宣戦布告

一都 時文

第1話 輝く君たちへ

 もっと上手くやれば良かった。何でこうなっただろ?いつもみたいに授業受けて、いつもみたいに竹田とか言う教師に怒られてさ、楽しかったのに、歯車がズレたのは誰のせいなんだ?

 高校1年の松野馨。馨は3階の別校舎で一人、外を眺めていた。高校生になってクラスの中心だった馨は、6月に入った頃にはいじられキャラが定着していた。そのせいか、馨の中でいじりなのかバカにしているのかの区別がつかなくなってきていたのだ。

「皆、どこまでが本当なのか分かんね、もうすぐテストだし、早く帰んないとな…。」独り言をいいながら馨は固まっている。“帰りたくない”そう心の片隅で思っていたのだ。

「居場所なんて無いか、」ため息とともに涙が落ちた。外を眺めるのをやめて膝から崩れるように力が抜け、涙で顔がぐしゃぐしゃだ。

「なんで、こんな思いしなきゃいけないんだよ!」思わず口について出た。馨はゆっくり起き上がると顔と髪を整えて放っていた鞄を拾う。腕時計を見ると下校時間5分前を指している。

「行くか…」

 馨は、なるべく人の行き来が少ない場所を選んで家に帰った。


 家につく。「おかえりなさい」馨の母、千代子がご飯を作っていた。

「ただいま!理子は?」理子は馨の妹で年が離れており明日で二歳になる。

「ベットの所よ」

「理子ー」馨は笑顔で理子の元へかけていった。家族の前では元気を繕いたいものだ。

 一階のダイニング。理子のために設置されたベビーベットを覗く。少し大きくなった理子を見ると、理子は起きていたらしく馨を見るやいなや抱っこを求めてくる。

「理子、いい子にしてたか?少し重くなったな!」馨の笑顔にきゃっきゃとふわふわした声をあげて笑う理子。馨はいつもの笑顔を取り戻し、理子を連れてリビングへと向かった。

「理子、良かったねぇ、お兄ちゃんに遊んでもらってるの」千代子が話しかけると理子は「まっま!」と千代子を呼ぶ。馨は理子を高く持ち上げて揺さぶった。

「にぃにって呼んでくれよ〜」理子はハテナを浮かべた表情で馨を見つめてくるので馨は優しく理子を腕の中に戻すと抱きしめる。

「理子の兄ちゃんだぞ〜、いつもは呼んでくれるのに…」

「お兄ちゃんで遊んでるのよ、いたずらっ子は似たのね!」千代子の言葉にむっとしながらも、美味しそうな匂いに釣られて理子と手を洗いに行くと机に直行した。 

「いただきます!」

「馨。明日ね、理子を連れてお買い物に行ってきてくれない?」

「いいけど、何買ってきたらいい?」

「理子の誕生日プレゼントよ。明日だからね!」理子も誕生日がどんなものか知っているらしく嬉しそうに手をバタバタさせている。

「理子、何がほしいんだ?」

「にっに!」

「俺がほしいのか?くれてやるぞ!」和気藹々と会話が弾み、馨は学校での出来事をすっかり忘れていた。

 

 次の日、馨は笑顔を保ちながら教室へ向かった。

「かおるー昨日もズル休みかー」部活が一緒のクラスメイト川本が話しかけてくる。

「ずるじゃねーよ」

「じゃあ何で来ないんだよーもしかして彼女か!?」

「いねーよ」

「じゃあ何だよ?」痺れを切らして本当の事を言おうとした時、別の奴が口を開いた。

「馨はレギュラー取れないからな、悔しくて来てないんだよー」馨の顔が少し曇った。

「馨?」川本が顔を覗くので即座に切り替えると「お前もな!」と、言い返した。

 その日の授業は昨日の事と、今日の事、そして、長い事悩んでいたクラスでの立ち位置に疲労困憊してしまい、まともに聞いてられなかった。馨にとっての笑顔は自分隠しの道具なのに今日はどうも外れてしまう。五限終わりにはいつもは怒ってくる竹田にまでとうとう心配されてしまった。

