただ……少し緊張してるかな。なんというか宝城さんって学校でも俺と違ってすごい人気だしさ」


「それは褒め言葉として受け取るね、ありがとう」


「褒め言葉であり、自虐かな。アハハ……高校を卒業するまでは迷惑をかけないように俺も頑張るからさ、嫌いにならないでくれると嬉しいな」


 彼女は少しだけ間を置いてから


「石橋くん、これが最後のネジだよ」


 と手渡してくれ、俺はそのネジを止めちょうど俺の腰くらいの高さの小さな本棚が完成した。そのまま、彼女が配置したい場所へと運ぶ。


「よし、これで完成かな」


「ありがとう。じゃあ、お礼に……」


「お礼なんていいよ、ちょっと組み立てしただけだし、俺こういう工作好きだから」


 彼女は俺の言葉にぴたりと動きを止めるとピンク色のシーツがかかったベッドに座り込んだ。年頃の俺にとっては刺激的すぎる光景だ。

 セーラー服姿の女の子がベッドに腰掛けている。ミニ丈のスカートが座ったことで少しだけ上がり、太腿が露になりサラサラの黒髪が揺れている。


「同じ年の男女が二人きりでお部屋にいるって不思議だよね?」


「宝城……さん?」


「もし、私と石橋くんの間でそういうことが起こっちゃったら……どうなるんだろうね?」


 彼女は細くて白い腕を俺の方に伸ばすとネクタイを掴んでぐっと引き寄せる。俺は抵抗するものの一歩、ベッドの方へと近づいてしまった。

 彼女の綺麗で妖しい瞳がじっと俺を見つめていて、ドキドキする。けれど、これは一体どういう状況で、彼女は何を考えているんだろうか?


 けれど、俺は彼女を押し倒してしまいたいとかそんなふうに思う前に父さんと静香さんの幸せを壊してしまう選択はしたくないと思った。


「きっと、起こらないよ。俺と宝城さんは兄妹なんだし。それに……そもそも出会ったばっかりでそういうことは起こらないよ。ほら、ね?」


 俺はそっと彼女の手を俺のネクタイから引き剥がすと床に正座する形で腰を下ろす。俺を誘惑していた彼女の瞳に少しだけ悲しさがあったような気がして、挑発に乗るのはやめた方が良いと思ったのだ。


「じゃあ、もしも石橋くんは私と二人っきりでもえっちなことはしないの?」


「し、しないよ! たとえ宝城さんがいいって言っても俺たちは兄妹になるんだし、そういうことって軽率にすべきじゃないと思ってるし」


 彼女は「そっか」と笑ったが、そこには安堵が含まれているような気がした。もしかすると彼女は、前の家庭や前の前の家庭で嫌なことがあったのかもしれない。こんなに綺麗な子だから、そういうおかしなことを考えられても不思議ではない。


 もしかして、宝城里華が「女王様」と呼ばれるほど人に冷たくする理由は家庭環境にあったのかもしれない。けれど、俺は深い話まで彼女に聞く勇気はなかった。


「ありがとう。石橋くんは優しいね」


「普通だよ、俺はそんな……」


「じゃあさ、兄妹になるってことは私のお兄ちゃんになってくれるってことだよね?」


「一応、家族になった以上は誕生日の関係で俺が兄ってことになるのかな? 多分」


「お兄ちゃん……なんだよね。なんか嬉しいし照れちゃうな」


 お兄ちゃんという響きに嬉しいのは俺の方だ。妹が欲しかったという願望は持っていなかったが、美女の口からのお兄ちゃんにはそこそこの破壊力がある。


「嬉しい……俺で?」


「別に、私は家族が優しい人でよかったって言っただけ」


 なんだか恥ずかしそうに彼女はうつむいた。赤面しているせいで突き放すような言葉もそうは聞こえない、これぞの生ツンデレに俺のドキドキはさらに強くなった。



「二人ともー、ご飯よー!」


 廊下の奥、階段の下から静香さんの声が聞こえて俺たちは顔を見合わせた。


「ご飯だって、いこっか。お兄ちゃん」


 彼女はパッと立ち上がると先に部屋を出ていった。取り残された俺は「お兄ちゃん」の破壊力に立ち上がることができなかった。


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