悪魔の王国

国芳九十九

第壱話 地獄

「ハァ……ハァ……」と息を切らし、汗を大量に流しながら、石炭を延々と素手で窯に入れて、クランクレバーを力一杯で回し、燃える石炭を均等にしている。私はこの作業を毎日、朝の六時から昼の十二時まで行い、十二時十五分から夜の九時まで作業、そして別の人間と交代する。この窯は、私を騙した名を持たない悪魔が住む家の地下にある。

私は上記の通り、十二時から十二時十五分までの十五分間しか休めない。故に、私はどんな怪我をしても、眩暈がしても、動き続けるのだ。そうしなければ、私は殺されてしまう。

契約のせいで、私はここに連れてこられた。せめて、抗う事が出来れば、あの悪魔を殺せるのに……。と思い思いで、今日の仕事が終わり、カビが生えた固いパンと、肉の切れ端と雑穀と塩と水のスープと、悪魔が残した残飯を吐きそうになりながら食べ、悪魔に何とか頼み込み、外に出た。

外に出るのは随分と久しい。確か、最後に出たのは、八ヶ月ほどだろうか。と思い思いで、扉を開けて外に出た。

月は無い。代わりに灯台の様な物が、悪魔の王国を統べる王、魔王「サタン」が住まう王城の頂点にある。空は存在するが、何度見ても紛い物の様に感じる。

名を持たぬ悪魔達が住まう住宅街を出て、私はここから二キロ程歩いた所にある、旧貴族であるフォルネウス家の館に向かった。(旧貴族は悪魔の王国内で、魔王に次ぐ権力を持つ悪魔の一族)

フォルネウス家の館は、地獄の海を進んだ所に存在する。私は館に続く、唯一の正規道の前に立った。離れた先には、濃霧が蔓延り、その霧の只中に、館の様な物の影が見える。そして、地面から台座が湧き出た。名前を記入する紙が台座の上にあり、これに自分の名前を書く必要がある。と直覚した。故に、私は本名である、「伊坂 晤郎」《いさか ごろう》を書いた。すると、脳に直接、「哀れな人間よ、私と契約するつもりか?」と云われた。私は「契約を申し込みに来ました!!」と云うと、木彫りの小舟が浮き上がった。濡れているのは、船底のみであり、先端と後ろの端に、ランタンが吊るされている、少し不思議な船である。

私はその不思議な船に足を踏み入れ、座った。すると、船が動き出した。

五分程だろうか。暢達に進んでいると、影が現れた。それはすぐに分かった。船が桟橋で止まり、桟橋に立ち、目前にある、少し前までは影であった物を見た。それは、アーチ状の小さな屋根を柱が立たせて、中央にティーテーブルと椅子が置いてある物であった。テーブルと椅子は、久しく使われていない様子である。

私はそれを通って、館と邂逅した。煉瓦の屋根は濡れ、恐らくコンクリートかと思える壁には、ツタが所々に生えており、窓は閉じられている。夜だからであろう。

私は重厚な木製の扉を三回、力強く叩いた。すると、執事服を着て、八の字髭が生えている、身長が170センチ弱の初老の人間の男が扉を開けた。

男性「伊坂様、どうぞ、お入りください下さい」

そう云われ、館の中に入り、暖炉がある部屋に通され、汗で冷えた体を温めた。

二分程経つと、革靴の足音が聞こえ、椅子から立ち上がり、足音の方を向いた。そこには、175センチほどで、ワイシャツを着てスーツズボンを履き、スペンダーで止めている、一見は人間の男だが、巻き上げているシャツから見える腕と顔には、水色の鱗がいささか見える。

男は私の事を睨みながら云った。「私はフォルネウス家現当主、フォルネウス・フォカロル・ラウムだ。人間よ、私と契約をする為に来たと云ったな? であれば、貴公が現在契約している、名を持たない貧弱な悪魔を殺せ。只の悪魔風情であれば、容易くもみ消せる。そして、私が仮契約をすれば、名も無き悪魔の契約は一時的に効果は無くなるだろう。さぁ、どうする?」

私「お願いします……」

ラウム「……そうか。契約書を持ってこい!!」

そう云うと、扉を開けた同じ男、恐らく執事に持って来させた。

契約書と思わしき、大きな羊皮紙を受け取って机に広げて、私にナイフを渡し、「それで体のどこかしらを斬り、血液で名前を書け」と云った。私は掌を斬って、出てきた血液で名前を書いた。

ラウム「名を書いたな。そのナイフはくれてやる。だからそれであの悪魔を殺せ」

そう云われて、感謝を伝えて戻った。

近付くと、奴が立っているのが見え、ナイフを力強く握りしめ、走り出したのだ。

跳び蹴りを放つと、奴は避け、「てめえ、俺との契約を…!!」そう云った。

三度突き、奴の腕に突き刺さり、腹に膝蹴りを放ち、ナイフを抜くと、奴はジャブを打ってきたが、全て躱して左横腹にナイフを突き刺して回し、頭に回し蹴りをすると、奴は体勢を崩したのである。

奴はナイフを抜いて捨てて、横腹を抑えながら呼吸を調律している。そして、奴は呻きながら剣を手から生み出したのだ。奴は耳を塞ぎたくなるほどの大声で叫び、傷が全て塞がった。

奴はとてつもない速度で近寄り、剣を私の左横腹目掛けて切りかかって来た。——好都合だ。——私はその剣のフラーを殴って顎をこの体勢で、放てるだけの力で殴ると、奴は吹き飛んだ。

奴「どうして……だ……!!」

私「お前の敗因は、私を舐め過ぎた! 人間だからと侮るな」

奴が落とした剣を拾い、奴に振るった。落ちた首から、血潮が時雨の如く降り注ぎ、付近が深紅に染まった。

私は剣を亡骸に突き刺した。そして、完全に死亡した事が分かったのである。

首を持ち、館に向かった。先ほどと同じように館に入った。

ラウム「首を持ってくる必要は無いと云っておくべきだったな。まぁ良い、これで契約成立だ。私の事は、名前に殿や卿を付けて呼ぶか、まぁ適当に呼べ。業務は別の執事の「夏西」《かさい》に聞けばいい。それと、執事は返事は?」

私「承知いたしました」

少し離れた所に立って居る夏西さんに聞くと、まず私に部屋に案内された。

夏西「ここが君の部屋、中に服が置いてあるから、それを使うんだ」

鍵を渡され、部屋に入り、着替えた。執事と云われて、九分九厘の人間が思いつくであろう服である。違う点があるとすれば、左の胸にフォルネウス家の家紋が深縹色に彫られた、弁護士バッチの様な物と、幾何学的な文様が描かれたネクタイである。

部屋を出ると、すぐに夏西さんに様々な事を教えられた。


続く


一口解説

地獄

悪魔が住まう土地。だが、人間も住んでいる。今の所、地獄を出るには、善行を行い、死ねば天国に行く、と地獄に幾つか存在する地獄の門を通る事で、地上に戻れる。


次回、「晤郎、死す」

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