(大丈夫、今日は乗り切った…!)自信は無いがそうも考えておかなければおかしくなる。馨は自分に偽りを与えて正気を保とうとする。

「かおるー」川本が話しかけてきた。

「何?」

「今日、遊ばん?」久々で少し嬉しかったが理子が優先だ。

「ごめん、今日は忙しいんだ。またな!」走っていく時、川本が何か言いたげだったが馨自身、本音がバレたくなくて逃げるように帰っていった。

 信号で止まる。今日は一段と晴れており、少し気が抜けて楽になるのを感じた。と、小さな少女がかけてくる。

「理子?」理子はしっかり信号で止まる。見守りの人が慌ててしゃがみ込み理子に何かを尋ねていた。信号が青になる。すぐさま理子の方に駆け寄って事情を伝えた。

「お兄ちゃんを待ってたのかぁ、立派なもんだねぇ理子ちゃん!」

「りこ、たじょび!」

「たじょび?」見守りをしていたおっちゃんが首を傾げたので「誕生日の事だと思います。」と修正を入れる。

「誕生日かぁそりゃあいいもんだねぇ楽しむんだぞ!」「ん!」理子を抱きかかえると馨は頭を下げて一度家に帰った。

「ただいまー」

「あら?おかえりなさいって理子!?」

「お母さん、知らなかったの!?」

「寝てたから、玄関掃除をしてたんだけど…」

「理子、今度は一人で出て行っちゃだめだぞー、一層気をつけなきゃな」理子はうんうんと頷く。本当に分かっているのかは定かではない。

「注意不足だったわ…、ありがとね馨」

「いいよ、それより、理子も大きくなったよな、気づいたら一人で信号待ちできるようになってた。」

「ほんとね…」と、時の早さを感じる前に理子がぐずりだしたので一度降ろした。

「りこ、いく、にっに いくの!」馨はハイハイと自分の部屋へ向かう、私服に着替えて財布を確認すると玄関まで戻った。

「お小遣い、入れといたわ」

「ありがとう。じゃあ、行ってきます」

「いってます!」はーいと母に見送られながら家を出てショッピングモールへと向かった。

 家からバスで15分ほど。家から一番近いショッピングモールを選んだため、時間は有り余っていた。

「理子、何がほしいんだ?」

「ない!」ないと言いながらも指で不器用にシーっとするので[ナイショ]と言うことだろう。2人はのんびりと歩きながら色んなところを回る。その時、聞き覚えのある声がした。

「あれ?馨じゃん!」クラスメイト五人ほどで遊んでいたらしい。

「やっほ、」馨は理子の手をしっかり握ると平常心を保ちながら会話を進めていく。

「何この子〜可愛い!」

「てか、馨に似てるくね?もしかして子供か…!?」冗談だろと受け流そうとしたが甘かった。それまで普通だった三人がヒソヒソと笑い出す。

「なんだよ…?」

「お前、子供がいたから部活行かなくなったんだろ。まじ、面白い超えて気持ち悪」

「妹だよ、馬鹿言うな」

「嘘はキツイってー」外野が茶化してくるためドンドン話は悪い方向へと進んでいく。

「俺、前から思ってたんだよ。お前馬鹿すぎだろ、」

 その時、馨の中で何かが砕けた。今までの我慢が効かなくなってくる。馨自身怖くて仕方がない。馨は俯向いて動くことすらできなくなっていた。


「やっほー!かおるー」小走りで川本、同じ部活の航平、清、山口、そしてマネージャーの河合と斎森が走ってくる。

「あ、河合さーん」先程まで愚痴しかでなかった人間たちが新しいターゲットにニヤニヤと興味を示した。

「馨、大丈夫か?」

「航平、俺って今変か?」青ざめたかおで変な質問をするので駆けつけたメンバーは心配になる。

「あっ、理子ちゃん!はじめまして、私、斎森咲って言うの。よろしくね、」理子は斎森に興味津々で目をキラキラさせていた。

「なあ、馨。お前もう学校来んなよ、」今まで野次の中で唯一黙っていた西野が口を開いた。

「は?」突然の喧嘩売りに山口が乗っかりかけたので河合が止める。

「それな、子供なんて作っちゃってさー」

「何言ってんの?理子ちゃんは馨の妹だぞ」クラスメイトは耳を貸さずそのまま立ち去っていった。

「なぁ、馨。何があったんだよ…」山口が怪訝そうに質問してくる。河合と航平は機転を利かせて理子と少し離れた場所で遊ぶ事にした。

「彼奴ら、理子が俺の子だって思い込んで、気持ち悪いって、、部活のことも、何かごめん。」

「謝ること無いじゃん!」川本はいつもと雰囲気が違っていた。

「私達、名和田くんに何かあったんじゃないかって家に行ったんだ。そしたら出かけたって教えてくれて、六人で追いかけて来たんだ!」清がため息を吐く。

「馨。お前、最近疲れてただろ、気づいてやれなくてごめんな、でも、俺達は待ってるし、お前が来てくれないんだったら追っかけ回してでも呼び戻すぞ!」

「清の言う事はいつも強引」山口が苦笑していると理子が戻ってきた。

「にっに!」

「どうした理子?」馨はしゃがんで理子に目線を合わせる。理子は航平と河合の手をとるともう一度「にっに」と言った。

「なんのことだ?」

「理子ちゃんの好きなものだよ」馨は恥ずかしくなって顔を背けた。が、背けた先には清と斎森がいた。

「いい兄妹じゃん、ほら行くよ!理子ちゃんプレゼント探さなきゃだもんね!」川本が理子に話かけると理子は人見知りをしながらも頷いた。

 航平に抱っこされた理子、理子と楽しそうに話す山口、その前に河合とその隣を歩く川本、先頭に清、馨、斎森。馨は不意に質問した。

「そういや今日って部活は?」

「今日は職員会議と学校説明会と何とかで昼からは何にも無いよ」

「そっか、忘れてた。」

「だから俺誘ったんじゃん!遊ぼって言ったら忙しいからってさ、そのまま走ってくから呆れたねー」航平が尖頭に来て川本に理子を手渡す。

「忙しいって言ってたから、せめてもって思ってお前の家にお菓子とノートを渡しに行ったんだよ。そしたら、今日は妹の誕生日だって、びっくりだよ、妹がいたことも。腕怪我してたことも、」馨は何だか嬉しかった。一人で悩む必要なんかなかった。ただ、仲間と話すだけで救われたんだ。馨にとっての大きな悩みは本音で話すだけで大きな勇気になった。

「理子ちゃん、ぬいぐるみとかどう?」河合が案を出してくれた。

「俺、ちっさい時ピアノのおもちゃ好きだったな」

「山口が!?意外すぎる…」

「そう言う清はどんなん持ってたんよ」

「ひよこ育てるおもちゃ…」

「かわいいな」皆、それぞれ持っていたものも好きだったものも違い、おもちゃコーナーで大の高校生が七人、一人の少女のために色んなところを見回る。

「理子ちゃん、野球バットはどうだ!」理子はぷいっとして航平にそっぽを向いて山口の手を取った。

「やーちゃ、こっち」山口は自分が呼ばれたことが嬉し過ぎたらしく感動の表情を見せながら別のコーナーへ理子と消えていった。

「やっほー、そろそろいけそ?」

「山口連れてきたら行けるよ、本当に河合さんと斎森さんもありがとう。理子も喜んでるよ」

「まだ、喜ぶには早いけどね!」とっとっとっと小さな足音とともに理子が手に何かを握りしめて走ってきた。その横にしっかり山口もいる。

「理子、それがいいの?」「ん!」食い気味の理子に笑えてくる。

「そろそろ行くぞ山口ー」少し息が上がっているため相当動いたのだろう。

「俺、買ってくるわ」馨は理子に“ちょうだい”と手を出した。理子は喜んでそれを手渡す。

「俺も馨についていくわ」川本が馨の方へ行ってしまった。残ったメンバーはあらかじめ言っておいた集合場所まで向かうことにした。

「理子ちゃんどうかした?」不意に清が理子の異変に気づいた。

「りこ、あっち いく!」可愛く本気な顔に行きたがる方向を見た。そこには楽しそうにはしゃぐクラスメイトがいる。理子の必死な抵抗に清が戸惑っていると、それに気づいたらしく例の集団の一人、西野が近づいてきた。

「彼奴は、いないの?」空気は一瞬で悪くなったが二歳児には効かなかった。

「にぃにのともあち!」理子は西野に笑顔を振りまく。

「覚えてたのか?そっか、さっきは悪かったよ…ごめんな、彼奴は無理するからさ、やめさせるためなら悪役になってやろうと思ったんだ。って、こんな小さいのに言っても分かんないよな、」わざと理子にも分かりやすいように[悪役]という言葉を選んだのだろう。慣れない様子で西野は首元を触る。

「なお ともあち!」

「だといいんだけどな、」西野は苦笑して理子を撫でた。

「彼奴、無理するからさ、助けてやれ。」そこにいた部活のメンバーは意外すぎて放心状態だった。

「西野、俺こそごめん。もう、無理に頑張るのはやめるわ、」戻ってきた川本と馨。話は聞いていたらしく、馨は今日一番の笑顔だった。

「さっきはごめん。」

「いいよ、言わなかった俺も悪いし、言葉足らずは一緒だな」

「早く治せよ、そしたらまた組んでやるから、」西野も笑顔だった。西野は集団には説明をしておく事を約束してくれ、馨達も無事に家につくことができた。 


「おかえりなさい」リビングへ向かうと千代子がエプロンをつけ、美味しそうなケーキを持って現れた。七人と理子の目が輝く。

「皆、今日はありがとうね、皆で食べましょう。」各々挨拶をして手を洗いに行く。

「理子、今年のプレゼントは何にしたの?」千代子が理子に尋ねた。

「どーた、」千代子も流石に理解ができない。理子は小さい手で大きなプレゼントを握りしめて嬉しそうに千代子に見せてくる。

「多分、理子ちゃんドクターって言ってます。俺が教えちゃって」山口がよそよそしく千代子に説明すると、山口の声に反応した理子が「やーちゃ」と言いながら抱きついてくる。「いつの間にお友達が増えたのね」千代子も嬉しそうだ。

「理子、山口おいで」馨が二人を呼ぶ。その他メンバーは既に準備ができていた。

「理子ちゃんは二歳かぁ、若いな…」航平まるで中年のように頷くので斎森が一発チョップを入れた。清がライターで二本のロウソクに火を点ける。危ない為理子を合河が抑えて、山口が電気を消した。

「せーの」川本の合図でバースデーソングを歌うが、低音と高音がいい感じに重なって綺麗だ。

「理子ちゃん、ふーだ!」航平の言葉を聞いて、頑張って吹こうとするが全く火が消えない。それどころか理子は口を膨らませているだけの可能性が高い。

「馨も手伝ってやれ」小声で清が馨に伝え、馨は理子の近くにいくと、皆が「せーの」と合図を送る。もう一度理子が口を膨らませた所で、馨が火を消した。理子は真っ暗になった部屋に驚いていたが、千代子が直ぐに電気を付けてくれたお陰で直ぐに満面の笑みに変わった。

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